調子が悪いのかと思ったけど、周りを見れば皆一様に汗をかいていて、僕はどんよりと曇った空を見上げた。
強い日差しは灰色の雲に遮られている。
湿度が高いのだと気付いたのは、すれ違った女の子の髪が額に張り付いていたからだ。
蒸し暑い
この言葉を肌で感じたのはいつだっただろう
今の僕には分らない

夕飯を済ませた兄さんは珍しく長めにシャワーを浴びている。
考え事ではないようで、鼻歌が聞こえ、僕はタオルを置くとバスルームの前から引き返した。
『暑いのかな‥?いや、それならシャワーを長くは浴びてないか』
蒸し暑くて汗が噴出す不快感
カーテンのはたかない、風のない夜
天井にある扇風機は生暖かい空気を攪拌しているのだろう
『氷‥』
ためしに錬成してみる。
意外と単純なこの物質は、ずいぶんと難しくて
「何やってんだ、お前‥」
呆れた兄さんの声がかかるまで、錬成陣の前で呻っていたようだ。
「錬成をする時、錬成光が発生するだろ?熱が生じてんだ。氷はできてもすぐ溶けるな。」
「火の方が楽って事!?」
大佐を思い出して言うと、兄さんは見透かしたようにニヤッと笑ってしてやったり♀轤ナ大きく頷いた。
「アル〜、タオル、くれ?」
珍しくしっかりタオルドライしている兄さんは、ベッドに胡坐をかくと乾いたタオルを気持ちよさそうに巻きつけた。
「パンツは穿きなよ。」
「だって暑いんだも〜ん。」
顔めがけてパンツを投げつけると、いい音をだしてヒットした。
「タオルくれって言ったのに」
ぶつぶつ言いながらパンツを穿くと、兄さんは僕にタオルを投げてよこした。
「でかくしてくれよ?」
「裁縫道具なんて無いよ。」
兄さんは結構、僕の繕いを当てにしている節があるので、冷たく言う。
「錬成して?」
僕はタオルと兄さんを交互に見た。兄さんはニコニコしている。
「暑くなるよ、熱、発生するんだから」
嫌味交じりにやり返して、錬成陣を描いた。そしてこっそり、兄さんを見た。
僕が錬成しているところを、兄さんはすごく嬉しそうに見る。
楽しそうじゃなくて、嬉しそう‥

【にやけているって言うんだ。】
【恍惚としてますね。】
【あれだ、ストーカーって感じ?】

大佐達は、ずいぶんな事言ってたけど、これはそんなんじゃなく
『子供の成長を見守る父親って感じ‥!?』
自分の考えにちょっとムッとして、僕はできた巨大タオルを兄さんに投げた。
「あ、ごめん。大き過ぎた?」
含んで笑うと、兄さんも口を尖らせたが、何も言わずタオルに包まった。

静かになった部屋に、天井につけたれた扇風機の音だけが響く。
『暑くないのかな?』
タオルの塊を覗うと、額に汗が滲んでいる。
抱き込んだ為、タオルは首元まで包んでいて
『でも、どけたら起きちゃいそう‥』
視線を足元へ向ければ、タオルから膝下が出ていた。

うちわで扇ぐ。
そういえば昼寝してた時、母さんもしてくれたっけ
頭じゃなくて、足元
ゆっくりゆっくり、風が強すぎないように


「お前は母さんか!?」
兄さんに枕を投げつけられ、僕は夜明けに気付いた。
ぼ〜と扇いでいたらしい
ただ、扇ぐだけの、何も考えない、ゆったりした時間
「無心?」
「は?」
「母さんの気持ちが少し分った気がする」
「だからお前は母さんじゃないだろ!?」
兄さんは僕を抱きこむとそのままベッドに転がった。
「狭いよ?」
「冷めて‥」

冑に頬を寄せた兄さんの寝息が聞こえると、僕は頭だけ残して起き上がった。
「夏だなぁ」
どこにいても懐かしい夏はあるのだと今更ながらに気付いて、
「なんだかなぁ‥」
言葉とは裏腹に兄さんの腹にタオルをかけながら、僕は得した気分を満喫した。

特別手当

夏の合宿先で先輩がうちわで扇いでくれていたのを覚えています。薄暗がりの中、暑いんですが今でも思い出す不思議と心に残る光景でした。2007/06/27