「鋼を待ってるのかね?」
フュリー曹長が拾ってきた犬を眺めていたアルフォンスは頭上からかかった声に飛び上がった。
「大佐!?、そうです」
ここは東方司令部の中庭。
フュリー配属部署には犬嫌いのブレダもいる為、仕事の間、ここに犬は繋いであった。仕事を差し置いて里親捜しをしないところがフュリーの長所で欠点だったりする。
よく晴れた穏やかな昼。
アルが独りでベンチに座っているところを見ると、兄・エドワードは軍の食堂で昼食を摂っているらしい。
『ただ食いか』
それ事態気にしないロイだが、相手がエドとなると謝罪のひとつも聞きたくなる。
弟の方は、込み合う食堂で鎧姿の自分は迷惑と思ったのだろう。ここで兄を待っているわけだ。
犬を、眺めて。
ただ、犬を眺めて‥。
「‥‥ 」
ロイは外食を止めて、差し入れのオープンサンドを摘んで鋼の錬金術師を待つ事にした。目線でアルに座るよう促すと自分もベンチに座り、オープンサンドを犬に差し出した。
「大佐、玉葱は駄目です。抜かないと…中毒起こすんです」
「そうなのか?」
詳しいなと呟いて、ロイはハムだけ取りだし、犬の頭上に摘み上げた。そして無言で手を出す。どうやらお手をさせたいらしい。
『それじゃ無理です』
ジャンプすべきか困惑する犬とロイの双方に同情しつつアルは苦笑した。
アルの気配に気付いてロイは芸をあきらめ、犬の前にハムを持っていった。
「犬が好きかね?」
「ええ、動物は好きです。犬も猫も。飼えないの、解ってるんですがつい拾ってきて兄さんに怒られてます」
「それで詳しいのか。しかし犬を拾ってくるとなると」
「拾うのは…猫です」
「ほほう。猫の方が好きか。しかし猫は芸をしないからな。やはり忠実な…」
「犬って…、人につくんだって母さんが言ってました。そして猫は家につく」
いまひとつ噛み合ってない会話にロイは首を傾げた。
「猫は僕に自分の匂いをつければいいけど、生き物の匂いがしないから犬は…怖いみたいです」
「!」
弾かれた様にロイはアルを振り返った。

    誰を、とは言わなかった。
    何を、とは聞けなかった。

ロイの視線が逸れたので、犬は素早く彼の手からハムを咥えると、距離を置いて食べ始めた。
「でも案外兄さんの匂いがしたりして。」
明るく締めくくったアルに、ロイは何も無くなった手を握り締めた。
彼を振り向いた事が、振り向くしかできなかった事が腹立たしくて、あるいは悲しいのかもしれなくて…
立ち上るとガシッとアルの首に手を回した。
では、アレは何だ!ハムだけとって逃げ出したアレは私が怖いのか!?
ビシッと子犬を指差すロイにアルは困惑気な視線を向けた。
「大佐…?」
そうか、怖いのか。では、君と私は同じだな。
はっはっはっ と声をあげて笑うロイに横蹴りが炸裂する。
気安くアルに触んじゃねぇッ!
「…鋼の。ただ食いしてきていい態度だなぁ」
立ち上りながら低く唸るロイに負けじとエドも唸り返す。
てめぇ何もってやがるッ。返しやがれッ
アルの首を抱いていた為、横蹴りの衝撃で外れたソレを持ったまま転んだのだ。
ロイは冑に視線を落した。
返せって言ってんだろッ。ソレは俺ンだ!
「違うでしょ」
「アルは俺の大事な弟なんだから、俺のなんだよ。」
下方で繰り広げられる漫才も、いまのロイには届かなかった。先ほどまでの怒りも消え、静かにアルに歩み寄った。
「返すぞ」
「あ、ありがとうござ…」
ガポッと冑を被せられ、そのまま首を抱締められる。
あ〜〜〜っ何しやがるッ!大佐ッ!離れろ!
「大佐!?」
叫ぶエドに慌てるアル。
「君と私は同じだ。忘れるな」
囁かれた言葉に、アルは動きを止めた。
誰があんたと同じだーッ
エドのクレームも彼の背のはるか頭上を遮る事は出来ない。ロイはポンポンとアルの背を叩くと、エドにニヤリと笑いかけ、食べ損なった昼食を取りに街へと出ていった。

「何なんだよ、大佐は〜?」
その背を見送ってエドがアルを振り向くと、弟はロイが残していったオープンサンドを解体していた。アルが器用に玉葱を取り除いて地面に置き、こちらの様子を伺う犬を見ると、犬は小首を傾げた。
「アル?」
犬とアルが見つめあう。
「アル…」
やがて喧騒が収まったと見て取ったのか、犬はトコトコ寄って来てアルの手からオープンサンドを食べ始めた。
しゃがんで犬を眺める弟が笑っているようで、エドの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
弟の肩に手をかけながら、エドは同じように犬を覗き込んだ。



昼下がり
食費の請求書と昼休み超過の始末書を持ったホークアイに、錬金術師二人はたっぷりの冷や汗を差し出した。
拾物

7月竜