切り札を持っている

そう気付いたのは今朝で。
午前中に終えたエドのメンテではうっかりボルトを3本も閉め忘れて

ャン チリ〜ンチリン〜

エドよりもわたしの方がよっぽどショックなのよ、ホントは!
だってわたしはわたしの腕に全てをかけてるもの!
失敗ならまだしも、手抜かりなんてわたし自身許せない!

ま、それはわたし自身の誓いだから置いといて
切り札はわたしが持っている。持ってたんだ、もうずっと前から

アルは

わたしが結婚してって言ったら、断らない。絶対!これは断言できる。
「あぁ、どうしてこんな簡単な、大事な事に気付かなかったのかしら‥」
「‥‥‥、どうでもいいけどもう俺の手、もう落すなよ!?」
憎まれ口にボルトを突っ込んで、もう一度、きちんと考え直す。
失敗は許されない!
アルはわたしが結婚を申し込めば断らない。これは大丈夫。
エドの為とか言っても、
わたしが嫌い?
なんて泣いて見せれば、アルはエドに憎まれてもいいと覚悟を決める。そういう性格なんだもん。
「ホント、いい子よねぇ」
ため息に押さえ込んでいる黄金の髪が揺れた。
なんとなく手持ちぶたさでその髪を撫でると
「おい!油の付いた手袋で人の頭、触るんじゃねぇっ」
払われた手で後頭部を叩いてしまった。いけない、いけない。バカはほっといてシュミレーション、シュミレーション。
『問題は、なんて言うかだけど‥』

わたしが、幸せにしてあげる!

『これは‥ダメね。これだけは‥』
幸せにするのは僕だよ なんてレベルじゃなく
わたしと結婚する時点で、アルの半分は失われるのだ。
『悔しいけど‥』
アルはエドを愛してる。アルはエドで生きてる。アルは‥
「おい、手、止まってるぞ。」
あぁ、アルの‥
アルの金髪野郎の首を絞める代わりに、ボルトを思いっきり締め上げた。
「しまった。アルの、なんて所有付けちゃった‥あ、アルの所有だからいいのか‥」
わたしの視線が気になったらしい
「なんだよ!?」
なんでもないわよ、このバカ

切り札はわたしにある。切り札は。
『切り札だけじゃ、ダメなのよねぇ』
必要なのはアルを奪い取る勇気。
欲しいのはアルを悲しませる強気。

アルを抱き締める本気だけでは、どうにもならない現実。

「待たせたな〜、アル。」
メンテが終わった途端、部屋を飛び出る金時豆。
「ご苦労様、ウィンリィ。ちょっと休んだら、ウィンリィも一緒にいこ?」
ドアを少し開けて、わたしの疲れを気にかけてくれるアル。
年の初め。
珍しく大雪となったこの冬もやっと雪雲が切れ、明日はきっと始まった一年の最初の晴れた日になるだろう。
わたし達3人、例年の慣習。最初の晴れた日の朝日を眺める。どこにいても、この日だけは同じ場所に帰ってくる。
身を切る冷たさを振り切るように丘まで走って
「おせ〜ぞ、早く来い!」
丘の上からエドが手を振る。すでに山の向こうが明るくなっていて、こちら側の暗さを際立たせている。
「ありがとね、ウィンリィ。」
エドとアルの今回の帰郷は急で、しかもいつもは揃えておく部品が雪で配送されなかった為、わたしが雪を櫂で取りに行った。
「女のわたしが取りに行けるんだもん。雪に負けずに持って来いっつーの。」
笑うわたしに肩に、アルは鎧につめて余分に持ってきてたショールをかけた。
「プレゼント。」
そして丘に着くと、わたしとエドを風から庇いながら、エドにもショールをかける。
柔らかな緑の揃いのショール。

〃アルにも〃
そんな言葉は言えないっ
〃来年は〃
‥っ。ねぇ、言わないから‥

見上げるエドの瞳も悲しげに揺れて、わたしは目を閉じる。
「あったけぇ‥」
目を開けた時、もうエドの目には強い光しかなくてわたしもショールに顔を埋めた。
「うん。暖かい。」
昇る朝日よりも、はためくショールよりも。冷たくて、でも温かい鎧の腕に、わたしは手を絡ませた。

切り札

ショールですが、アルにもかけたげる‥なんて言えば、「いいよ、僕は。寒さ感じないし。それに一緒にだと隙間ができて寒いよ?」とかえってアルに鎧を自覚させかねず、来年はアルも着ようね‥なんて、不確かな事はアルの希望を知っている分言えない、ウィンリィ。そして、エドと半分コするからアルが一枚ショール使って‥なんて仲間外れにするのはもってのほか。強気でも考え過ぎて結局言えないウィンリィなのです(笑)。
しかし、ウィンリィに語らせるとエドアルになる(ゴメン、ウィンリィ;爆)。2006/01/07