俺とワルツを

7月竜

幼馴染で3人は仲が良い。
リゼンブールの学校でよく言われる言葉。
ウィンリィは女だけどさっぱりしたイイ奴で、人形遊びより俺達と走り回ってる事が多かった。アルが歩けるようになると俺達は3人で遊ぶようになった。
しかし、この歳の1つ違いは大きい。
俺やウィンリィが難なく走れる道でも、アルはまだ上手く走れず何度も転んだ。

【アルはできないから見てなさいよ。】
【…うん】
ウィンリィは姉さん気取りで言った。それは思い通りに遊べない苛立ちと言うよりも、アルが怪我をするのではという心配だったのだろうと思う。
だけどウィンリィはひとりっこで、だからあの頃のウィンリィには分らなかった。今はできなくてもすぐに上手くなる事を。何時の間にかはいはいで俺を出迎え、いつのまにか掴り立ちをして俺に笑いかける、イツノマニカ俺の後を付いて来て片言で俺を呼ぶ、弟というものを。
何度目かの時、頷いたアルの瞳が寂しそうに伏せられて、俺はついに【アルも一緒じゃなきゃ駄目だ】と宣言しウィンリィと大喧嘩になった。
怪我させない為というウィンリィと仲間外れは駄目と言い張る俺。永遠に続くかと思った睨み合いは、大声で泣きだしたアルが俺達の服を掴んで終りを迎えた。泣き声こそ収まったものの、震えながら服を放さないアルに俺達はバツが悪くて顔を見合わせ、すぐ目を逸らせた。
【…っ、帰る!】
ウィンリィはアルの手を振り払って走り出した。その背を見送っていると
【どうした、エド。ウィンリィとケンカか?】
通りかかったオヤジが意味深な笑み(当時は解らなかったが)を浮かべた。
【女の子は泣かしちゃいけねぇんだぞ】
【そんなんじゃないやい】
怒鳴る俺の頭を掻き回して
【いやぁ〜要らぬ御節介だったなぁ。おりゃ?アルも泣きべそか?兄ちゃん達の邪魔すんじゃねーぞ】と笑みを濃くして立ち去った。
【なに言ってんだ!ウィンリィの狂暴さを知らねーのかー】
オヤジの背中に叫んでも、オヤジは振り返りもせず手を振るだけで
【なんなんだよ、まったく】
腰に手を当てべぇっと舌をだしたところで、やっと俺はアルが服から手を放している事に気付いた。下をみえれば、アルの見開いた瞳とかち合った。
何か言いたげに蜂蜜の瞳が揺れている。
【アル…?】

あの時、問いただしていたらあるいはもっと、俺達は変わっていたのかもしれない。

結局、おびえたように黙り込むアルに溜息をついて俺達も帰ろうとした時、珍しく他の子供達が俺達を取り巻いた。
【何か用かよ?】
1番年長の奴に俺は聞いた。悪気無く興味津々でそいつは俺に向き直った。
【お前の弟、中央へ行くんだろ!?いーなー】
【何の話しだ。アルはどこにも行かな…】
【だって貰われてくって聞いたぜ。中央の金持ちに。おばさんが大変だからって】
【大変ってなんだよ!どっからそんな話…】
【え〜中央から来た化粧お化けが店でしゃべってたぜ〜】
少年が言えばアルを取り巻いていた他の連中も頷いた。
リゼンブールに似つかわしくない服を着た来訪者の噂は瞬く間に広がって、それは俺の耳にも届いていた。そいつらが頻繁に来た理由が、アルを中央へ連れていくだって!?
怒り心頭の俺に、【なんだ、違うのか】と少年達は顔を見合わせた。
【でも、こいつも知ったぜ】
少年が指を向けた方向に、首を向けようとして、なのに上手く動かない。雰囲気を察したのだろう少年達は肩を竦めると散っていった。
【お前…知ってた?】
頷いたアルが信じられなくて、手首を掴むと引き摺るように家へ走った。

かあさんにただいまと言ってから、俺は素早くアルを部屋に連れ込むとベッドで向かい合うように座らせた。その瞳にはもう揺らぎは無く、だけどアルと俺の間には手の届かない距離が横たわっているようで、言葉が出てこなかった。涙と鼻水が止めど無く溢れるだけだ。
見兼ねたのかアルが自分の服を引っ張って俺の顔を拭いた。
【アル…】
【僕が居るとお母さん、たいへんなんだって。たいへんて、邪魔って事でしょ】
生まれた時から本には事欠かない環境だったから、俺もアルも歳の割には博学だった。今思えば紙上の知識で世の理を解ったつもりになっていた生意気なガキだったわけだけど。
【ごめんね、兄ちゃん。兄ちゃんとウィンリィの邪魔もしてたんだね】
あぁ、お前って…馬鹿てんこもりの素直‥物分り良過ぎ

家に居つかない、居れば書斎に閉じこもる父さんと俺達家族の噂は、この小さい町で静かだが知れ渡っていた。表面上は笑っている母さんも、時に影で泣いていた。
雑多で煩しい世界。だから俺は大人の話(母さんとばっちゃんは別だ)から耳を、目を閉ざし、必要な知識は自分で選択する事にした。本だけは豊富にあったから。
なのにお前は、全てを受け入れるんだな。
父さんがいない事も。母さんが哀しんでる事も。自分が無力な事も。
父さんに憤りもせず、母さんの幸せを祈り、ウィンリィに気を遣い、俺を思い遣って…、だけどそれでお前が傷ついたら、俺も傷ついてんだよ!?
誰も傷付けない事なんてできはしない。
誰も傷つけない為に、自分を孤独に置くなよ。頼むから。

嗚咽の中で【違うんだ】と搾り出した言葉は、アルに届いただろうか?
母さんが夕飯と呼びに来るまで、俺はベッドの上で泣きながらアルを抱締めていた。
俺達の様子から事を察した母さんは、その日の内に【御気持ちはありがたいのですが、家族はみんなで育っていくものだと思います。】とケバイ中央のおばさんに宣言し、アルの養子話しは2度と来なかった。
だけど
あれから俺とウィンリィが話をはじめると、アルはにこにこと黙って笑っているだけになった。
母さんと話している時もそうだ。アルは笑って聞いているだけで、決して割り込んでこない。

なぁ、アル。俺達よく喧嘩したよな。泣かせた事も泣かされかけた事も‥ある。だけどいつだって、すぐに仲直りした。お前はいつだって俺の名を呼んでくれた。それすらもしないつもりか?
泣いて良いんだ。声を聞かせてくれよ。
ふたりだったら、歩いて行けるから
だってずっと一緒だっただろう。物心ついた頃にはお前はそばに居て、笑ってた。
なんでも話したし、夜中のトイレは起こし合った。

お前は、あいつに感謝できる唯一の贈りもの。悲しいほど優しい弟。お前がいなかったら俺は、あいつを想い続ける母さんに絶望し、世界を嫌いあいつを殺す為だけに生きるだろう。
喜びも哀しみも、怒りも涙も全ての温度を受け流してひとりで歩いていくのは、寂しい。お前も、俺も…
俺の傍に居てくれ 俺を破壊者にしないでくれ
伝える言葉がみつからない時も、身体を寄せ合うだけでいいから。
だから、どうか 俺の手を取って

不思議な炎に焼かれているのなら 悲鳴を上げて名前を呼んで 一度だけでもそれが最後でも
誰にも傷が付かないようにとひとりでなんて踊らないで そして私とワルツを どうか私をワルツを……
…が元ネタ。あああ〜、ごめんなさいぃ〜(TT)
歳の割に冷静なアルの1つの理由を考えてみました。兄ちゃんが熱血だからと言うのもありますが
それはそれ(笑)。やはり7月竜と言う事で、暗くしてみました(←誤、なってしまいました;涙)。2004/01/28

エドアルスタンプラリー投稿作品