勝利の行方

7月竜

「大佐ぁ〜〜〜〜〜っ」
地響きと共に聞こえてきた声に、ロイ・マスタングは驚いて手にしていた書類から顔を上げた。
「アル…フォンス君?」
常のアルフォンスからは想像のつかない騒音に、ロイは慌てて執務室を飛び出した。音の方へ走り出す。
「どうした?アルっ」
我を忘れて愛称で叫んだロイは彼の執務室へ続く廊下の入り口で、青鉄の鎧と憲兵が押し相撲を繰り成しているのを確認した。
『あの状態でややアルフォンスの方が優勢か。火事場の馬鹿力というか、切羽詰っているんだな』
憲兵一人を引き摺り、もう一人を手にぶら下げてなお前に進もうとするアルを最後の一人が正面から押していた。
「大佐。冷静に観察してないで何とかして下さい」
ファルマン准尉に指摘され、ロイは我に返った。
「アルフォンス君」
ロイの声に反応したのは憲兵の方が早かった。
「済みません、大佐。アポも紹介状も無くこの者が」
「すぐに連行しますので」
「あぁ、いい。その子は私の知り合いだ。アルフォンス君、どうし…」
「大佐〜〜〜」
憲兵の拘束が無くなるとアルはロイの言葉を待たずにガバッと抱きついた。
「ア・ル・フォンス君!?」
さすがにロイも2、3歩よろけ、尻餅をついた。
「ぷっ」
上がった笑い声にロイが睨めば群集の後方で、ハボックが腰を折って笑いを噛み殺していた。
『バツ当番』
暗い視線で突き刺したあと、ロイは気を取りなおしてアルの肩を叩いた。
「落ち着いて、アルフォンス君。どうしたのかね?」
「兄さんが、兄さんがっ」
あぁやっぱり、と内心落胆しながらもロイは笑顔で先を促した。
「鋼がどうかしたかね!?」
「熱が高くてっ。薬飲まなせても下がらないしっ」
声だけ半泣きでアルが叫ぶ。
鋼が弟を残して死ぬはずが無い。そんな事態が着たら弟以外の他の人間全員道連れにするんじゃないか
『あの、独占欲の塊は』
ロイは冷静に分析したが、自分の腕の中で震えて泣くアルフォンス(妄想もモード爆走)に売りこむ絶好のチャンスとばかり、優しく問い掛けた。
「医者へは?」
「知らない街で、よく分らなくてっ。僕、どうしていいか…」
「わかったよ。だから落ち着いて。他ならぬ君の頼みだ。できる限りの事をしよう。」
「大佐〜〜」
アルの感謝の眼差しに満足し、ロイは抑揚に尋ねた。
「何所の街かね?」
アルの答えた場所。そこは南部に境界を接する東部所属の街で、かつ医者だらけの場所だった。

「誰を推挙するんです?」
興味津々でブレダが聞くのにロイは唸り声を返した。
そこは1度新種の流感が発生し、全滅寸前になった事があった。腕に覚えのある医者がその街へ出向き、チームワークで病気を治したまでは良かったが、”誰が病気を治したか”で揉め、全員そこに居座ってしまったのだった。おかげで街中医者だらけ、私の腕が、俺の治療が、うちのサービスがと他所の患者にまで御互いに口を出し合い、結局治る病気も手遅れになる事しばしば。
「手遅れになると不味いわね。アルフォンス君、エドワード君はいつ発病したの?」
「昨日の朝、もう熱っぽくて…」
そのあとは通例に洩れず代わる代わる医者が来ては繰り返し彼方此方検査し、更にエドの熱が上がってしまう結果となった。
「病名は?わかったの?」
「それが…寝不足による知恵熱とかなんとか…」
つまり、今はまだ病名を付けるほどの病では無いが、このまま街の医者達に任せるとどうなるか分らない。
早々に見切りをつけたアルはエドを宿の主人に託すと、乗り換えで待ち時間の多い列車をあきらめ司令部まで夜通し走ってきたのだ。それを聞いたフュリーが貰い泣きしている。
「お願いします。どうか兄さんを助けて下さい!ご迷惑かけてるのはわかってます、でもどうか、どうか兄さんを…」
無表情な鎧から、ただ声だけが津々と、彼の心情を告げてくる。
「発熱からまだ1日。今日中に適切な治療を行えば充分間に合うはず。ここから連れていくのはどうでしょう?」
「あそこの医者連中は尋常じゃねぇからなぁ、エド人質に立て篭もっちゃうんじゃねぇの?」
ビクッとアルが震えた拍子に、鎧から鈍い金属音が響いた。
不用意なハボックの発言に上司2名から肘鉄が入る。
「私に考えがある!安心したまえ。」
ロイが力強く言うと、アルから尊敬の情があふれ、ロイはガッツポーズを心で決めた。

作戦はいたって簡単。
アルの中に腕利きの医者を入れ街に入る。護衛にブレダ少尉が医療道具を持って同行。かくして作戦は成功し、エドの熱はすぐに下がった。
事のあらましを聞いたエドは、不機嫌そうにアルを小突いた。
「なんで軍、よりによって大佐なんかに助けを求めたんだよ」
「だって兄さん…死んじゃうかと思って」
熱でぐったりしていたエドはよく分らなかったようだが、彼を取り巻く医者達は鬼気迫るものがあったのだ。彼らこそが病を発生させるような。
「まだ完全に復調したわけじゃないんだから、今日1日は大人しく寝ていてよ」
えーっとブーイングをあげる兄に毛布をかける。
「今日は僕に看病させて。ね!?僕を安心させてよ」
鎧でもエドにはアルの表情がおおよそ分った。今、彼は心細い顔をしている、と。
「わぁったよ。好きにしろ」
ぷいっと顔を背け毛布を引っ張った兄の耳が赤く色付いてるのを見て、アルはこっそり笑った。
「それから、これからは腹を出して寝ないようにね。でないと」
「でないと?」
アルに看病してもらう心地よさを知っているから、病気も悪くないなんて思っているエドは、片眉上げてアルの言葉を促した。
「でないと、また大佐にお願いするよ!?」
「それは絶対許さ〜ん!っていうより、ひとりで大佐に会いに行くな!話すな!!」
病気あけとは思えない怒鳴り声に、残されたエドの見張りに手を焼いた(病人のくせに、そしてそれが原因なのに、アルは何所へ行っただの、どうして居ないだのとごねまくった)宿屋の主人は2階を見上げ、伝票に割増料金を追加したのだった。

ずばり、謝罪すべしは大佐にですね、ゴメンナサイ。
ウチのマスタングさんはアルフォンスを気に入ってます。鋼の弟だからじゃなく(もっともエドの傍にいるので目だった可能性はありますが)。それは絶対です。がアルフォンスをどう言う意味で気に入っているか、兄弟家族?部下?友人?恋愛対象?それとも、犬?大佐本人にしか、いや大佐にも分らないのかも 2004/01/17