7月20日の日記「備忘録」

一人の人間の一生が始まるとき、人それぞれ、家族それぞれに様々なドラマが新しい生命とともに生まるのが「出産」という人生の一大イベントです。
わが家にとって2回目の体験となる「出産」のドキュメントは、ブログを使って3日間に渡ってリアルタイムで報告していましたが、やはり携帯電話からの更新ではすべてを伝えきれないという思いが残りました。そこで、今回はそんないくるさん誕生にまつわるサイドストーリーの数々を忘れないうちに書き留めておこうと思います。


【頼みの綱】
出産二日前の夜、勘違い陣痛で病院に駆け込んだあわてモノ一家。診察結果を待つ真っ暗なロビーが怖くなったひなさん。「おかあさん…」と、半泣き。もう一人の親が横についているというのに。いつもあれほど一緒に遊んでいるのに。イザという時に頼りにするのはお母さんですか。良くわかりました。これからキミとの付き合いを考えさせてもらうから。

【火事場のクソ力】
最後まで陣痛が不十分で、出産後には「もう産みたくない」と、あのみきさんからこんな泣き言が出るほど、苦しかったという今回の出産。
しかし、「最期は陣痛に頼らずに自分で思い切って力を入れて産み出したよ!」と、してやったりの表情にはまだ余力のようなものを感じました。助産師さんも産む瞬間までみきさんの表情には余裕があったと証言していましたし、やはりこの人は相当に逞しいようです。

【苦しみの原因】
とにかく陣痛よりも、破水後に急に降りてきた後に「いくるさん」と名付けられる胎児の頭部が骨盤を圧迫し続けたことが痛くて苦しかったというみきさん。助産師さんが生まれたばかりの赤子をみながら「この子頭大きいもんねえ」としみじみと言った後、まわりを見回して「お兄ちゃんも頭、大きい方みたいだしねえ・・・お父さんも」そんなに大きくないやい! 余計なお世話だよ。

【思わず】
出産後、分娩室から元気に個室に帰ってきたみきさんと、後に「いくるさん」と呼ばれることになる新生児。
とりあえず、ベッドに横になるみきさんを見て、いそいそと一緒のふとんに入り込むひなさん。家でもみきさんとは一緒に寝てないクセになんだ。いきなり赤ちゃん返りか?

【貧乏性】
今回は新しい個人経営の産婦人科での出産。ひなさんの時の公立病院とは比較もならないほど充実したサービスだったそうです。特に専門のシェフの手による料理に感動したみきさん、毎日の食事をカメラで記録。気持ちは分かるよ。前の時は巻き寿司にクロワッサンとか、意味不明のご飯だったりしたからねえ。
 

【傲慢】
みきさんの入院中は、ウチの実家に寝泊りしていたひなさん。一人きりのお泊りは寂しかろうと、じいちゃんばあちゃんが優しくしてくれるのをいい事にわがままいい放題、暴君モード突入です。慣れない和式トイレでお尻が拭けず、手伝ってもらうのにも「じいちゃん、トイレ! 早く来い!」って、自分の尻の始末もできないクセに、じいちゃんを何だと思ってるんだ? 「てした!」 じいちゃんが「手下」ならキミは何様よ? 
「アニキ!」
間違えて無いけど、何か間違ってしまっている。ナゼ?

【後 味】
そんなわがまま放題のひなさんでしたが、2週間のお泊りを終えて家に帰る日のこと。料理上手のばあちゃんの作ってくれた食事を「まいにち、レストランみたいだった!」と、褒めて見せ、「2週間もよく我慢したね」と慣れない生活を労う手下のじいちゃんに「でも、たのしかったから!」と、実に見事なフォローで、わがままを帳消しにして、爽やかに実家を後にしました。わずか5歳にしてこの世渡り上手。いったい誰から学んだのでしょうか。

【宿 命】
出産と同じく、ひなさんの時よりも苦労したのが名付け。何かネタになるものはないか、ネットで誕生日の6月26日は何の日だろうと調べてみました。「国際麻薬乱用・不正取引防止デー」「拷問の犠牲者を支援する国際デー」「雷記念日」・・・ズラリと並ぶのは、なにやら物騒な記念日ばかりで、何の参考にもなりません。

しかし驚いたの別のサイトで調べた6月26日の誕生花・・・ザクロ!!

ザクロのご利益のおかげで、この世に生を受けたこの子の誕生花がザクロだなんて! 「もう本名もザクロにしちまうか」と煮詰まった思考がゴーサインを出しそうになりましたが何とか踏み止まりました。「柘榴」は人名漢字にもないしね。きっと。

【誕生日】
ちなみに同じくネットでざくろさんと同じ誕生日の人を調べてみたら、非常にたくさんの名前が出てきたのですが、ドクター中松、具志堅用高、山本スーザン久美子が同じ日に生まれたことを知りとても満足しました。ちなみにひなさんの生まれた10月21日にも、暴れん坊将軍吉宗、春日三球、蛭子能収、五月みどり、アルシンドなどの充実のラインナップが顔を揃えていて、実に頼もしい限りです。

【えにっき】
6月26日 くもり
 きょうはびょういんで
 おとうとがうまれたよ。
 いくるくんです。
 うれしかった。
 はやく2さいにならないかな。

2歳になれば言葉も通じるようになって一緒に遊べるようになるってことだね。なかなか、鋭い読みです。その頃はひなさんは小学2年生。ちゃんと魔の2歳児と遊んでやってくれよ。ところで、生まれたその日に名前がついたような日記になっていますが、ウチの実家から帰ってきてから書いた日記なのでこうなってます。大変こまかい話ですけど。



うむ。大仰に書き始めた割には、それほど大したエピソードがある訳ではなかったね。
そんなほんの小さな出来事でもこうして書きとめておけば、何かのときに何かの参考になるかもしれません(非常に曖昧なメリット)。

あとは今や「いくるさん」と呼ばれる赤子が大きくなったときに、ブログの記録とあわせて、まだ幼い兄を含めて大変な騒ぎの中で自分がこの世に生まれてきたという「雰囲気」を、うっすらでもいいから感じてもらえればそれでいいです。