砂漠の乗物

 砂漠は駱駝の天下である。しかしその駱駝は人間に奉仕するのに楽ではない。駱駝は砂漠の船だというのは人間の勝手である。この船は人間に操られて活動するのである。その操り方が地方によって異なるのは興味深い。

 中国の奥地騰格里砂漠で駱駝に乗った。暑い砂漠での駱駝乗りは愉快であったが、駱駝の境遇を見ていささか悟りを開いた。駱駝はその巨体に似合わず従順な性格を持つ。座れと命ぜられば長い足を曲げて地面に伏し、立てと命令されると4本の足を器用に使い分けて立ち上がる。数頭が一列を作って砂上を整然と歩く。

 よく観察すると、どうも駱駝が好き好んで人間の命令に従っているわけでもないことが分かる。どの駱駝も短い鼻栓がつけられている。この鼻栓には牽引用の紐が通してある。駱駝はこれで身の自由を失っているのである。

 中国語に「鼻を引かれて歩く(被人牽着鼻子走)」という言い方がある。農村地帯の役畜、たとえば耕牛も鼻輪でコントロールされているが、砂漠の駱駝も鼻輪の働きをする鼻栓で操られているのである。巨体の鼻に串差される栓の一方から強く引くことで鼻から血も出る。ときによほど我慢できないとみえ、命令に逆らう駱駝の姿を目にすると痛ましい気持ちに襲われる。鼻を引かれていやいやながら言いなりになるのは駱駝にとっても辛い体験であるに違いない。

林善義、8 January 1998


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