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  第17話

  1987年7月   1台で5人は寝られません

                      (平成20年6月29日 記)

 梅雨のまっ最中です。今日は外には出られませんので文筆にいそしむ事にしましょう。晴耕雨読ですから。
 “明るい農作業”で毎日がチョー忙しい日曜日を送っています。女房殿が、「そんなに精出すと過労死するよ。」と言います。定年後に過労死ではおかしな具合になります。時間はいくらでもあるわけでもっとゆったりしなくては、とは思うのですが、性分が邪魔します。

 このところの我が農園の収穫物は、キュウリ、トマト、ナス、インゲン、トウモロコシなど。最近は少し郊外に足を伸ばしますと、「道の駅」があちらこちらにあって、地元産の野菜などが売られており、私も結構利用しています。
 とれたて野菜で思い出しますのは、まだ、道の駅がこんなになかった頃、渓流釣りで山の方に行くとたいてい無人販売小屋がありました。100円とか200円をチャリンと入れて、トマト、トウモロコシなど安くて新鮮な野菜を調達したものです。

 まあ、こんなあたりから思い出した話なのですが、87年の7月4日、岐阜県清見村の上小鳥川へ釣行しました。21年前です。
 メンバーは5名、いつものパターンで前夜現地着、車中大宴会、就寝、明け方アルコールの残った足で川へとなるわけです。

ところで、Yさんの車一台で5人は寝られません。
 「お宮さんの境内に屋根つきの舞台があるデ、大丈夫だわ。」・・・と、Ki君が言った。“ご老体”のMi氏(この頃、42、3歳だったか?)と、Yさんは運転して疲れているので車の布団で寝るとすると、やっぱりあぶれはKaさんと俺かー、、、という訳で件(くだん)の屋根つき舞台で、蚊取り線香を焚きながらビニールシートをかぶって二人仲良く寝ました。
 なんかこう言うとき、Kaと気が合うというのでしょうか。

 二日目の朝一の釣りを終え、皆缶ビールなど頂いて昼寝をしていましたら、地元のおじさんが軽トラックを乗り付けてきました。どうもこの場所は、村の農作物の集荷場に利用しているようです。

「ここは野菜の集荷場で、ダンボールを積み上げるのでお前らすぐ立ち退け」などと無粋なことを言います。もう少しゆっくり昼寝していたかったのですがしょうがないですね。こちらは遊びでしかも無断占拠、一言もありませんでした。
 名古屋の町ン中でこんな事をしていたら、ひょっとして警察呼ばれるかもしれません。

毎日の農作業ご苦労様です。おいしい高原野菜をどっさり町へ送ってください。


 最近この辺りへの釣行は、清見インターまで東海北陸自動車道を利用して、ほんとに短時間で行くことが出来るのですが、当時は163号線から吉田川沿いに入り、坂本トンネルをくぐってせせらぎ街道を行き、二つ谷の谷沿いに西に山越えをして現地に入るコースで、ずいぶん時間がかかりました。時間がかかるということも、それなりに楽しいことではあったのですが。

 一週間後の7月5日に東海北陸自動車道が全線開通します。富山あたりがぐっと近くなります。おいしい物はなんでしょうか。


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