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瀬戸メサイア合唱団情報ページ

演奏会の記録      ドイツ・レクイエム



2006年3月21日 瀬戸市文化センターにて演奏会を開催しました




ブラームスの神髄「ドイツ・レクイエム」&
    シューベルトの「完成された未完成」の美しさ

 有名な交響曲「未完成」をいわば前曲として演奏する今回の公演は、二つの演奏会を一つにしたまさに贅沢そのものといっても過言ではありません。
 ブラームスは「未完成」を称えて「この曲は様式的には確かに未完成だが、決して未完成ではな・・・・・。これほど大衆的な魅力をもった交響曲を、わたしはまだ一度も聴いたことがない。」と述べています。
 美しい旋律に彩られた「未完成」に心安らいだあとは、静謐で、重厚で、堂々とした威厳に満ちた大曲「ドイツ・レクイエム」が“今を生きる人々への慰めと癒し”というブラームスのメッセージとともに展開されます。ブラームスのロマン主義的で独創的、かつ感動的な声楽曲です。
 名古屋フィルハーモニー交響楽団、円光寺雅彦指揮という、私たち合唱団が現在望みうる
最高の演奏者を得て、混沌とした“いま”を生きる人々へ“限りない愛と、平和の祈り”を込めて
捧げたいと思います。


ブラームス「ドイツ・レクイエム」

このレクイエムは通常の死者のための祈りというよりは、むしろ苦悩を背負う生者のための慰めに重点が置かれている。

 第1曲 悩みを抱く者たちは、しあわせである。(合唱)
 第2曲 なぜなら、すべての肉体は草のようなものであり(合唱)
 第3曲 主よ、私に教えて下さい(バリトン独唱と合唱)
 第4曲 あなたの住いはなんと気持ちのいいとこでしょう(合唱)
 第5曲 あなた方はいま悲しみを抱いている(ソプラノ独唱と合唱)
 第6曲 なぜなら、私たちはこの地上には永遠の都をもっておらす(バリトン独唱と合唱)
 第7曲 死者たちはしあわせである(バリトン独唱、ソプラノ独唱および合唱)

7つの部分
創造主の力、人生の無常さ、審判の恐怖、死への運命、慰め、残されたものの悲しみ、そして復活の希望。
今日でのブラームスの中心的声楽作品とされているが、それは当時においても同じであり、ヨーロッパで100回以上は演奏されている。

「ドイツ・レクイエム」訳詞

第1曲 合唱

Selig  sind, die  da  Leid  tragen, 

denn  sie  sollen  getrostet  werden.

悲しんでいる人たちは、さいわいである、

彼らは(神に祝福され)慰められるだろうから。

(新約聖書 マタイによる福音書 第5章4節)

Die  mit  Tranen saen,

werden  mit  Freuden  ernten.

涙をもって種播く者は、

喜びの声をあげて収穫する。

(旧約聖書 詩篇 第126篇5節)

Sie  gehen  hin  und  weinen

und  tragen edlen  Samen

und  kommen  mit  Freuden

und  bringen  ihre  Garben.

種を携え、涙を流して出ていく者は

束を携え、喜びの声をあげて帰ってくるだろう。

(旧約聖書 詩篇 第126篇6節 )

第2曲 合唱

Denn  alles  Fleisch  es  ist  wie  Gras 

und  alle  Herrlichkeit  des  Menschen

wie  des  Grases  Blumen.

Das  Gras  ist  verdorret 

und  die  Blume  abgefallen.

人はみな草のごとく

その栄華は、みな草の花に似ている。

草は枯れ

花は散る。

(新約聖書 ペテロの第一の手紙 第1章24節)

So  seid  nun  geduldig, lieben  Bruder,      

bis  auf  die  Zukunft  des  Herrn.       

Siehe, ein  Ackermann  wartet

auf  die  kostliche  Frucht  der  Erde    

und  ist  geduldig. daruber, bis  er  empfahe 

den  Morgenregen  und  Abendregen.

だから兄弟たちよ。

主の最後の審判の時まで耐え忍びなさい。

見よ、農夫は、地の尊い実りを、

前の雨と後の雨とがあがるまで、

耐え忍んで待っている。

(新約聖書 ヤコブの手紙 第5章7節 )

Denn  alles  Fleisch  es  ist  wie  Gras     

und  alle  Herrlichkeit  des  Menschen     

wie  des  Grases  Blumen.         

Das  Gras  ist  verdorret            

und  die  Blume  abgefallen.          

Aber  des  Herrn Wort            

bleibet  in Ewigkeit.

人はみな草のごとく

その栄華は、みな草の花に似ている。

草は枯れ          

花は散る。            

しかし主の言葉は、

とこしえに残る。

(新約聖書 ペテロの第一の手紙 第1章24節)

Die Erloseten  des  Herrn            

werden  wieder  kommen

und  gen  Zion  kommen  mit  Jauchzen;     

ewige  Freude  wird  uber  ihrem  Haupte  sein, 

Freude  und  Wonne  werden  sie  ergreifen,   

und  Schmerz und  Seufzen  wird  weg  mussen.

主にあがなわれた者は

帰ってきて、その頭に、とこしえの喜びをいただき、

歌うたいつつ、神の住む丘、シオンに来る。

彼らは楽しみと喜びを得、

悲しみと嘆きは逃げ去る。

(旧約聖書 イザヤ書 第35章10節)

第3曲 バリトン独唱を伴う合唱

Herr,  lehre  doch  mich,             

dass  ein  Ende  mit  mir  haben  muss, 

und  mein  Leben ein  Ziel  hat,  

und  ich  davon  muss.

主よ、わが終わりと

わが日の数のどれほどであるかを私に知らせ、

わが命のいかに

儚いかを知らせてください。

(旧約聖書 詩篇 第39篇4節)

Siehe,  meine  Tage  sind  einer  Hand

breit  vor  dir,

und  mein  Leben  ist  wie  nichts  vor  dir.

見よ、あなたは私の日を束の間とされました。

私の一生はあなたの前では無に等しいのです。

(旧約聖書 詩篇 第39篇5節)

Ach,  wie  gar  nichts  sind  alle  Menschen,

die  doch  so  sicher  leben.

Sie  gehen  daher  wie  ein  Schemen

und  machen  ihnen  viel  vergebliche Unruhe,

sie  sammeln  und  wissen  nicht,

wer  es  kriegen  wird.

Nun, Herr,  wes  soll  ich  mich trosten?

Ich  hoffe  auf  dich.

まことに、すべての人はその盛んな時でも

息にすぎません。

まことに人は影のようにさまよいます。

まことに彼らはむなしい事のために騒ぎまわるのです

彼は積み蓄えるけれども

誰がそれを収めるかを知りません。

主よ、今私は何を待ち望みましょう。

私の望みはあなたにあります。   


(旧約聖書 詩篇 第39篇6〜7節)

Der  Gerechten  Seelen  sind  in  Gottes  Hand,

und  keine  Qual  ruhret  sie  an.

神に従う人の魂は神の手で守られ

もはやいかなる責め苦を受けることはない。

(旧約続篇 ソロモンの智恵 第3章1節)

第4曲 合唱

Wie  lieblich  sind  deine  Wohnungen,

Herr  Zebaoth!

Meine  Seele  verlanget  und  sehnet  sich

nach  den  Vorhofen  des  Herrn;

mein  Leib  und  Seele  freuen  sich

in dem  lebendigen  Gott.

万軍の主よ、

あなたの住む天国はどんなにか麗しいことでしょう。

わが魂は絶え入るばかりに

主の大庭を慕い、

わが心とわが身は

生ける神に向かって喜び歌います

(旧約聖書 詩篇 第84篇1〜2節)

Wohl  denen,  die  in  deinem  Hause  wohnen,

die  loben  dich  immerdar.

あなたの家に住み

常にあなたを誉め称える天国にいる人は幸いです。

(旧約聖書 詩篇 第84篇4節)

第5曲 ソプラノ独唱を伴う合唱

Ihr  habt  nun  Traurigkeit,

aber  ich  will  euch  wieder  sehen,

und  euer  Herz  soll  sich  freuen,

und  eure  Freude  soll  niemand

von  euch  nehmen.

このように、あなたがたにも不安がある。

しかし、私は再びあなたがたと会うだろう。

そして、あなたがたの心は喜びに満たされるだろう。

その喜びをあなたがたから

取り去る者はいない。

(新約聖書 ヨハネによる福音書 第16章22節)

Sehet  mich  an:

Ich  habe  eine  kleine  Zeit

Muhe  und Arbeit gehabt

und  habe grossen  Trost  funden.

眼を見開いて見よ。

わずかな努力で

私が多くの安らぎを見出したことを。

(旧約続篇 ベン・シラの智恵 第51章27節)

Ich  will  euch  trosten, 

wie  einen  seine  Mutter  trostet. 

母のその子を慰めるように

神である私もあなたがたを慰める。

(旧約聖書 イザヤ書 第66章13節)

第6曲 バリトン独唱を伴う合唱

Denn wir haben  hie  keine  bleibende  Statt,

sondern die  zukunftige  suchen  wir.

この現実の地上には永遠の都はない。

きたらんとする神の国こそ、

わたしたちの求めているものである。 

(新約聖書 ヘブル人への手紙 第13章14節)

Siehe, ich sage  euch  ein  Geheimnis:

Wir  werden  nicht  alle  entschlafen,

wir  werden  aber  alle  verwandelt  werden:

und  dasselbige  plotzlich,  in  einem Augenblick,

zu  der  Zeit  der  letzten  Posaune.

Denn  es  wird  die  Posaune  schallen,

und  die  Toten  werden  auferstehen

unverweslich,

und  wir  werden  verwandelt  werden.

Dann  wird  erfullet  werden

das  Wort,  das  geschrieben  steht:

Der  Tod  ist  verschlungen  in  den  Sieg.

Tod,  wo  ist  dein  Stachel?

Holle,  wo  ist  dein  Sieg?

ここで、あなたがたに奥義を告げよう。

わたしたちのすべては(死んだ後も)

眠り続けるのではない。

この世の終わりのラッパの響きとともに、

またたく間に一瞬にして変えられる。

というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者に蘇らされわたしたちは変えられるのである。

(そのとき)聖書に書いてある言葉が成就するのである。

「死は勝利にのまれてしまった。

死よ、おまえの勝利は、どこにあるのか。

死よ、おまえのとげはどこにあるのか。」

(新約聖書 コリント人への第一の手紙 第15章51〜55節)

Herr,  du  bist  wurdig  zu  nehmen

Preis  und  Ehre  und  Kraft,

denn  du  hast  alle  Dinge  erschaffen,

und  durch  deinen  Willen  haben  sie  das Wesen

und  sind  geschaffen.

「われらの主なる神よ、

あなたこそは、

栄光とほまれと力とを受けるにふさわしいかた。

あなたは万物を造られました。

あなたの意思によって、万物は存在し、

また、造られたのです。」       

(新約聖書 ヨハネの黙示録 第4章11節)

第7曲 合唱

Selig  sind  die  Toten,

die  in  dem  Herrn  sterben,

von  nun  an.

Ja,  der  Geist  spricht,

dass  sie  ruhen  von  ihrer  Arbeit;

denn  ihre  Werke  folgen  ihnen  nach.

「今からのち、主を信じて死ぬ人は幸いである。」

聖霊も言う、

「しかり、彼らはその生前の苦労を解かれて休み、

その行いゆえに報われる。」       

(新約聖書 ヨハネの黙示録 第14章13節)

訳詞は、日本聖書協会発行の口語訳旧約聖書(1955年改訳)及び新約聖書(1954年改訳)を参考に、瀬戸メサイア合唱団が意訳した。