平成9年ネ第154号(被控訴人 陳述書)


陳 述 書

平成九年(ネ)第一五四号

陳   述   書

控訴人有限会社◯ ◯ ◯ ◯
被控訴人翠松園道路対策組合

 右当事者間の公共下水道設備工事同意等請求控訴事件につき、左記の通り陳述する。
  平成 九年 七月二五日

右被控訴人組合員
翠松園会副会長(翠松園道路等整備事業専任)
横   田   英   一

名 古 屋 高 等 裁 判 所
   民 事 第 二 部  御 中


     記

一 控訴人の『準備書面(一)』第一項記載の主張について
1 控訴人は『準備書面(一)』一の2に於て
 「したがって、原判決が私道部分として区分されていたと判示する土地は、仮に道路として予定されていたとしても、人及び車等の通行を予定していたものであって、上下水道及び都市ガスの敷設は予定していなかったと考えるのが正解である。
 したがって、上下水道及び都市ガス管の敷設ができる内容の地役権が成立しているはずがない。」旨、主張している。
 しかし、水道法の制定は昭和三二年六月一五日であり、分譲時には上水道に関する法律すらなかったのである。
 因みに、昭和一〇年に於ける上水道の普及率は全国で二〇%、昭和三〇年に於て二五%である。地下水の水質悪化に伴い水道法が制定され、昭和四〇年に於て漸く上水道普及率も七〇%となったのである。なお、道路法は大正七年に制定されたが、関東大震災によりその法的実効性を失い、昭和二七年に道路法の改定が実施され現在の法体系の基礎となっている。したがって、翠松園分譲時は、<道路>に関しては何ら法的規定は存在してなかったに等しいのである。
 また当時、大幹線道路以外の大半の道路は庄屋等の私有に帰していたが、実質的には住民共有物の代位者としての私有の性格を有し、庄屋等個人の私有物であると考える者はいなかったのである。
翠松園土地分譲の初期に分譲地土地を購入した者が「道路付きで土地を購入した。」と主張するのには、かかる背景がある。
 右に述べた社会的背景を無視し、上下水道及び都市ガスの導管敷設に関する地役権を否定することは許されない。
 「道路として予定されていた」とは、字義通り、分譲者が分譲地土地購入者に対し、道路敷地(道路予定地)を道路として利用する一切の権利を保証し、附与することを約したものである。
 而して、道路として利用する一切の権利には、将来に於ける道路利用の種々の態様(雨水排水設備、送電・通信設備、上水道管、下水道管、都市ガス管、交通安全設備等の設置)も包含される。
 また、分譲時点での道路利用態様を将来に亙り拘束・限定したものではなく、将来に於ける種々の利用態様を排除したものではない。
 このことは、被控訴人平成九年七月一〇日附『準備書面(一)』第一項の2に示す通り、当初より将来に於ける公道化を前提とした道路の開設であった事実より明らかである。
 したがって、仮に、分譲当時には、上下水道及び都市ガス管の敷設が予定されていなかったとしても、<予定されていなかったこと>と、<それらの敷設の権利を認めていないこと>は等価ではない。
2 控訴人は『準備書面(一)』一の3に於て
 「しかし、道路として開設したというには、単に公図上分筆されるだけでは足りず、現地において道路としての設備を設けられ物理的にも道路として開設されなければならない。しかし、このような道路としての設備が設けられた証拠は一つもない。」
として、道路が開設された証拠がないので通行地役権も成立しないと主張しているが、これは事実に反する。
 現在、宅地分譲に於ける道路として具備すべき諸設備等の定義並びに技術基準に関しては、昭和三六年一一月七日制定の宅地造成等規制法に基づき昭和三七年一月三〇日に制定された宅地造成等規制法施行令によって法で定められている。
 しかし、翠松園土地分譲時、即ち、昭和元年から昭和一五年頃には、道路として具備すべき諸設備等の定義並びに技術基準に関する如何なる法的規制も存しなかったのである。
 翠松園分譲当時、<道路の開設>とは、U字溝等の道路附帯設備の設置を伴うものではなく、単に、樹木を伐採・抜根し、通行可能な平坦部を設けることであった。現に、名古屋市に所有権が移転された道路敷地の中には、道路の開設時同様、獣道の現況を呈している箇所もあり、分譲時の道路開設の実態を証すことができる。
 したがって、控訴人の右の指摘は<道路が開設された事実>の反証とはなりえない。
二 控訴人の『準備書面(一)』第二項記載の主張について
1 控訴人は『準備書面(一)』二に於て
 「原判決中『翠松園という一団の分譲地についての公共的生活施設を確保して、その分譲宅地としての適正や価値を確保し、各分譲宅地の生活上の利便に供する目的』は、地役権の目的となりえない。」旨、原審の地役権の認定を不当としている。
 しかしながら原判決に於ては、
 『…その分譲事業の実施にあたり、分譲宅地部分と私道部分を外形上も明確に区分して造成を行っており、右私道部分を分譲地部分のための道路として確保するため、その所有権を分譲者に留保していたものであって、その趣旨目的とするところは、各分譲宅地を道路に通じさせて袋地としないことにあるのはもちろんのこと、翠松園という一団の分譲地についての公共的生活施設を確保して、その分譲宅地としての適正や価値を確保し、各分譲宅地の生活上の利便に供する目的とするものであった…』
と判示している。
 原判決を注意深く読めば、地役権の目的として控訴人引用部の内容を判示しているのではないことは明白である。
 控訴人は、原判決を部分的に引用することにより、分譲にあたっての道路確保の<目的>を、地役権の<目的>に結びつけ、論旨を摩り替えている。
 原判決に於ては、<地役権の目的>という語句は使用していない。
原判決の論旨が、以下の通りであることは明白である。
(1) 分譲者の道路確保の<目的>の判示
(2) 分譲地購入者の道路利用の<権利>の判示
(3) 上記の権利の法的根拠<地役権>の明示
(4) 上記<地役権>の<内容>の明示
2 また、控訴人は
「…原判決のいうが如き一般的且つ抽象的な地役権は…」として、原判決を批判している。
 しかし、原判決に於ては、
『そして、右地役権の内容としては、右分譲開始当時の生活水準や大都市近郊にある翠松園の地域環境に照らし、通路としての利用のほか、一般に道路を使用して設置されることが見込まれる公共生活施設、すなわち、上水道設備や雨水排水設備、側溝、公共下水道設備や都市ガス設備及びこれらへの連結設備等の設置及び利用(もちろん、その維持管理に必要な行為を含む。)を求める権利…』
と、具体的に地役権の内容を明示しており、右の批判は不当である。
三 控訴人の『準備書面(一)』第三項記載の主張について
1 控訴人は『準備書面(一)』三の1に於て、本件土地に設定された地役権について、道路として開設された証拠がないので、不継続地役権である旨、主張している。
 しかし、かかる主張が事実に反することは、前記第一項2に於て示した通りであり、分譲者が翠松園分譲地土地購入者に対し設定した地役権は、無償・無期限の地役権であり、継続地役権である。
2 地役権の消滅時効について
(1) 民法第291条【消滅時効期間の起算点】は、地役権の消滅時効について、次の通り定めている。
 ア 不継続地役権ニ付テハ最後ノ行使ノ時ヨリ之ヲ起算シ
 イ 継続地役権ニ付テハ其行使ヲ妨グベキ事実ノ発シタル時ヨリ之ヲ起算ス
 右内容は、地役権の消滅時効に関しては、
ア 不継続地役権については、地役権を行使してから次に地役権を行使するまでの地役権不行使期間、即ち地役権行使中断期間が二〇年を超えた場合、不継続地役権は時効により消滅し
イ 継続地役権については、地役権行使の障碍となる事実が発生し、かつ二〇年を超える期間この事実が存続し続ければ、継続地役権は時効により消滅する
と、解すべきである。
 而して、本件については右ア、イいずれに該当する事実もなく、地役権の消滅時効は成立しない。
(2) 但し、控訴人は『準備書面(一)』三の1に於て
 「遅くとも昭和五年一月一日より二〇年経過した時点で通行地役権は時効で消滅しているので、ここに時効を援用する[起算点として昭和五年一月一日をとったのは、原判決の認定によると「昭和初め頃から」分譲が開始されたとあるからである]。」
として、昭和五年一月一日(第三回翠松園土地分譲開始時点頃)を、消滅時効の起算点としている。
 以下、<地役権の取得>と<地役権の行使>は不可分であり、<地役権の取得>と同時に<地役権の行使>が開始されると考えるのが自然である故、土地購入者の<地役権の取得時>即ち分譲者の<地役権の設定時>を消滅時効の起算点とすべきではないかとの観点に立ち、控訴人の右消滅時効援用の妥当性に検討を加える。
(1) 地役権とは、「<他人>の土地を<自己>の土地の便益に供する権利」であるから、継続地役権であるか不継続地役権であるかを問わず、承役地である道路敷地の所有者(分譲者)と要役地である分譲地土地の所有者(土地購入者)が別人格であることが前提となり、初めて成立する権利である。
 であるならば、
ア <分譲者>が翠松園土地分譲に際し、分譲地土地購入希望者に土地購入後の翠松園内に於ける道路利用の形態(翠松園分譲地土地購入者には、無償・無期限の道路使用権が附与されること)を、箇々に<土地購入希望者>に明言し
イ 売買契約が締結され
ウ 所有権移転登記が完了する
 右時点で、初めて<自己>と<他人>が分離し別人格となり、<自己>の土地(要役地)と<他人>の土地(承役地)の関係が発生し、と同時に地役権が黙示に設定されたのである。
 したがって、道路敷地の所有者と分譲地土地の所有者が同一人である翠松園土地分譲継続中(昭和元年の第一回分譲から、昭和一五年頃の第五回分譲までの間)は、売買契約締結の度に、<分譲者>による<土地購入者>への地役権設定行為が継続されていたと考えるべきである。
(2) 添付の『閉鎖用紙の謄本』が示す事実によれば、被控訴人(翠松園道路対策組合)組合員であり、上水道工事同意請求事件(原判決中のイ事件)原告でもある中村清藤氏は、守山区大字小幡字北山二七五八番二七三の土地、即ち第三回分譲地区画図(甲第二一号証)中一三一番の土地について、翠松園土地分譲者である朝倉千代吉(朝倉の家督相続人である朝倉銚太郎を含む)と谷口藤次郎より昭和一四年九月一日に購入し、同年同月二一日附で所有権移転登記を行っている。
 したがって、中村清藤氏が本件土地を含む翠松園内の道路について<地役権の取得>をした、即ち、分譲者が本件土地を含む翠松園内の道路について中村清藤氏に対し<地役権の設定>をした期日は、昭和一四年九月二一日であり、当然、消滅時効の起算点も昭和一四年九月二一日と考えるべきである。
 また、添付の『閉鎖用紙の謄本』が示す事実によれば、中村清藤氏は昭和三三年五月一日附で、守山区大字小幡字北山二七五八番六〇四(第三回分譲地区画図中一三一番の土地)に所有者の住所移転登記を行っており、遅くとも昭和三三年五月には同所に家屋を建築・居住していたことは明白であり、本件土地を生活排水の間接的排水路として利用し、<地役権の一部行使>を開始したと考えられる。
(3) 本件土地は、第三回分譲地区画図に於て、分譲土地部分とは区別して<道路>として表示されている。
 これは、守山区大字小幡字北山二七五八番二七一の土地(同区画図中一二九番の土地)を囲繞地としないことは勿論、本件土地が流域中最低部に位置することから、本件土地周辺流域の雨水及び生活排水を域外へ排水する上で、本件土地を排水路として使用する必要があったためである。
(4) 以上の事実よりすれば、控訴人の消滅時効の起算点を昭和五年一月一日とする主張には何ら根拠がなく、また仮に、本件地役権が控訴人主張の如く不継続地役権であり、その消滅時効の起算点は地役権の設定時であると考えたとしても、本件に関する限り、地役権の消滅時効が不成立であることに疑問の余地はない。
 したがって、本件地役権は時効により消滅した、との控訴人の主張には一片の正当性もない。
四 控訴人の『準備書面(一)』第四項記載の主張について
1 控訴人は『準備書面(一)』四の1に於て、
「本件土地が道路との前提より容易に計画を立てたのが原因であり、代替手段がないということはない。」旨、主張している。
 しかしながら、代替手段の有無については、公共下水道或いは都市排水路の設置者であり管理者となる名古屋市が考慮すべき問題であり、被控訴人の責任の範囲外である。
2 控訴人は『準備書面(一)』四の3に於て、
「横切って設置されたU字溝や排水桝は権原なく設置されたもので…」ある旨、主張している。
 本件土地を横断して設置されたU字溝や排水桝は、本件土地に黙示に設定された地役権に基づき設置されたものである。
3 控訴人は『準備書面(一)』四の4に於て、
「一方、被控訴人は道路の負担金として一億五〇〇〇万円程集めており、支払能力は十分である。…他の係争地は通行権が認定される土地であり、これが否定される本件と事案が異なり、同証人の説明は合理性がない。」
旨、主張している。
(1) 被控訴人は、本件土地は地役権(通行地役権を含む)が認定される土地であり、道路敷地であると考えているからこそ本訴を提起したのであり、原判決の通行地役権に関する判示を承伏している訳ではなく、A流域に居住する住民にとり公共下水道の整備を含む道路等整備の実現こそが焦眉の課題であるが故に、原審原告の請求の趣旨の一部棄却を控訴審に於て争う途を選択しなかっただけである。
(2) 添付した資料1は、
道路舗装工事同意請求事件(当庁昭和六一年ネ第五九五号)に於て、和解に応ずるかそれとも弁論続行を求めるかを巡り、翠松園道路対策組合員の総意を問うため都合三回実施した、翠松園道路対策組合臨時総会或いは組合員アンケート調査の結果を図示したものである。
  図中、
 1)は、昭和六二年八月九日開催の翠松園道路対策組合臨時総会
  (提示和解金額 平米一、五〇〇円)
 2)は、昭和六二年一二月二〇日開催の翠松園道路対策組合臨時総会
  (提示和解金額 平米二、八〇〇円)
 3)は、昭和六三年二月七日実施の臨時総会に替わるアンケート調査
  (提示和解金額 平米二、五〇〇円)
の結果をそれぞれ示している。
  また、図中
 ◯賛成は、和解金の拠出は負担であるが、和解に応じ現実的な解決をすべき
 ◯反対は、道路付きで翠松園の土地を購入したのであり、二度払いは嫌だ。弁論続行を求めるべきとの組合員の意見を反映している。
 翠松園道路対策組合は、右3)の結果に基づき、平米二、五〇〇円で和解に応ずることとしたが、和解金額の多寡に拘わらず反対意見が二〇%以上占めている中での苦渋の選択であった。
(3) 添付した資料2は、
下水道設備工事同意請求事件(原審)に於て平米四、〇〇〇円で和解するにあたり、以下
 1)消費者物価指数の推移
 2)用途地域別宅地の平均価格の推移
 3)名古屋市公示地価の推移
 4)公定歩合の推移
を参考とし、和解金額算定基準として使用したものである。
(4) 和解金額算定の合理性について
 道路舗装工事同意請求事件に於て和解へ至る経緯は、右に示した通りであり、翠松園の道路問題を解決するにあたり、既に拠出した和解金負担額に加え、改めて組合員に負担を求めることはできない。
 また、従前和解の道路敷地所有者の中には、住民に対し通行妨害を伴う威嚇を繰り返した者も含まれている。
 したがって、現に組合員が拠出した和解金総額の枠内に於て、今後惹起しうる凡ての事態に対処することが組合員に対する最低限の責務であり、従前和解の道路敷地所有者による損害賠償請求に言及したのは、右の理由による。
 和解金額は、組合員並びに従前和解の道路敷地所有者に対し、充分合理的に説明しうる金額であることが必要であり、そのためには何よりも従前和解金額との均衡性が要求される。
4 控訴人は続いて、
「…若干の金利を加算した額で手放すことを決断していたのは、住民の便宜を考え、基本的に資金回収の限度でよしとしてのことであった。少なくとも控訴人においては本件土地を投機として利用する意図はなかった。」
と主張し、投機の意図を否定しているが、
(1) 原審第九回口頭弁論調書(被告人本人調書)によれば、控訴人は本件土地落札に際し<競落資金>の出資はしていない旨、証言している。
 また原審乙第一七号証(被告人陳述書)によれば、有限会社◯◯◯◯としての本件土地<取得金額>は、一、五〇二、五〇〇円である。
 したがって、投機ではなく資金回収を意図するならば、基準とすべき和解金額は、競落人の<競落金額>ではなく、控訴人の<取得金額>である。
(2) 原審乙第一七号証(被告人陳述書)によれば、控訴人は有限会社◯◯◯◯の二〇〇〇個の出資口を贈与(無償譲渡)され、有限会社◯◯◯◯を吸収合併している。
 <資金回収>の基準は<競落金額>とすべきとの主張に固執するのであれば、控訴人と有限会社◯◯◯◯間の債権・債務関係を含む財務諸表の開示を以てその根拠を立証すべきである。
(3) また仮に、<競落金額>を和解金算定の基準としうるとしても、競売による所有権取得自体は商取引であり、裁判所による売却とはいえ商取引に於ては必ずしも原資が保証されている訳ではない。
 添付した資料3に示す通り、名古屋市に於ける住宅地土地の価格は、競落時(平成元年)に比し大幅に下落している。
 したがって、仮に<競落金額>を基準としても、控訴人の提示する金額は過多であり、控訴人の提示額は投機目的と断ぜざるをえない。
 故に、被控訴人の権利濫用の再抗弁には正当性がある。

添 付 資 料


賛否グラフ




物価グラフ




地価グラフ


註:当事者からの申し入れにより、当事者名の一部については匿名としました。


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