※パラレル。類、つくし同じ学年クラス設定。
類くんは転校生。なのでF4は存在しません。類くんもつくしと同じ庶民派の学生です。
第一弾「よこがおトキドキそら」を先に読まれた方が、より楽しめます。

















いつもぽっかりとした雲を浮かべている青い空。
でもどうやら今日はご機嫌ナナメのよう。
涙なんて流しちゃって。

ほろり、ほろり。

なんて気まぐれなのかしら。












粒アンブレラ











数時間前の賑わいが嘘のように静まる授業後の教室。
特にこれと言って書くことのない日誌を書き終え、そのついでに今日の分の宿題も終わらせた。さすが計画的ね、私。だなんて思いながら机の上を片付け、席を立とうとした時。


ぽつ。
ぽつつ。


小さな水滴が校舎を打ち付ける音が聞こえ始めた。

もしかして、と半ば反射的に窓の外を見てみる。
重くのし掛かるような灰色の遠くから水滴が溢れ出していた。

ここの所ずっと晴れだったから、そろそろ降るんじゃないかとは思っていたけれど、そんなの単なる根拠のない予想でしかなくて。本当に降るとは到底考えていなかった。ああ、もうどうして今朝ちゃんと天気予報を見てこなかったのだろう。それも今日みたいな日に限って。全くもって運が悪い。前言撤回。全然計画的じゃなかったわ、私ったら。


はあ、と自分にため息をついて窓をもう一度見る。まだ降り始めなので雨音はそれほど強くない。急いで走ればそれほど濡れずに済むだろう。(ああもう宿題なんて家に帰ってからやればよかったのよ)


そうとなれば迷っている暇などない。
鞄を右手にしっかり持つと、しんと静まり返った廊下を駆け抜けた。


◇ ◇ ◇


無駄に広い校内を走ったせいで弾んだ息を落ち着かせながら、下駄箱に向かう。

はっとして少し俯いていた顔を上げた。
下駄箱から靴を取り出している人物。見間違える筈もない。
あの髪、あの身長、あの背中・・・彼だ。


どうしてこんな時間に。そんな疑問が頭の中をぐるぐると回る。だからといって、ずっと下駄箱の近くで突っ立っているのも何だかおかしかったので、下駄箱からとりあえず靴を取り出す。思いがけない緊張のためか、いつもは何てことないこんな動作に手足がぎくしゃくとするのはきっと気のせいではない。とんとん、と靴を鳴らし既に履き終えた様子の彼は、私の事を特に気にするわけでもなく。鞄から水色の折り畳み傘を持ち出し、外へと向かった。そのまま帰るのかと思いきや、じっと空の遠くを見つめるばかりで、なかなか帰ろうとしない。



ああもう、彼には早く帰ってくれないと困る。
雨に濡れて走るなんて姿、見られたくないのに。

だから、なるべくなるべく動作をゆっくりと。
彼が私よりも先に帰ってくれますようにと願う、無駄な抵抗に近い時間稼ぎ。
・・・・それでも未だ入り口で空を見つめるばかりの彼はやっぱり帰ろうとしないので、結局は鉢合わせてしまうのだが。(どうしてこうもついていないのだろう)


どうしようか。このまま無言で隣を通り過ぎていくのも感じが悪い気がする。私だけかも知れないけれど。かといって気安く話しかけていいのだろうか。馴れ馴れしいだなんて思われてしまったら、それこそ雨に濡れて走ったほうがましというもの。話かける?話しかけない?通り過ぎる?通り過ぎない?

色んな思いが頭の中をぐるぐると回り、私を困惑させる。
脆いな、私ったら。こんな些細なことで悩んで。
そう思ったら、何だかこの状況にくすりと笑えてきて。

今しかない、って思った。

きゅ、と持っている鞄を握りしめる手に力を込める。



「・・・今日は雨だね。」



さあさあ、と雨が小さく地面を打ち付ける音にそっと言葉を滑り込ませる。
どきどきしているのが悟られないように。あくまでも、自然なように。
そして、ちらりと。あの横顔を覗く。

「うん。」
「晴れてなくて残念?」
「いや。雨が降ってる空も結構好きだから。」

校舎の中から空を見つめる彼の横顔はあの日と変わらず、優しい表情をしていた。

でも今回は一瞬見ただけ。ちらっとね。だって前後の席ならともかく、隣に並んでじっと見つめるなんて私には出来やしない。そんなことしたら心臓がどうにかなってしまう自信がある。残念ながら、私にはそのどきどきに耐えられる頑丈な心臓は持ち合わせていない。


だから。
私もしばらく彼と同じ景色を見ることにした。


雨が地面を打ち付ける様子は少し荒々しく、その落ちた箇所は元気よくぱちりと跳ねる。あっちでも跳ねる。こっちでも跳ねる。目線を上げてみれば、数え切れないほどの粒がこぼれ落ちている。注意深くそれをじっと見てみれば、実際は絵に描くような水色のぷくりとした水滴ではないことを再認識する。それはまるで、ノートに線を引いたような繊細さである。そのひとつひとつが集まって、当たり前のように全ての音を支配する。さあさあ、ざあざあ、一体どこから聞こえてくるのか。


目を静かに閉じた。耳に全神経を集中させる。
何だか穏やかな気持ち。なんだろうな、これ。不思議な感じ。

今まで分かっているようで分かっていなかったんだと思う。
でも、それを彼はちゃんと分かっていた。
雨がもたらしてくれる、安らぎだとか、一体感だとか、そういったことを。

すう、と一呼吸して目を開いた。


「花沢くんが雨が好きな理由、少しだけ分かったかも。」
「そう。」
「うん。なんとなくね。」


彼は手に持っていた折り畳み傘をぱさ、と開き私の一歩前、つまり校舎から降り注ぐ雨の中に出た。鮮やかな水色の傘の上に地面とはまた違った形で水が跳ねる。きれい、と思っていると。空を象徴したようなそれを差したまま、彼は私の方を振り向いた。


「あんた、帰らないの?」
「え、ああ。」
「傘は?」
「・・・・・・・。」

しまった。
雨に集中するあまり、大事な事をすっかり忘れていた。傘無いんだ。
いつの間にか弱かった雨足も、強くなっていた。もはやこの雨の中を走って帰るなどと言っている場合ではない。一緒に和んでる場合じゃなかったよ、私。

「・・・傘忘れちゃって。」

本当はあなたに見られないように走って帰ろうと思っていたんです。
そう言えたらどんなにいいか。

ああもう。何も聞かずにそのまま帰ってくれればよかっ、

「入ってく?」

、たのになあ。




一瞬の沈黙。



「え、」
「だから傘、入ってく?」

ほら、と人一人分入るくらいのスペースを隣に空けて、彼は傘を少し高く上げる。
私が入りやすいように。私が濡れて帰らないでも済むように。

「・・・いいの?」
「いいよ。」
「で、でも・・・。」
「ほら早く。」

うじうじと迷っている私を見て、彼はため息をついた。
そしてぐい、と腕を引っ張られる。

引っ張られた身体は彼の隣へと飛んでゆく。

いつもより近い彼との距離。
教室の前後の席よりも。
さっき空を見ていた時よりも。


あまりにも思いがけない彼の行動に固まっていると、隣の彼は気にせず歩き出した。
顔に冷たい雨が降ってきたのに気付き、急いで彼の隣について行く。


時々こつんと肩同士が触れ合う。

いつもより近いなんてものじゃない、近すぎる。どきどきどきどきどき。
もうだめ、これじゃ本当に心臓が壊れてしまう。
どきどきが、止まらない。

ひんやりと冷たい雨とは対照的に、そっと自分で触れた頬はずっと熱かった。



「傘、ありがとう。」
「どういたしまして。」
「優しいとこあるんだね、花沢くん。」
「まあね。」

素っ気ない言葉と態度だけど、とっても嬉しかった。
それが無愛想な彼なりの優しさだと分かったから。





今日は家でお留守番の私の傘。
単なる偶然、されど偶然。
それとも必然?運命のような奇跡?

どっちにしたってそんなことはどうでもよくて。
ただ、今、彼の隣にいるという、この真実が嬉しいのです。


不意に触れる腕や肩のせいで、飛び出そうになる心臓を抑えながら。
傘忘れてきてよかった、だなんて思うのです。





07/2/7


◇ ◇ ◇

シリーズ第二弾です。
相合い傘です。その後類くんはつくしをちゃんと家まで送りましたとさ。

聞いた!?「花沢くん」だって!なんか新鮮!
類くんめちゃ優しいです。男の鏡です。でもちょっと不思議っこです。むしろそこがツボです。

小説中には書きませんでしたが、類くんが遅くまで学校にいたのは図書室で読書してたからです。(なにその設定)
それでもって、図書室の先生は読書中の美少年類くんに見とれてるらしいです。(だからなにその設定)

相合い傘だということにつくしが気が付いたのは家に帰ってからだったとか。笑