消せない恋

7月竜

明日‥
特別じゃない日
兄さんの誕生日でもなく、僕の誕生日でもなく、記念日でもない
大切な人達の特別な日では無い、日

明日
何も無い日
兄さんは査定で司令部に行った。査定期間を過ぎているからしばらくは帰って来れないだろう。おかげで今晩は、兄さんが腹を出して寝ているんじゃないかと気にする事も、他に誰もいないから食事の用意も無い
だから

明日、僕は旅にでる


御帰り、兄さん。手紙で出迎えてごめん。
ずっと考えてたんだけど、僕旅に出る事にした。事後承諾でごめんね。
理由は、体を取り戻す手段の探索。つまりさ。
国家錬金術師になると決めた時、兄さんは一人で行く気だったよね。
〃ひとりだと、兄さん直ぐサボるじゃない〃
子供だった僕の言葉に、兄さんは苦笑してくれた。
でも、今は。兄さんは国家錬金術師になり、僕達も子供から大人に向かいかけている。
元に戻る方法は、二人別々に探す方が効率が良いと思う。
思い立ったが吉日。善は急げ。だから兄さんの答えを聞く前だけど、出発します。
僕がいないからって、兄さんサボらないようにね。生活は規則正しく!他人には礼儀正しく!
兄さんは生身でもあるんだから、健康には充分気を付けてよ。
                                        アルフォンス・エルリック


「そうか、アルフォンス・エルリックは出立したか。」
手紙を読み終えるとしみじみアームストロングは顎を撫でた。下ではエドが机に平伏している。それをチラリと見ると、
「弟離れも必要なんじゃないの?丁度良いじゃないか。」
ハボックはエドの肩をポンと叩いた。
ここは中央司令部。ロイ・マスタングは今は昇進し准将の位に就いていた。その彼の司令部室。当の本人はアルの手紙を読むや否や、眉を顰めて部屋から出ていってしまった。アームストロングはヒューズの死後、人事移動の際ロイの配下に属する事を希望し、配属されてここにいるのだ。
「アルフォンス君はしっかりしているから、大丈夫だよ。」
書類を抱えてフュリーが慰めるのに、エドはがばっと起き上がるとその胸倉を掴んだ。
何が大丈夫なんだよ!怪我したらどうすんだ!?自分じゃ治せないんだぞ!
フュリーに伸びた手をやんわり掴んで、ブレダは胸倉から外してやった。
「おめぇの弟はバカじゃねぇだろ!?壊れたり錆びたりしないよう気を付けるだろうし、何かあったら連絡してくるさ。」
連絡の取れない場所だったらどうするんだよ!
ボコッと警棒で叩かれ、エドが振り向くと帰って来たロイが不機嫌そうに書類片手に立っていた。
「貴様の未熟加減を私の部下にぶつけるのは止めてもらおうか。」
そう言ってロイは書類をエドの前に投げ置くともう一発今度は素手で頭を殴った。
「これは、貴様の愚かさで家を出るしかなかったアルフォンス君の分だ。味わっておけ。」
エドはいまいましげにロイを睨んだが、反発する事無く目の前の書類を手に取った。そのまま扉に向かう背にロイの声がかかる。
「礼を言え、とは言わん。が、経過は報告しろ!心配なのはなにもお前だけじゃないからな。」
バンっと閉められたドアにビリリッと窓ガラスが震えた。
「宜しいのですか?准将‥」
後ろに控えるホークアイに、ロイは小首を傾げて見せた。
「鋼には、弟が家を出た本当の簡単で他人の目からは分りやすい理由はわかるまい。そして他の誰も気付かないこの完璧な置手紙に、違和として感じとれるところが、あの兄弟の不幸で、つけこみ易いところだ。」
「准将‥」
「何もしないさ、アルフォンス君が望まない限りは。」
優しそうに、羨ましそうにロイは笑うと、珍しく自分から仕事に取り掛かった。

ロイの手配の御かげで、アルの足取りは簡単にわかった。もともと鎧姿なので目立ち、探そうと思えば一人でもおそらくは出来たのだが
もし、そんな自尊心で手遅れにでもなって、アルに二度と会えなくなるくらいなら。くそいまいましいマスタング准将に土下座する事だって構わないさ‥
実際土下座をしたわけじゃなく、いきなり押入って〃アルはどこだ〃と喚きちらしたエドだった。
ひとりで‥探せるわけ、無い。だってもし、もしアルが‥、アルが俺に愛想を尽かして出ていったとしたら、俺はなんて言って会いに行けばいいんだろう。会いたくなんて無かったと、言われたら‥?
エドは揺れる列車の中で両腕をぎゅっと握った。
俺は強い人間じゃない。俺が強くあれるのは、アルがいるからだ。アルを護りたいからだ。アルに傍にいて欲しいからだ!
エドは不安な瞳を車外へ向けた。


ロイから速達を受け取って、アルは軍の手際に感嘆した。
『特に隠れて行動したわけじゃないから、見つけようと思えば見るかるとは思ってたけど、手紙を手渡しされるとは思わなかった。』
内容は察した通り、エドが探しにやって来るというもの。
『兄さんは優しいから、自分の目で確かめないと納得しない、ね。』
目を瞑るフリすら出来ない,、不器用な兄。そんなエドを納得させる為態と図書館を抱える大きな街に滞在した。ここなら旅の安全も、研究が目的である事も立証しやすいからだ。兄がいなくても表面上は上手くやっていける事を。納得させなければならない、これ以上兄の人生に胡座をかいてしまう前に一人で生きていける事を‥
『嘘吐きに育ってごめんね、母さん』

 視線の先に貴方がいれば、それだけでもう充分なのに。
 僕の姿に貴方は消せない罪と、傷口をぎゅっと抱締めたままで。
 あの日失ったものは大切だけど全てではない。戻れなくても背負ったままでも、どうにもならなくったって!
 貴方がいればこの運命を生きていくのに。
 貴方は僕に痛みを癒させもしない。失くしていくものの価値から目を背けて、僕を振り返る。
 だったら一層の事、辛くても。
 貴方を護れるならそれは、僕の未来に繋がっていく。
 この空洞の胸の奥、我が侭な僕が淋しいと泣き続けても。会いたいと叫び続けても。
 貴方が前を、只自分の前を見れるのなら。
 僕は同じ空の下で、貴方の明日を祈ります。


列車を降りるとエドは駆け寄ってきた街の下士官に手紙を渡された。差出人を見ると
「ホークアイ大尉?」
エドは封も切らずに手紙をポケットに入れようとして、だが足を止めた。
気持ちは逸っている。1分1秒、いや息をするのも惜しいほどアルに会いたい、無事を確かめたい。声を、聞きたかった。だけど、恐怖もある。
『〃お前の研究成果を確かめに来た。〃って言っても怒るだろうなぁ』
怒られるだけなら未だ良い。
【僕を信用してないの!?】とか
【意味ないじゃないか】とか
【だからマメだって言うんだよ。ミジンコだってもう少し役に立つよ。無能なのはマスタング准将とお揃いだよね。】
挙句の果てに
兄さんなんて大ッ嫌い!】とか言われたら
俺、立ち直れないかも‥
悪口雑言にマメやらミジンコやら入っているところが既に取り乱し過ぎなのだが、本人はいたって真面目に心配していた。
『やっぱ、読んどこ』
エドはポケットからホークアイの手紙を取り出すと、封を開いた。
そこには一言大きな文字で書かれていた。
《准将に取られる前に手に入れなさい》
マスタング‥准将?‥マスタング、准将だと!?
ちょこちょこアルにちょっかい出していたのは知ってる。でもアルが〃それは兄さんをからかう為だよ〃って言ってたから司令部や管轄内で暴れる、以外に報復はしなかった。
【僕、マスタング准将と結婚する事にしたんだ】
アルの可愛らしい声が死を宣告するようにエドの頭に鳴り響いた。
「ア、ア、アル〜〜〜っ」
エドの走り去った駅構内にはカバンやら手紙やらが散乱していた。

「ホークアイ大尉?なにやら面白そうだが!?良い事でもあったのかね?」
「えぇ、楽しい事を計画しました。」
微妙なニュアンスにロイの眉間にしわが寄る。
「准将の気持ちも分ってますし、エドワード君を贔屓するつもりもありません。強いて言うなら、准将の器量を信じているというべきでしょう。」
ホークアイはにっこり微笑んだ。
「多少のハンデは気前良く彼にあげてください。でないと、また暴れられて始末書どころか、年間休暇全て返上になりかねませんよ。」
そこが目的じゃないだろうか
命の有り難味を知っているハボック達はホークアイから目を逸らし、口に出さずに呟いた。

ル〜〜〜〜
扉の向こうから聞こえてくる地響きと懐かしい声にアルは目を細めた。幸い表情は変わりはしない。ひと呼吸して顔をピシャリと叩くと、アルはノブを回して扉を内側へ開いた。
「!?」
抱きつかれるのは珍しくない。だが
「に、兄さん?‥震えてるの!?」
兄の右手と鎧がカチャカチャ音を立てている。
覗きこもうと屈んだアルの首を掴むと、知覚のないアルには分らなかったがエドは濃厚な接吻をした。様子を伺っていた宿屋のオヤジはそれを見るとカウンターの後にしゃがみ込んだ。
おいおい、せっかちなニイサンだぜ。冑ぐらい外しゃ〜いいのに。ってか、あの鎧さん、中身は御なだったのか?ちんまりとデガブツのカップリングかよ
オヤジが要らぬ想像をする中も、話は進んでいく。
「兄さん?いったいどうし‥」
結婚しよう!
「は?」
結婚すんだよ。ほら、行くぞ。」
「行くって、どこへ?」
「教会だよ、教会!あ、それより役所へ結婚手続きに行った方が確かだな。」
「ちょっと待ってよ、兄さん。そりゃ黙って出てった僕が悪いけど、冗談もほどほどに」
冗談?俺は大マジだぜ!お前は俺と結婚するんだ!分ったか。
そんなの出来る訳無いじゃない!僕達、兄弟だよ!?男同士だし」
え?とはオヤジの心の声。
俺がするっつったらするんだよ。兄弟、男同士いっさい関係無い!」
そんな無茶な。とはオヤジの心の叫び。
「兄さん、熱でもあるの?結婚なんて‥、もともと僕達家族だから結婚しなくても」
「兄弟と夫婦は意味が違うだろうが。結婚ったらそういう意味で俺は言ってんだよ。」
エドはアルの首から手を離すと、ぎゅっとアルに抱き付いた。
「兄弟はいつか離れ離れになっちまう。兄弟だったらお前の結婚を反対できない‥」
「兄さん‥」
「俺はさぁ、アル‥。お前が幸せになれればそれでいいと思ってた。今でもそう思っている自分もいる。だけど‥」
抱き付いたままエドはアルを見上げた。
「お前の結婚を想像したら、どうしても駄目なんだ。すっげぇ我が侭だって分ってる。でも、嫌なんだ!お前が俺以外のものになるのは。」
ものじゃないと言いたいところだが、鎧だからものだよな。
カウンターの後に隠れたオヤジはひとりエドにツッコミを入れてみた。
ぐっとくるなぁ。にしても、ホモはいかんだろうなぁ、ホモは!あ?兄弟の方がダメか?あれ?あれれ??
オヤジが頭を捻る間、しばらくアルは黙ってエドを見つめていた。
やがて
「結婚してもいいけど‥、条件がある。」
アルから告げられた言葉に、エドは顔を輝かせた。
「ホントか!?」
瞳に不安と期待を映しながら自分を食い入る様に見上げる兄に、アルはこくんと頷いた。
「兄さんが、約束を守ってくれたら」
「‥どんな?」
エドと同じく隠れているオヤジも生唾を飲みこんだ。
「兄さんが幸せになること。無茶したりしないで、怪我とかしないで、兄さんの幸せを見つける事。」
ぽかんとした後、エドは急に笑い出した。
「そんなのとっくに見つかってるよ。」
「とっくにって‥兄さんの幸せだよ!?兄さんの為の‥」
笑いすぎと緊張の緩みで溢れた涙を拭いながらエドは頷いた。
「俺の幸せだろ!?端からそんなの決まってるさ。」
エドは手近にあった椅子に登ると屈んでアルに口唇を寄せた。
お前、可愛すぎ。
ゴロゴロ懐くエドに
「僕、バカみたい‥」
アルもやっと力を抜いた。

「だから!好きな人が出来たら直ぐその人と結婚するんだよ!?兄さん‥聞いてる?」
うんうん頷きながら自分の手を引っ張るエドにアルはため息をついた。
「僕なんかの為に無茶はしないで、自分の事を優先するんだよ!?分った?」
街中の教会、結婚式場に断られ、それでもめげないエドに感動した宿屋のオヤジに用意されたブーケを持って念をおし続けるアルが、元に戻ってから後悔する羽目になるのは後のお話しで。
中央に戻ってからも波瀾の続く恋路の末は今だ霧の彼方にある。

なほ様から頂いたエドから離れようとするアルのお話≠ェお題でした。なほ様ありがとうございましたv
でもこれって、アルの話っていうよりエドの話!?(汗)
プロポーズとダブりそうですが、あっちのエドには怖れはありません。アルが傍にいるので(笑)。
こっちのエドはもう死にもの狂いです。好きな人に嫌われたらどうしようって乙女チックな面と、手に入らないなら自分以外から
閉じ込めてしまえっていうストーカーちっくな面を持ってます。自分に自信持ってません。持ってる自信はアルに対する自分の
気持ちだけです。オヤジをもっと活躍させたかった(爆)2004/04/10