禁句(タブー)
朱鷺 ハク

プラスドライバーを無造作に置き、漸く形になってきた機械鎧から視線を外すと、
熱くなっている半田鏝を取り、片方だけは接着済みの神経の役割となるプラグの
1本を引き、焼きつける。(次はA-08のネジをドライバーで)半田鏝を元の場所に戻し、必要なネジを乱暴に詰め込んである箱を漁るが、必要。
なネジが見当たらない
(あれ?お可笑しいな、この辺りに入れたはずなのに………。)
目に入る番号札のついたネジは全て欲しいやつではなく、ウィンリイは椅子から
立ち上がり箱を真上から覗き込んでみた。
「これ、じゃない。これ、でもない。あっれ〜?」
「何やってんだよ。ウィンリィ。」
1つ1つを手に取ってにらめっこを始めたウィンリーの後ろから、呆れを含んだ声
に振り返った。
「エド。何時からそこにいたのよ。」
「たった今。ばっちゃんがコーヒーいれたから降りて来いよ。」
後ろを左の親指で指しながら言うエドワードにウィンリィは、はいはい、と作業を
止め、エドワードと一緒に作業部屋を出た。
「どうせなら持って来てくれればよかったのに。」
「うるせえ。」

トントン、と軽い音が2つ、階段を下っていく。
「あれ?ばっちゃんは?」
「患者。さっき来た。」
「あ、そう。」
リビングの真中にあるテーブルの上に寄り添い合うようにしながら湯気を上げていた。
その1つをエドワードが取った後残りの片方をウィンリィは取り、口付けた。

「そういえば、アルは?」
「庭。また少佐に頼んで運んでもらってた。」
「その少佐さんは?」
「そこまで知るか。」
アームストロング少佐と係わってまだ短いが、その濃い期間に禄な事がなかった
エドワードは、彼を嫌いはしないものの、あまり一緒にいたい、と思う相手でも
なかった。
ウィンリィは椅子を引いて、横向きに座ると、壁に背を寄り掛けてコーヒーを
飲むエドワードを見た。
「ねぇ、旅しててどうなのよ。」
「どうって?」
「だから、嫌になったり、滅入ったりとかってないの?」
「何を今更。んなもんない。」
「ふ〜〜〜〜〜ん。」
「…なんだよ。」
「あんたさぁ、気付いてないの?」
「は?何に??」
「帰って来た時さ、目の隈、出来てたじゃん。」
ここにさ、と自分の目の下の辺りを擦りながら云うウィンリィに、エドワードは
そうだったか?と自分のを触ってみる。
「もう治ってんに決まってるでしょ。」
「お前、、、オレをバカにしてるだろ?」
「してる。」
即答かよ、このアマ。と額に青筋を立てるエドワードを無視して、ウィンリィは
椅子の正面に向かい直り、自分が持っている黒い液体を見下し、そっと溜め息を
吐いた。
体質で、エドワードは多少のの疲労や寝不足では隈が出来ない事くらい、
幼馴染であるウィンリィは昔から知っている。
そのエドワードが、傍から見ても判るほどの隈を作っていたのだから、
旅は彼の身体にかなりの無理を強いている事は明白だった。

(なのにさ。こいつはバカみたいにアル、アルって。)

確かに、エドワードの気持ちが判らない訳ではない。自分の所為で誰かの身体を
奪った、と思えば1日、いや1秒でも早く、その人の身体を元に戻す事を考える
のは当然だけれど。

(限度を知らな過ぎるのよ。エドは。大体、アルもアルよ。エドが自分の身体を
 元に戻すためにこんなに無理してるのを隣で見てるくせに、何のフォローもし
 ないなんて・・・。)

考えれば考えるほど、ウィンリィの中で寂しさは怒りへと形を変えて行く、
全ては、兄に依存して、何もしない弟へ。

段々肩が強張ってきたウィンリィの背中を見ていたエドワードは、また余計な事を
考えてるな、と呆れながらと隣の席に座って、コーヒーを真剣に見下ろしている
ウィンリィをテーブルに腕を置きながら見た。
「オイ。あんまりぼおっとしてると、コーヒー冷めるぜ。」
「ん、え?あ、ああ、うん。」
エドワードに言われ、漸く現実に戻ってきたウィンリィは慌てて返事をする。
口を付けてみると、確かにさっきよりも冷たい。
ちらり、とエドワードの顔を盗み見れば最後の一口らしく、カップをぐっと高くして
飲んでいた。
「ねぇ。あんたさぁ、」
「あ?」


「少し、ゆっくりやれば?そんなに急いで旅してたら疲れない?」
首を傾げながら聞くウィンリィの目を見て、エドワードは殻になったカップを
テーブルの上に置いた。
「前にも言っただろ。アルを、あいつの身体を1日も早く戻してやりがいんだ。」
「その所為で、もし、あんたが身体壊したらどうしようもないじゃない。」
「オレの事は別に問題ない。」
「なくない!もっと自分を大切にしなさいよ!!判ってるの!!?アルは今のまま
 ならあんたと違って病気をする心配もないし、怪我もしない、疲れはないし、
 睡眠だっていらない!!なのになんでそんなに急がないといけない訳!?
 アルなんて、、、、」




アルなんて、、、続きは遮られた。小気味良い音と、それに伴って来た、
頬の痺れるような痛みによって。




「ウィンリィ、、例えそれ以上いったら、お前でも、切れるぜ。」
視線を下に向けたままエドワードが言うと、ウィンリィは赤みを帯びた方の頬を
押さえて、エドワードを睨んだ。
「なんでよ!だってそうでしょ!!?」
「あいつの事、何も知らねぇくせして批判するな!!」
バン!とテーブルに拳を落として、エドワードは立ち上がり、座るウィンリィを
見下ろした。

「知ってるのかよ?あいつの事を。何の音もしない、真夜中にあいつはたった
 独りでどうしてるのかを。あいつが今の身体でどんなに不安に苛まれているかを。
 あんな鎧姿の所為で、他人(ひと)からどんな風に見られるのかを、、、、
 お前は知ってるって言うのかよ!!!」

冗談も、大概にしろ、バカやろう。後、アルには絶対そんな事言うなよ。

そう、静かに言い残すと、エドワードは辛そうな顔をして、リビングから出て行った。
パタン、と弱弱しい音がしてドアが閉まると、ウィンリィはテーブルの上で腕を
重ねてその中心に額を当て、声なく嘲笑(わら)った。

(何考えてんだろうなぁ、あたしは。)

当然の事なのに、アルフォンスが何も感じないわけないのに、
あの弟は大人しいから。だから、甘えてしまう。
不満とかを全部、擦り付けてしまう。

(あ〜あ、サイテー。)

疲れてたから、なんて、そんなの言い訳にもならないな、顔を上げたウィンリィは
前に垂れて来た髪を掻き上げると、席を立ち、機械鎧作りへと戻って行った。





「後、アルには絶対そんな事言うなよ。」

(て言うか、全部筒抜けなんだよね。窓開いてるし。)

庭で昨日と同じように樽を支えにして景色を見ていたアルフォンスは、はぁ、
と溜め息の真似事をした。

(大体、兄さんもそんな事気にしなくていいのに。)

傍観者にとって辛そうに見える事で、本人にとっては別にそこまで辛いものでは
ない事など、この世の中には数多とある。
自分もその一つであって、慣れてしまえばこんなもの、別にどうっ事なくなった。
ウィンリィの言う通り、病気や怪我の心配はいらないし、疲れだってない。
睡眠も、慣れてしまえば何でもない。
逆に普通の人よりも自由に出来る時間が増えて結構魅力的だ。

しかし、こんな言葉は兄にとって、慰めにもならないが。
この姿になって4年。確かに人の温もりとか、色々な大切なものを忘れた。それは寂しいと思う。だからもとの身体に戻りたいとも思う。
でも、だからこそ、今の身体でやっていけるのだ。ずっと覚えていたらそれこそ
辛かっただろう、とアルフォンスは考えている。

(難しいなぁ。)

風に吹かれるから雲は流れる。それと同じで、人ももっと簡単なら
いいのに.…。

遠くで鳴く小鳥の囀りを、アルフォンスはただ静かに聞いていた。


―fin―

郷愁への坂道 朱鷺ハク様より開通祝いに無理言って頂きました。無理言った甲斐があったってモンです!v
同じ文字を使っても、こんなに美しい文章ができるのかと溜息をつきつつ、そしてこんな鋼の世界に出会えたと歓喜に包まれました。2次元に人を、喜怒哀楽を持って生きている人が美しいと思える世界を、ハク様、本当にありがとうございましたv 2004/01/05

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