「アル、逃げるぞ!」
「大佐?どうしてここに?」
「話は後だ。私の側を離れるな!」
この夜、エルリック兄弟の泊る宿屋を何者かが急襲した。夜に紛れていても分る人とは思えない形・力。相手を確認する余裕は無く、一瞬の決断。
BoWwooooo
跡形も無く燃やすと、慌しくなる前にロイ達は撤退した。
「大佐、病院へ。酷い怪我です。跡が残ったら‥」
不審な動きにロイが前もって用意した隠れ家。東の国境沿いにいったん落ち着くと、アルはロイに不安げに尋ねた。
「私の事は気にするな。」
「でも!」
「落ち着け、アル。私は大丈夫だ。それより敵の狙いは君だ。君はここで大人しくしていろ。」
「僕が狙いって‥いったい何が起こったんです?」
「‥君の故郷、リゼンブールで反乱が起こった。」
「反乱?反乱って‥なんの?あそこは、だってのんびりして、みんな人が良くて‥」
「だが、起こったのだ。今、エドが様子を見に潜入している。」
「兄さんが?それじゃ、今朝早く出かけたのは‥」
ロイは頷くと、素早く自分の肩に包帯を巻きハボックを促した。
「反乱の首謀者は不明。目的は、錬金術の廃止と医療・生活への機械化促進。」
「機械化?」
襲ってきた異形を思いだし、アルは言葉を詰まらせた。
「反乱軍は機械を使って不具を補ったり‥不老不死が可能と謳ってます。」
「不老不死だと?」
「機械の体ならば、死ぬ事も年を取る事も無いと‥」
「なるほど。あるいは可能かもしれんが、それにしても何故エルリック兄弟を?」
「それは大将が探ると言って‥」
「兄さんは?兄さんは無事なんですか?今何所に‥」
「済まん。突っ走る大将を止める事は‥」
項垂れるハボックにアルは慌てて首を振った。
「いえ、充分です。兄さんが無茶なのは僕も良く知ってます。あとは僕が自分で」
「それは許可できんな。さっきも言ったとおり、奴らの狙いは君達だ。みすみす危険に晒すわけにはいかん。」
「いいえ!」
普段は兄の後ろで控えているアルの声が部屋に響き、ハボックの報告をまとめていたフュリーが思わず顔を上げた。
「僕のせいで皆が傷付くのは嫌です。僕は鎧の体。皆さんよりずっと丈夫です。」
「君は民間人だ。民間人を守るのは軍人の勤めだ。」
「ごめんなさい。でも言う事は聞けません。」
「アル!」
「兄さんは、今は僕のたった一人の家族です。その兄さんが反乱の地で行方不明‥.それに、リゼンブールには僕達を助けてくれた人達、幼馴染がいるんです。このまま僕だけ安全なところに隠れているわけにはいきません。」
「‥‥ふぅ、仕方ないな。君には私が付く。」
「大佐?しかし‥」
「敵の目的に君の身柄も含まれている以上、囮になる、で、どうかな?私はこの通り負傷で長期休暇だ。」
腕を抑えてウィンクするロイに、アルは深く頭を下げた。
「!ありがとうございます、大佐。」
「人数はさけん。君自身充分気を付けるように」
「はい。」
「よし。打って出るぞ!」
掛け声と共にロイ部隊はセントラルに散る。
『兄さん、どうか‥どうか無事で』
残ったロイとアル。それにヒューズ中佐の手回ししてくれたブロッシュ軍曹が加わり、3人は一路、リゼンブールを目指した。
もともと東部に位置するリゼンブールは隠れ家から遠くは無い。
「灯台下暗しだ。」
これまでロイとはあまり話す機会の無かったが、この行軍でおかげでアルはロイの軽口に随分と助けられていた。
『僕独りじゃ、心配でどうして良いか分らなかった』
一方のロイも
『行儀の良い弟かと思っていたが、可愛いのは声だけじゃないらしい』
ロイはクスクスと笑った。
『エドの気持ちも分るな。』
「大佐?」
不信気なブロッシュに、ロイは視線と手だけで指示を出す。休憩を取らず歩いたおかげでリゼンブール近郊の森にさしかかっていた。
「森を抜け川を渡ってしまえばリゼンブールまで目と鼻の先。ひとまずここでキャンプを張り、情報を待つ。いいな!?」
ロイの指令に、アルは反論しなかった。ロイの側によると、テキパキと包帯を替え始める。
「アル?」
「キャンプですよね。休憩してくださいね。」
「休憩って‥あー」
「じたばたしても仕方ないですから。その分大佐達に力を蓄えてもらった方が、兄さん達を探すのに上手くいくでしょ」
「ちゃっかりしてるなぁ。」
ブロッシュが笑うのへエルリック兄弟ですからと答えるアル。それが生身の自分達を気遣っての事とロイは承知していた。本当は飛んでいきたい事も。
『さて、どうしたものか‥お前なら、どうする?エド』
手もとのあるホークアイからのもう1つの報告書。
そこには、反乱の首謀者・ウィンリィ=ロックベルと記されていた。
夜明けまで未だ間のある時間。イーストシティから使者が来た。
「フレッチャー?君、どうしたの?」
「僕達、ゼノタイムで一区切り付けてセントラルに来たんです。だけど、兄さんが買物し過ぎて、お金が足りなくなって‥ごめんなさい。エドの名前を騙ったんです。そうしたら」
「無事で良かった。僕達今、反乱軍に狙われているんだ。間違えられると、ただじゃ済まなかったかも」
「聞いて、アル。僕達ロス少尉のおかげで投獄を免れたけど、そのロス少尉がヒューズ中佐を人質にユースウェルに立て篭もったんだ。要求はエドだって‥」
「バカな!ロス少尉に限ってそんな事するはずが無い。」
「でも、シェスタさんが見たって‥」
「それは何かの間違い‥」
「落ち着け!ブロッシュ。」
鋭い声。
「大佐‥」
「ヒューズが易々と捕まるわけなかろう。これは罠だ。」
「でも、エドが‥」
「奴とて鋼の二つ名を持つ錬金術師。これくらいの事は‥」
「「‥‥‥」」
ブロッシュとフレッチャーの疑わしげな視線に、ロイも片眉を上げた。
「あー、引っ掛かったとしても、自力でなんとか‥」
「大佐、僕‥行ってみたいんですが。」
「アル‥」
「危険は分っています。でも、消息不明の兄さんの、唯一の手掛かりなんです。だから僕独りで」
「囮の君を独りでやってどうする。」
「でも、皆を危険に晒してしまいます!」
「ロス少尉の名誉回復の為なら、危険の一つや二つ。」
胸を叩くブロッシュを冷たく見据えた後、ロイはフレッチャーに伝令を渡した。
「フレッチャーは伝令をセントラルにいる私の部下に渡すように。その後は関りにならないようセントラルを離れなさい。真偽の方は彼らが調べるだろう。ヒューズの事もある。アル、私、それとセントラルからアームストロング少佐を呼び出しこの編成で、ユースウェルへ向かう。ブロッシュはここで待機し、リゼンブールの動きを見張れ。いいな!」
ブロッシュを残し夜明けを待たず、アルとロイはユースウェルに向かった。
「エンヴィー、来た。来たよ、アイツらさぁ」
「そうか。鋼のおちびさんを逃がした時はどうしようかと思ったけど、これで言い逃れが出来そうだ。グラトニー、今度は逃がすなよ!?」
「食べて良い?」
「ダ〜メ!ラストに怒られるぞ。アイツらは捕まえて生かしとくんだよ。機械どもに殺されないようにな。」
「どうして?」
「錬金術師が居なくなったら、賢者の石も造れないだろ!?そうすると、あの人が困るんだよ。ま、どーでもいいけどね、ボクとしてはさ。ホーエンハイムの、息子を飼い殺しに出来れば」
エンヴィーは炭坑の奥深くで低く嗤った。
「立て篭もっている者の人相を確認しました。」
アームストロング家に伝わる似顔絵術が大いに役立ち、確かにロス少尉とヒューズ中佐が炭坑の奥に居ると判明した。
「しかし気になるのは、二人を同時に見た者がいないと言う事ですな。」
「変装名人が個々に化けていると?しかしそれも無理があるな。」
「兄さんはどうです?炭坑内に!?」
アームストロングは頷いた。
「エドワード・エルリックは目立つからな。間違いないだろう。2日前に確かに炭坑内へ牛乳撲滅と叫びながら入っていったらしい。」
「確かに兄さんですね。」
「誘い文句が目に浮かぶようだな。」
呆れ笑いで呟いたロイは、アルの隠した憂いを読み取った。
「アル‥」
「大丈夫です、兄さんは無敵だから。」
「不敵でもあるしな。」
空かさず混ぜっ返されて、アルの肩から気張りが抜ける。
「それよりヒューズ中佐が」
「うむ。それなんですが、セントラルからは?」
「前々からヒューズは中央指令部の不穏な動きを探っていた。休暇と称して隠密に行動していたので把握しきれないのが本当だ。」
「ロス少尉の方は?」
「事件の前後から行方不明。」
「いたし方ありませんな。突入、しますか。」
3人は意味深い視線を交した。
ガシャンガシャン と、金属音が廃坑内に響く。
坑道が3方向に分かれる分岐点で、アルはいったん立ち止まった。
「兄さん、いるの?‥ヒューズ中佐!ロス少尉!?」
大きい声で、呼びかける。
「アルフォンス君、一人できたの?」
アルの背後からしっかりした女性の声が響く。
「‥後には誰もいなかった、と思うけど」
「それは注意不足なんじゃないかしら。」
「‥ロス少尉?」
ゆっくりと振り返ったアルは、そこについ先日まで自分達を護衛してくれていた女士官の顔を確認した。
「エドワード君を探しに来たんでしょう!?ついていらっしゃい。」
「‥‥ヒューズ中佐は?」
思っても見なかったというように、ロスはアルをまじまじと見た。
「エドワード君を、探しに来たんじゃないの?」
「兄さんの捜索は、3番目です。1番は」
アルは怪我をさせないように、しかし逃がさないようしっかりとロスの手首を掴んだ。
「ロス少尉、貴女の確認です。」
後手にロスの両手を縛ると、彼女の口から含み笑いが漏れ出す。見れば出口に向かう坑道を大きな影が塞いでいる。影はにぃと笑った。
[「君達は‥」
「残〜念だったねぇ。ここにはヒューズもロスも、鋼のおチビさんもいない‥」
「誰〜がナノメーターどころかピコメーターどちびじゃ〜〜〜〜っ」
「なんで?お前、逃げたんじゃ‥!?」
エドを指差しエンヴィーが呆ける。
「アルの匂いは見逃さないぜ!」
「ぇえ〜っ僕って臭いのぉー!?」
アルが半泣きになるのへ
「鎧が匂うかよ、けっ。」
エンヴィーがウンザリしたように吐き捨てた。
バカなやり取りの間もエドは錬成を、エンヴィーも攻撃の手を休めず、その力に堪えきれない炭坑が轟音と共に崩れ出す。
「兄さんのバカ〜〜〜っ」
「なんだとーっ感動の再会の第一声がそれかっ!?弟よ〜〜〜」
叫びながらも崩れる直前、砂煙で黒くなって飛び出したエドを不機嫌極まりない表情でロイが迎えた。
「済みません、大佐。正体を確認する事ができませんでした。」
「アルのせいではない。どっかのバカが計画全てを台無しにしたのが悪い。」
「アルを囮にする計画なんて最低だ!潰れて当然。」
「兄さん!」
「だって本当だろうが。」
「兄さん‥‥すごく、心配したんだよ!?」
怒られると身構えていたエドは言葉に詰る。
「勝手な事して皆を困らせて、僕を役立たずにして‥全然メリット無いよ!」
「アル‥!?」
「リゼンブールで、わけわかんない反乱で敵で!‥‥兄さん、心配だったんだ。心配で‥僕は何も、できなかっ‥」
「ごめん、アル。悪かった。ごめん」
抱締めようとアルに寄る前に、エドはロイに止められる。
「敵を取り逃がしたな!?」
「それは‥チビって‥」
流石に気まずいのか、ロイのひと睨みでエドの言葉は途切れた。
「状況は切迫している。いったんイーストシティまで戻り、体制を整えるぞ!」
イーストシティに戻ったロイ達は、目をかけてもらっていた将軍に事情を話し、施設と物資の援助を受けた。
「セントラルをどう思う?」
休む間も無くロイは中央に陣取ると、報告をまとめ始める。
「兄さんは、体を休めて。」
「俺は」
「ダメだよ、兄さん。何ともなく思えても、体は疲れてるんだよ。」
「アルフォンス。」
静かだけど有無を言わせぬ響き。だけど今回はアルも引かない。
「状況は僕だって分ってるつもり。だからこそ、だよ。次に休める時は何時来るか分らない。錬金術の排除がリゼンブール、ううん。東部だけで済むとは思えない。アメストリス全体に広がる。そうなったら‥」
「休みはない、か!?わーったよ。今は食って寝ておくよ。あとで話し合い、どうなったか教えろよ。」
頷くと、アルは用意された休憩室へエドを連れて行った。それ以上は何も言わず、なにも聞かずに。
「アル、お前‥」
口数が減るのは悩みや不安といった考え事を抱えているから。エドは静かなアルを伺うように仰ぎ見た。
「‥兄さんが話ても良いと思ったら、教えてくれればいいよ。ウィンリィ達の事‥」
手早くコーヒーを煎れサンドイッチの脇に置くと、アルは部屋を出ていった。
閉じたドア。エドは遠ざかる金属音に目を閉じた。
「エドは?」
「休ませました。」
ロイは特になにも言わず、座るよう目で促した。
中央に外観からは切れ者と思えない将軍を据え、ロイ・ホークアイ・ハボック・ラッセル・フレッチャーが顔をそろえている。
「あの‥ラッセルとフレッチャーは‥」
「錬金術師全員の問題だ。俺達が加わっても可笑しくないだろう。」
腕を組んでラッセルは言い放つ。
「でも、危険なんじゃ‥」
アルがちらっとロイを見ると、ロイも不本意極まりないという顔をしている。
「何を言う。エドが戦えるのであれば、俺が戦えない相手ではない!参加条件がチビと言うなら無理だが!?」
えっへん、と息をつくラッセル。
「なんだとーっ」
「兄さん‥寝てろって言ったのに」
ドアを蹴破って入ってきたエドに、アルが頭を抱える。
「まぁい〜んじゃないの!?表だって動けないわけだし、戦力は多い方がいいよね、マスタング君。」
「はっ」
援助を受けている将軍には逆らえない。
「全国の錬金術師を保護するのは無理だよねぇ。公布で自重を促しても大騒ぎになるだろうし。となると、被害が及ぶ前に敵を叩くしかないわけだ。やっかいだねぇ。でさ、ど〜して大総統閣下に報告しないわけ?」
椅子が無いのでアルの膝に座ると、エドは前髪をかきあげた。
「軍の、第5研究所で人体を使った賢者の石の研究が行われていた。」
「おやおや‥それは問題ですねぇ。でも、共通の敵を倒してから調べれば良いんじゃないの?戦力・物資の確保は勝利の第一条件でしょう!?マスタング君。」
ロイが頷く前に、エドがテーブルを叩く。
「人の、いや人だけじゃねぇっ。命を弄ぶヤツらだぞ!?人の機械化を強要している敵とどう違う!?同じだ!そんなヤツらと」
「いやぁ〜若いですねぇ。うんうん、わたしにもそんな頃があったかなぁ。」
「将軍っ「エドっ!失礼しました、将軍。」
なお言い募ろうとしてロイから平手打ちを受けひっくり返ったエドが起きあがるのを、東方指令部を預かる老練の将軍は目を細めて見守った。
「君の言う通りなら放って置けませんが、それは今じゃなくて良い。違いますか?」
笑っているのに抵抗しがたい威厳があって、エドも口の中で唸る。
「まずは中央に報告、指令を仰ぎましょう。ただし、後門の狼である事に変り無いので、裏でも動けるよう人数を裂かねばなりません。」
「それはセントラルに残してある部下と、アームストロング少佐に頼みます。ヒューズの合流も見込まれますのでそれで。」
ロイの言葉に満足そうに将軍は頷いた。
「セントラルと同様、規模が不明な為前門の虎である当面の敵にも戦力が必要です。それから、有志も募らなければならないでしょう。さて、あとは若いもんに任せて老兵は去るとしましょうかね。」
直立敬礼に見送られ将軍が退席するや否やエドが声を上げた。
「リゼンブールには俺が行く!」
ロイはエドを見定めた後、頷いた。びくりとしたアルをエドは振り返った。
「アル、大丈夫だから。」
「うん。じゃ僕も師匠を尋ねて有志を探すよ。」
「お前はダメだ!」
「兄さん?でも、人手が足りないし僕だって」
「お前はダメなんだ‥」
「兄さん?」
「お前は目立つ。」
「兄さん!」
身内だからと庇われるわけにはいかないと、頑として折れそうも無いアルにエドはついに口を割る。
「首謀者は‥ウィンリィなんだ。お前は面が割れてる」
「なに‥なに言って」
アルが助けを求めるように回りを見渡すのへ、ロイが頷いた。
「君達兄弟が最初に狙われた理由は首謀者が君達を良く知っていたからだ。ロックベル嬢は現在自動機械、それはまるで人のように考えたり動いたりする機械の事で」
「ウィンリィはアンドロイドと呼んでいた。」
「アンド‥ロイド」
「彼女はそれらとリゼンブールを占拠している。」
「だったら」
黙ったアルに、納得してくれたかとエドが前を向いた時、重い声が鎧を震わせた。
「リスクは兄さんも同じ。ウィンリィが首謀者なんて、きっとなにか、誤解か理由があるはず。それを晴らす為にも僕にも手伝わせて下さい。」
エドの静止をロイが止める。
「止めても、抜け出しかねないな。そういうところはバカ兄に似ている。」
「誰がバカだーっ」
「俺は?俺も手伝います。」
言い争うエドとロイの横でラッセルが挙手する。
「でも、危険だよ!?僕は鎧だからいいけど」
「エドにできて俺にできない事は無い。」
「兄さん‥」
アルの横でフレッチャーも不安そうにラッセルと見上げた。
「お前はアルと同行しろ、フレッチャー。アル、師匠のところなら、安全だよな!?」
「!分った、ラッセル。フレッチャーは無事届けるよ。」
「兄さん!僕だって、僕だって手伝いたいよ。」
ラッセルが自分を安全なところへ逃がそうとしている事を悟り、フレッチャーはラッセルにしがみついた。
「お前はアルを、アルはフレッチャーを守ってくれればいい。そうだろ!?」
ふたりに腕を回すと、ラッセルは自信に満ちた顔で交互に見やった。
「アルに気安く触るな!なにがエドに出来て俺に出来ない事はないだ。」
「本当の事だろう!?」
「「兄さん、止めて!」」
ラッセルはフレッチャーに抱きつかれエドはアルに羽交い締めにされ、不承不承離される。
「なんで俺は羽交い締めなんだよ。フレッチャーみたいに抱きついて止めてくれれば良いじゃないか。」
ほんわかトリンガム兄弟をエドは面白く無さそうに睨んだ。
「僕が抱きついたら、潰れるよ!?間違い無く。‥兄さん?」
「‥本当はお前を行かせたくない。」
アルに羽交い締めにされた格好で、エドはぽつりと呟いた。
「兄さん‥僕は大丈夫だよ。それより兄さんこそ、気をつけて。」
「分ってる。」
互いに心を残しつつ、エド達はリゼンブールへ・ラッセルはニューオプティンへ・アル達はダブリスへと向かった。
師匠イズミの助言をもとに、南部の錬金術師へ注意を喚起していたアルに、その一報はセントラルから伝えられた。
「ラッセルがラッシュバレーで孤立?ラッセルは、ニューオプティンに行ったんじゃ‥」
「それが、重大な情報を得たとかでニューオプティンからセントラルへ引き返しやがった。そんでお前にも伝えるってタブリスへ向かう途中のラッシュバレーで」
そういうとブレダは手を広げた。
「助けに行かなきゃ。」
アルは師匠イズミを振り仰ぐと
「フレッチャーを頼みます。」
言い置いてブレダと共にラッシュバレーへ向かった。
「お前さんの収穫は?」
少々荒い運転で突っ走る自動車。
「実は僕、3日前までラッシュバレーに居たんです。ウィンリィがこの事件に関ってるとしたら、兄さんの整備に困ると思ってドミニクさんにお願いして、他の皆にも注意を‥」
「そりゃ、先見の明だな。」
「ラッシュバレーは機械鎧の聖地だし、ウィンリィならきっと‥だからドミニクさんに。修理の件はOKをくれたんですが、ラッシュバレーを出てはくれませんでした。他の人達も‥」
「こっちはよ、自動機械の目をくぐってパニーニャというおっかない少女が通報してきたんだが、レコルトって家にラッセルは立て篭もっているらしい。他の住人は、行方不明だ。レコルトん家は分るか?」
「はい。レコルトはドミニクさんの姓です。街に入らず山へ向かって下さい。その方が近い。切り立った山のに建てられてるので僕ひとりで行きます。少尉はセントラルからタブリス。そしてここまでと運転しどうしで疲れてみえるでしょう!?僕を降ろしたら軍に合流して休憩してください。」
軍はこの事態を重く見て、ホークアイを含めた部隊をラッシュバレーに派遣していた。
「大丈夫か?」
「僕は大丈夫です。ブレダ少尉もお気をつけて。」
「国家錬金術師制度があるせいか、今のところこの件には軍も積極的に動いてくれてる。ヤバかったらすぐに合図出せよ。エドも、無事と言う情報が入っている。」
「ありがとう少尉。僕にはなによりの安心です。」
夕焼が薄れる頃辿り着いたラッシュバレー。アルが崖を登り始めるのを見送ると、ブレダは派遣部隊が駐留する街へ向かって車を発進させた。
鉱石の採掘場。その近くにレコルト家はあった。暗がりの中、崖下の水の流れる音を聞きながら、アルは街の方向を見た。ここから街を見る事は出来ないが、時折光が見え戦闘が行われている事を物語っていた。
『みんな無事で!』
強く願うとアルもレコルト家へ足を進めようとして、切り出された岩の上に誰か居るのに気付いた。
月を背に影は人形のように静かにアルを見下ろしている。
「ウィン‥リィ!?」
山に吹く強い風がアルの冑飾りを、影から伸びた長い髪を宙で梳いた。
「ウィンリィ。」
強い、声。今までの情報は間違いであって欲しいと、無事だったんだねと思いを込めてアルは声を届けた。
「アル。」
影は重さを感じさせない軽やかな動きで岩から飛び降り、アルの側に寄った。
「元気だった?」
伸ばされた手は月明かりに青白く、アルの鎧に触れた。
「ウィンリィ、君は‥元気だった?」
「わたしはね。」
楽しげに笑いながらウィンリィはアルの後を回って右手につかまると、鎧姿を見上げた。やっと光の中に映し出された顔は今は嗅げない懐かしいリゼンブールの日溜りの匂いをアルに思い出させた。
「わたし、ずっと考えてたの。どうしたらアルは幸せになるだろうって。どんな技術がエドの負担を取り除けるだろうかって。」
「ウィンリィ」
「何所まで堕ちればわたしは満足できるんだろうって‥」
「ウィン‥!?」
「アルっ、離れろ!!」
声の方を見ればラッセルがカルバリン砲を構えていた。
「ラッセル、無事で良かった!あ、待って。ウィンリィは‥」
まだ状況を聞いていない。まだ本心を聞いていない。
自分を庇うアルの右手から、そっとウィンリィは離れた。
「アル‥わたしはもう戻れない。でも、でもね。わたし、わたしはあんた達の役に立ちたかったの。アルに笑って欲しかったの。ごめんね‥」
「ウィンリっ待っ‥」
アルの目の前でウィンリィはなにかに抱えられ、高く遠く飛びたつ。それと同時に機械音が辺りに溢れ、ウィンリィの後を追うことも叶わず、アルは身構えた。
「何しに来た!」
叫んで飛びこんできたラッセルと背中を合わせながらアルも辺りをうかがった。
「ラッセル、ドミニクさん達は?」
「無理やり逃がした。」
無理やりと言うところに乱暴さを感じたがそれに目をつむり、アルは一息ついた。
「じゃあ僕達も。」
「そうだな。押しばかりのエドと違い俺は引く事も出来るからな。」
「うん。じゃ僕の中へ。」
開かれたブレストパーツにラッセルは口を開いた。でも、言葉は出てこない。
「あ、あ‥僕、体無いんだ。ちょっと錬金術でね。それより早く!」
ラッセルも赤い水の研究をしていたので、理由はなんとなく察せられそれ以上は追求しなかった。咳払いをして話題をかえる。
「ちょっと驚いただけだ。体の一つや二つ、問題無いさ。問題‥、そう!問題なのは何故俺がお前の中に入るんだ?」
「何故って、僕結構頑丈だから安全だよ!?」
「納得いかんな。年下に守られるのは」
「同じ年だよ!?僕とラッセル。」
「‥‥」
「危ない!」
未だ悩むラッセルを咄嗟にアルは自分の陰へ引っ張った。ラッセルの立っていた場所に穴が開く。
「これ‥は?」
アルは目の前の現実が理解できなかった。金属が組み合わさって出来た体。機械鎧と違い、様々な歯車が連なってパーツを動かしている。シューという空気音がピストンの存在を誇示していた。
「ロボットさ。エドの奴が言ってただろう!?」
「だけどそれは、人のように作られてるって‥でも今僕達を取り囲んでるのは、まるでカラクリ時計の中身‥」
「使い捨てだから、だろ。」
1体1体を錬金術で押し潰しながら、ラッセルは言い捨てた。大勢は待ちに居るのだろう、二人を囲む数は
50に満たない。
「違う‥‥」
「あ?」
ラッセルには不本意ながらもアルが楯、ラッセルはアルに守られての攻撃で勝敗はつこうとしていた。
「ウィンリィはそんな事しない。」
「なに言って‥お前、本人と話したんだろ?」
「ウィンリィは、機械鎧を大切にしていた。ウィンリィの誇りだったんだ!使い捨てなんて酷い扱いはしない!」
「酷い扱いを受けているのはどっちだ、アル!?」
最後の1体を潰すと、ラッセルは増援が来ない事を確認してアルの冑を取り上げた。ラッセルを守り続け穴の開いた冑がそこにはあった。
「幼馴染かなんか知らないが、覚悟は決めとけよ。相手は本気で錬金術を消滅させる気だ。」
ラッセルに冑を押しつけられ、アルはそれを頭にのせた。
「逃げるぞ。」
「ドミニクさん達は安全なんだね?」
「あの機械鎧技師一家はな。街の連中は連れていかれたって、おい、どこへ行く?」
「街へ。まだ戦いが終わらないなら、加勢しないと。」
「あのな〜、俺達だってボロボロなんだぜ!?」
「うん。ラッセルはドミニクさんのところを頼むよ。」
「待て、アル。」
「ラッセル?」
暗に自分の保身を優先してくれるアルにラッセルは溜息をつくと、アルの陰に屈んで付いた膝の埃を払った。
「一応礼を言っておこう。君達の名を騙った俺を助けに着てくれた事‥感謝する。」
「そんな‥ううん、そうだね。一緒に戦えて僕も助かった。ありがとう、ラッセル。」
「街は軍に任せよう。それより、不味い事態だ。」
「そういえば、君はどうしてこっちへ?」
「ニューオプティンの北に新たな赤い水を見つけた。誰かが精製しているらしい。」
「精製って、どうやって?」
「今考えれば、マグワールの件にはホムンクルスが関っていたと思う。そいつ等ならレシピを持ち出しているはずだ。」
「でも、ホムンクルスは錬金術を使えな‥ラース!そうか、ラースなら、あぁでもどうやってトリンガムさんのレシピを解いたんだろう」
「俺やエドでも解読できなかった錬成書。それを理解し、ホムンクルス達を束ねる誰か」
頷き合うとアルとラッセルは東北東を目指す為セントラルへ向かった。
「どこでどうなったらアルとラッセルが二人きりで危ない事してるんだーっ!」
「怒鳴るな!それは私こそ知りたいところだ。」
国家錬金術師の名に恥じずリゼンブールを制圧したエドとロイは、ラッシュバレーからもたらされた報告書に顔を顰めた。
「とにかく。ロックベル嬢はここではなくラッシュバレーに居た訳だ。ここはアームストロング少佐に任せ、我々はセントラルへ戻るぞ。」
「俺は手っ取り早くニューオープティンを目指す。」
「チビに比例して脳みそも少ないのかお前は。汽車の方が速い。セントラルからは色々な線が出ている。」
珍しくちびに反応しないエドの三つ網を掴むと、ロイは引っ張って車へと向かう。
「アルは‥アレを見たのかな‥‥」
ロイはむすっと口を閉じたまま、エドを車に押しこめた。
ファルマン&7月竜
同盟謀反国王子と主人公達の会話は会話イベントで発生するものではなく、実際のゲームストーリー中に盛り込まれている為基本設定とみなし、黒直線で表してあります。(色曲線は会話イベント時に発生)
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