ファルマン&7月竜
「どうした?アル。俺が付いているから心配は無いぞ!?」
「あ、うん。ラッセルが居るから僕らの心配は無いけど」
ニューオプティン行きの列車に乗り換える為、セントラル駅を横に並んで移動していたラッセルは、ぶっきらぼうに言った。
「いい加減兄離れしたらどうだ?エドはエド、お前はお前だろう!?エドの奴なら殺したってしなない‥」
アルから笑う気配がして、ラッセルはついにアルの方を見る。
「なんだ!?」
「兄さんは大丈夫だよ。」
鎧なので表情は変らないはずなのに、アルから余裕を感じてラッセルは顔を顰めた。
「気に入らんな、その余裕。」
「え?あ~、ラッセルが居てくれるから余裕も持てるのかも‥」
ラッセルはマジマジとアルを見た後、ふっと笑った。
「気に入らんのはエドに対する信頼なのだが、お前はエドと違って人が良いな。」
「そんな事ないよ。兄さんは荒々しいところばかり目立つかもしれないけど、本当はとても繊細で人を思い遣る事の出来る人なんだ。」
「‥‥‥ 」
「良ければラッセルも、兄さんと仲良くして欲しい。意地っ張りなところもあるけど、僕と二人きりの時にはラッセルの「それは容認できん!」
「え?あ‥?」
途中で遮られ、指まで付きつけられアルは口篭もる。
「今のお前を見たいたら余計にエドが憎らしくなった。」
「は?」
「まったく度し難い男だ。やはりあいつとは決着をつけねばならん。」
「はぁ。」
「で、何が心配だったんだ?エドではなく、俺が解決してやろう。」
「あ、うん。軍で保護されている錬金術師達はどこにいるのかと思って。軍の一部に、人の命から賢者の石を作る研究をしていた危険な人達がいるから気になって。君のお父さんがセントラルからゼノタイムへ戻ったのも、研究者と接触があったからだったよね」
「確かに。」
ラッシュバレーを後にしたのは夜のうちだった為、今はまだ午前中。
「赤い水の錬成をしている場所には夜忍び込む方が言いと思う。ニューオプティンには急行で行けばなんとか間に合うと思うから、軍に錬金術師達の話を訊いて」
言い終る前にラッセルは改札へと駆け出す。
「ラッセ‥ほんと、好奇心の強さは兄さんと似てるよ。」
アルもなるべく目立たないように、かつ足早にラッセルの後を追った。
セントラルでフュリーに時刻表を調整してもらい臨時列車でニューオプティンにのり込んだエド達は、ラッセルから連絡を受け内々でニューオプティンを探っていたハボックと合流した。
「アルフォンスはおろかラッセルもここには戻ってきてませんよ。」
ハボックの言葉にエドとロイは顔を見合わせた。
「む、追い越してしまったか‥」
「おのれラッセル~、どこへアルを連れ込みやがったんだーッ」
「問題発言だぞ、それ。」
「何故だーッ何故ニューオプティンに居ないんだーっ」
「ハボック、フュリーに連絡を。軍属ではないあの二人がラッシュバレーからニューオプティンに向かうにはセントラルを通るしかない。何らかの手掛かりが必ずある‥」
「アルってば可愛いから、ラッセルや機械どもにあーんな事やこーんな事をされ‥ぎゃぁぁあ~」
「あーんな事って、どんな事だよ。」
フュリーへ指令を電話で伝えると受話器を戻しながら、ハボックはこっそり突っ込んだ。
「事がハッキリするまでここで待機すべきか、セントラルへ戻るべきか‥二人の行方が確定しないと判断し難いな‥」
「アル~兄ちゃんが行くまで無事で居てくれ~、でもアル~、だけど何があったって、兄ちゃんはお前の事を愛して‥」
ゴスッ
エドの頭にラッシュバレーの報告書が突き刺さる。
「いー加減黙れ!こっちまで焦るだろうがっ。」
エドの頭から零れ落ちた報告書を拾い集めるハボックの手が、電話のベルに止まる。
「大佐、フュリーじゃなくホークアイ中尉から連絡です。ですが、様子が‥」
ロイはハボックの手から受話器を奪うと耳を澄ました。
「どうしたんだよ?」
その様子に、エドはハボックの袖を引っ張った。
「わかんねぇ‥けど戦況は思わしくないな。ブレダの話ではラッシュバレーでも指揮を執っていたアーチャー中佐が行方不明になっている。軍は見た事も無い敵に有効な攻撃を模索している状態だから‥」
ロイは瞳だけエドへと動かすと、静かに尋ねた。
「ダンテとは何者だ?」
「え?」
「ミセス・カーティスが行方不明だ。ダンテを尋ねると言って出ていったらしい。」
「まさかウィンリィ‥」
「いや、むしろホムンクルス‥」
「!」
「リゼンブールをロスに任せアームストロング少佐がタブリスへ向かう。エド、お前はハボックとここで赤い水を処理しろ。」
エドは反論しなかった。
『ここからタブリスへ向かうのもセントラルへ帰るのも時間が勿体無い。ホムンクルスが関っているなら、赤い水の回りに潜んでいるはずだ。ここをぶっ潰せば師匠の事も分るかもしれない。それに、アルはここを目指していた。』
「アルを頼む。」
「上司を信じろ。」
「いくぜ、ハボック少尉。」
エドは上着を掴むと隠れ家を後にした。
『アル、約束守れよ。必ず俺のところへ戻って来い。』
傾きかけた陽の方角、セントラルへ向かってエドは想いを馳せた。
「エド?」
「ロ‥ゼ?」
町を離れ人気の少ない岩山にホムンクルスの陰を窺っていたエドは、突然かけられた声に驚いた。
「「どうしてここに?」」
同時に叫ぶ二人の口をハボックが慌てて抑えた。
「リオールはコーネロの謀反と言う名目で軍の討伐にあって‥」
「謀反だと!?あのタコおやじにそんな力は残っていなかった‥」
「その嬢ちゃんの言ってる事は本当だ。リオールは国家反逆で軍の粛清を受けた。」
見開いた目を苦しそうに歪めると、エドは唇を噛み締める。
「俺は‥」
「いいえ。エドのおかげでわたし達はコーネロの悪夢から逃れる事ができた。感謝してる。」
「俺は何もしなかったさ。賢者の石が欲しかっただけ。フォローしたのはアルの方だ。」
「ええ、エドとアルのおかげでわたしは孤児院で働いたの。自分の足で立つ為に。何か、わたしが出来る事をしたくて‥」
ロゼはエドの左手を両手で握り締めた。そのまま胸に抱くとロゼは話を続けた。
「軍の手が孤児院までのびてきた時、スカーさんが現れて」
「スカーぁ?イシュバールの!?」
ロゼは力強く頷いた。
「軍の討伐を受けたイシュバール、スカーさんはわたし達の気持ちを理解して助けてくれたの。」
「あいつ‥スカ-は今ドコに?」
ロゼは首を振った。
「わたし達をリオールから逃がしてくれた後、どこへ行ってしまったのか‥」
「ここへはどうやって?」
割って入ったハボックにロゼは警戒した視線を向けた。
「コイツ等は大丈夫。俺の‥所属する隊の連中だ。それよりロゼ、ここへは一人できたのか?他の住人は‥」
あたりを見回すエドに、ロゼも緊張を緩めると思い出したように手を引いた。
「一緒に脱出した人達もいるわ。こっちよ、案内するわ。」
「大将!‥」
引っ張られるエドに素早く合図を送ると、ハボックはタバコの煙を残しつつ木立ちの中に消えていった。
「ロゼ‥」
「わたし達をここへ連れて来たのはライラ。貴方と同じ錬金術師よ。」
巧妙に隠された入り口から入ると天然の地下道が続いていた。大きな岩で作られたその道は、隙間から光が洩れうっすらと浮かび上がっている。
「ライラだって!?」
驚いたエドの声が岩に響き、それに答えが返る。
「ええ、そうよ。お久し振りね、エドワード・エルリック。エドと呼んでも良いかしら!?」
「ライラ‥お前、どうして‥」
「ああ、心配しないで。」
ライラは手を差し出して身構えるエドの警戒を解くと、持っていたカンテラを灯した。
「ヨキ中尉が失脚して、わたし、どうやれば国家錬金術師になれるかずっと考えてたの。その時出会ったのがダンテさん。」
「ダンテだって!?」
「貴方も知ってるのね。そう、まさしくあの方こそ天才錬金術師。あの方に師事してわたしも錬金術を極めるわ。貴方は?」
「俺の師がダンテ‥さんを尋ねて行方不明になっている。」
ライラはさっと振り向いた。
「ダンテさんは?あの方も行方不明なの!?」
「わかんねぇ。けど、お前、ここはどうやって?」
「ダンテさんに頼まれて保護した錬金術師達を匿っているのよ。スカーも保護しようとしたけど、リオール市民だけ預けて勝手にどこかへ行ってしまったわ。」
「ダンテ‥がここに、錬金術師を集めた‥‥!?」
「集めたのは軍よ。ダンテさんはそのお手伝いをして」
エドは既にライラの言葉を聞いていなかった。情報を様々な角度で眺め上手くはめ込めるピースの形に精製していく。
「貴方こそ、ここへはどうして?」
聞いていないエドからロゼへ、ライラは視線を移した。
「頼まれた買出しの帰りにそこの岩場であったの。」
「ちょっと、エド。本当は「ロゼ。」
エドはライラの言葉を遮るとロゼに向き直った。
「最近咳とか、体調を崩す人は居るか?」
「え?ええ、そうなの。こんな空気の良さそうな所なのになんだかみんな咳き込んでて‥」
エドはひとり頷くと今度はライラを見た。
「そのダンテという人は、国家錬金術師なのか?」
ライラは眉を釣上げた。
「いいえ~。あの方はタブリス郊外の森の中で、隠遁生活を送って」
ピッ
「そんな人間にどうやって軍は協力を要請したんだ?」
「それは‥。でも、大総統自らおみえになって‥」
「大総統が!?」
ピシシッ
「そうよ。そういう才能をお持ちの方なのよ、あの方は。」
「それで‥それでここを、ここに錬金術師を集めたのは‥」
「?、それは勿論‥」
ピシッ
「ちっ」
地下道を形成する岩盤が崩れ落ちる前に、エドはライラとロゼに飛付くとそのまま二人を下に庇いながら壕舎を錬成する。
「やあ~鋼のオチビさん。こんな荒地までようこそ。」
エドの作った壕舎の上に立ち、エンヴィーは高らかに謳った。
「穴蔵から出て来いよ。ますますチビになっちゃうよ~。」
「誰がどチビじゃ~っ」
土の壕舎を打ち破りエドが立ちあがる。エンヴィーは足場がなくなる前に器用に体を捻ると、難なく地下道に舞い降りた。
「やっぱり、お前等の仕業かよ。」
「な~んか、おチビちゃんに行動読まれちゃうなんて、ど~したもんだろうねぇ、ラスト!?」
はっとしてエドが振り返るその先で、ラストはぐったりしているロゼを引き摺っていた。
「ロゼ!」
「大丈夫、まだ死んでないわよ。でも」
ラストは片手でロゼを持ち上げた。
「この先は、貴方達しだい‥錬金術師のお嬢ちゃん、鋼の坊やと赤い水を錬成してくれるかしら。」
「どうしてわたしがっ」
「ダンテという老婦人を返して欲しくないの?」
「あの方はここにいるの?」
ラストは笑うと、いつの間にか現れたグラトニーにロゼを預け、ライラを手招きした。
「ライラ、行くな!」
「あら、貴方もすぐに来る事になるわ。だってこの奥には、貴方の大事な弟もいるんだもの。」
「!」
「赤い水って?」
決心がつかないライラが誰とも無く不信そうに尋ねた。
「賢者の石の別バージョン‥そうね、賢者の水とでもたとえようかしら。」
「賢者の石ですって?じゃあ、錬金術を極められる!?」
「錬成力をupできるわ。その力で、本当の賢者の石を作る「黙れ!ライラ騙されるな!!賢者の石はっ」
しかし。エドの叫びも虚しく、ライラはラストの示した地下道の奥へと駆け出していった。
「くっ‥」
エドが拳を握り締めるのを、ラストは面白そうに眺める。
「さあ、貴方はどうするのかしら?鋼の錬金術師さん?」
「赤い水は賢者の石を作る為の布石かっ。」
「ええ、そうよ。」
ラストの澄ました笑顔を、エドは睨みつけた。
「賢者の石の材料は大勢の人の命だ。」
「そうね。だから?」
「確かに俺は賢者の石が欲しい。だが、その為に犠牲が必要なら、俺はっ」
「勘違いしないで坊や。今、天秤に掛けられているのは賢者の石と、人の命じゃない。」
ラストは艶然と微笑んだ。
「弟の命と、他人の命よ。」
「!」
「それで貴方は。」
ラストは首を傾げて見せた。
「どっちを選ぶのかしら?」
「‥‥‥」
結果は分っているとでも言いたげなラストに、エドはふっと力を抜いた。
「連れてけ。」
「へぇ~、なんのかんの言って。やっぱ自分らの為なら他人を犠牲にするんだ~。」
エンヴィーは側によると、エドの肩に腕を回して耳元で囁いた。それを真っ向からエドは睨み返した。
「俺に協力させるんだろ!?とっととアルのところへ連れていけ!」
「もっともっと!苦しんでくれなきゃ面白くないんだよっ」
エンヴィーは渾身の一撃をエドに見舞うと、崩れおちたエドを引き摺りラストとともに奥へと向かった。
「おらよっ」
掛け声とともに投げられた小柄な体をアルは咄嗟に受けとめると、できるだけそっと横たえた。
「兄さん!?」
「まだ死なれちゃ困るからな、手当て,してやんだな。」
去っていくエンヴィの気配が完全に無くなると、エドは起き上がった。
「兄さん、どうして‥」
ゴンっ
右手で冑を小突くとエドは胡座を組んでアルと向き直った。
「お前は!‥タブリスに居るんじゃなかったのかよ。」
「‥‥助けに来てくれたの?」
嬉しそうなアルの声。
エドはボリボリと頭を掻くと、そっぽを向きながら尋ねた。その横顔は僅かに赤い。
「ラッセルは?」
「偵察中。」
「は?」
思わぬ返答にエドの声が裏返る。
「態と捕まったんだ、ラッセルを僕の中に隠して。」
「お前っその手‥」
アルの右腕は手首から前が無かった。
「うん‥錬金術を使えないようにって‥」
『あんにゃろっ』
エドが毛を逆立てているのに構わず、アルは話を続けた。
「セントラルで錬金術師を保護している場所を尋ねたら、案内してやるってここへ。」
「それで捕まったのか?」
アルらしくない行動に、エドは眉を寄せる。
「大丈夫。右手の在処は確かだから。」
「なに?」
「そーゆー事。おい、エド、アル、急げ。逃げるぞ。」
岩陰から現れたのはヒューズだった。
「ヒューズ中佐、どうして?」
「ヒューズ中佐、ホムンクルスの手下に化けてたんだ。僕を捕まえて信頼を得てね。」
「それで捕まってたわけね。まったく‥」
心配かけ過ぎだぜ と内心エドがぼやくのに気付いて笑いながら、ヒューズは牢の鍵を器用に外した。ヒューズに連れられて狭い横穴を右へ左へ、歩く。
「よく迷わないな。」
「俺を誰だと思ってる?伊達に諜報担ってるわけじゃないんだぜ。」
やがて立つには狭すぎる穴に辿り着くと、そこを四つん這いになって移動する。
「大総統府を内偵したらよ、どーも不味い事に気付いてなぁ。ロイに教えてやろうと思ってるうちに、今度はリゼンブールの蜂起が起きちまって。先に人命救助する事にしたわけ。」
「全然説明になってない。」
足場が悪い上に起伏が激しいのだが、流石にヒューズは軍人らしく息すら乱していない。エドはあがる息を悟られないように、ヒューズに物言いをつけた。
「詳しい事はあと、あと。手筈は整えたから、捕まってる錬金術師逃がすぜ。手伝えよ!?」
「それは勿論だけど、ライラが‥」
「ライラって、ユースウェルにいた?」
アルが聞き返すのをヒューズが止める。出口に近付いていたらしく穴の先が赤く染まっていた。
「この先はちっと狭くてな。アルはここで待ってな。エド、先へ行け。口は覆えよ。」
ヒューズは用意周到にタオルを取り出すと、エドに渡し自分も口を覆った。
アルをそこに残し、先頭をエド、後からヒューズが説明しながら穴を這い進む。
「穴の先端に着いたぞ。」
「下を見てみな。静かに、な。」
尻の方からとんでくるヒューズの指示に従い穴から覗くと、30mほど下で赤い光が瞬いている。ヒューズの案内した穴は、赤い水を錬成している場所の壁面に繋がっていた。
「赤い水とリオールの市民や錬金術師の命、あるいは練成力を使って賢者の石を練成する。それが目的か。」
「ご名答。」
ヒューズはおどけて言うと、頭の上にあるエドの足をポンと叩いた。
「お前さん達は悪いがアレを何とかしてくれ。できるか?」
ヒューズが赤い水を指差すのに、エドは力強く頷く。
「俺はラッセルと錬金術師達を逃がすから。ニューオプティンで落ち合おう。」
「ハボック少尉も来てるぜ。」
「そいつは助かる。じゃ、気をつけろよ。」
ヒューズはエドの手にアルの手首を押しつけるとずりずりと後退し、アルのところまで戻るとシュタッと手をかざしと別の穴へと消えていった。
「アル。」
エドは覗いていた頭をいったん引っ込め少し後退ってスペースを造ると、自分の頭上を指差してアルを呼んだ。
ガチャガチャと匍匐前進してくるアルに手首を付けようとエドも匍匐で後退し、無理やりアルと狭い穴の中で向き合った。密着くっ付きながらも、なんとかアルの手首をはめる。
「兄さん、僕の中に。これじゃ身動きが取れない。」
二人が向き合うと穴径はいっぱいいっぱいぐらいだった。
兄に圧し掛からないよう注意しながらアルがブレストを開けようとするのへ、エドは更に身を寄せる。
「兄さん?狭いから危ないよ!?押し潰すと‥」
「本望v」
「兄さん!?」
「赤い灯火に包まれてアルと抱き合ってる‥」
「は?」
「なーんて、な」
エドは冗談任せに言うと、アルの中へ滑りこんだ。
「も~、何言ってんだよ。」
飽きれたアルの声が鎧の中に優しく響く。
『キスしたい』
エドはマスク代わりの服の上から、自分の口元を抑えた。
『キスしたかったよ、アル』
例えば、じゃれてキスしたり。抱締めたり‥。今よりずっと、際どい状態にだってなる。
だけど
そんな表面にあって形を変えるものではなくて。
それは魂の奥深くで、滾々と湧き続け、尽きる事の無い。
激しいものではなく。
されど
熱く、熱く、深い気持ち。
『お前も、そんな気持ちをアルに持っているのか?ウィンリィ‥』
この手にしたい!というような、恋情じゃない。
相手を思い出すだけで、誰にでも優しくしたくなる。
そんな
泣きたいような笑いたいような。
「兄さん、足を。」
『例えばさ、現実には違う事をしていても』
アルの声に意図を察すると、エドはアルの足をバネ状に錬成する。
『その気持ちを忘れる時間があっても、振り向けばそこにある』
アルは下の状況を確認すると横穴から飛び降りた。
『そんな気持ち』
飛び降りてバネがその衝撃を緩和するまで。
鎧の中、一瞬の無重力状態。
気持ち
エドは自分を抱締めた。
「それにしても妙だな。」
「静か過ぎるって事?」
赤い水は精製しなければ不安定だった。言いかえれば分解しやすいわけで。以前フレッチャーがしたのとは異なり、エドとアルは浄化ではなく地熱で分解を試みた。目論みは成功し、高温により水蒸気と化す前に赤い水は無毒の物質へと分解していった。
「これだけ派手に動いても、アイツらが来る気配が無い。」
「そういえば、ライラって‥」
「ああ。ラストとかいう女のホムンクルスに連れていかれた。ロゼもだ。ヒューズ中佐が逃がしてくれてると良いんだが。」
「ロゼ?ロゼも居るの?」
「‥リオールは、軍に制圧されたらしい。」
「どうして?だってあそこは兄さんが‥」
「たぶん、リオールの件も、この赤い水と同じようにホムンクルスが関係していると思う。お前、師匠からダンテという人の事を聞いたか?」
「え?あぁ、うん。タブリス郊外の森に住んでる、師匠の薬を作ってくれてる人みたいだけど‥それが?」
「ダンテは天才錬金術師で、ライラはそいつに弟子入りしたらしい。ダンテに言われて、リオールの難民をここに隠していた。」
「ここ‥に」
アルはあたりを見まわした。
赤い水の流れが途絶え、水流で削られた岩が剥き出しになっている。こ天井は錬成で崩壊し、白んできた夜空が見えた。
ここそこで僅かながら岩が崩れる音が聞こえる。ヒューズ達を逃がす為、ことさら派手に錬成した結果だった。
「じゃあ‥そのダンテさんが、ホムンクルスを操ってる?」
「確率は高いが、断定は出来ないな。さて、逃げ遅れがいないか念の為見まわりながら俺達も帰ろうぜ。あんまり遅いとヒューズ中佐だけじゃなく、無能の誰かさんもやって来そうだ。」
入りこんだ横穴ではなく、堂々と本来の道から赤い水精製の間を出ると、ふたりはキョロキョロと横道を調べながら洞窟の外を目指し歩く。
「なぁ、アル‥」
「なに?兄さん。」
「ラッシュバレーで、ウィンリィと‥」
岩を使って作られていた1つの牢を確認していたアルは、途切れたエドの言葉にゆっくりと振りかえった。
「会ったよ。ウィンリィと。」
アルは正面からエドを見た。
「その時、その時さ、お前‥‥」
エドは視線を逸らせると、歩き始めた。その後をアルも続く。
「ウィンリィが連れてる‥」
エドは言いあぐねて舌で唇を湿らせた。
「兄さん?」
俯いて歩だけ進める兄の後を、不安を感じながらアルも追う。
「‥ウィンリィの側に誰かいたみたいだけど、暗かったからよく分らない。その人がなにか?」
エドはほっとしたようにアルを振り向いた。そこは丁度別の穴と交差する場所で。
「キャッ」
エドは横穴から来た誰かとぶつかり、相手は尻餅をついた。
「ロゼ?」
「エド!?」
尻餅をついたロゼを後から支えるように立っているのはライラだった。
「お前達‥」
「無事だったんだね、良かった。」
アルもロゼに手を貸そうと前に出る。それをエドが引っ張った。
「あんた達、何故未だここにいるんだ?他の錬金術師は逃げたんだろ!?リオールの市民も‥」
「分らない。わたし達は赤い水を練成するようにホムンクルス達といたわ。そこへ地響きと轟音が響いて‥ホムンクルス達は散り散りににどこかへ消えてしまったの。」
ロゼを支えながらライラが答える。
「‥赤い水を、精製したのか?」
「いいえ。それよりエド‥どうしたの?何か疑ってるのかしら。ずいぶんと恐い顔をしているわよ。」
「ダンテはどうした?」
「あの方は、死んだわ。わたし達を庇って。」
ライラは口に手を当てた。
「あの方から赤い水の事を聞いたわ。あの方は命を賭けて赤い水の精製の邪魔をしてくださったの。」
ライラの瞳から涙が流れる。
「兄さん‥」
「‥‥、ダンテは師匠の行方を知っていたかもしれない。その手掛かりを残している可能性もある。ダンテの‥死体はどこに?」
「‥‥、わたしもこんなところに置いていくのは忍び難いわ。エド、あの方を連れ出すのを手伝ってくれるかしら。」
「兄さん。」
アルがエドの右腕を掴む。それに左手を添え、エドは微笑んだ。
「先戻ってろよ、アル。ヒューズ中佐達に報告してくれ。」
「兄さんっ」
「ロゼを連れて‥ハボック少尉にもヨロシク言っといてくれよな。」
ポンポンと鎧の手を叩くとそっと右腕からアルの手を外し、エドはアルと向き直った。
「ホムンクルスも‥ウィンリィ達も窺ってるかもしれない。気を付けていけ、いいな。」
「兄さん‥‥」
ライラとともに穴の奥へ消えていくエドの背を振り切るように、アルはロゼを抱き上げ外へと向かった。
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