ファルマン&7月竜
そこには年老いた婦人の遺体が横たわるだけで、イズミの手掛かりは何も無かった。
エドは片膝つくと老婦人の手を胸で組ませた。
「優しいのね。」
エドはライラの言葉に眉を寄せたが、コメントせず老婦人を抱き上げた。
「出口を造るわ。」
ライラが練成し、外へと続く岩段ができる。
「できるんだったら、さっさと逃げりゃ良かったのに。」
「ホムンクルスに気づかれないように、さらにロゼを気遣いながらではわたしには無理だわ。」
「へぇ、そうかい‥!?」
「‥わたしへの疑いは晴れていないようね。どうして?」
「お前に、ホムンクルスが化けてないとも限らないからな。」
ライラは眉を上げてエドを見たが、特に何も言わなかった。
岩穴の外は既に夜が開けていて、鳥の囀りが聞こえていた。
「見晴らしの良い所に。」
頷き合って二人はダンテを埋めた。
「どこに行く?ライラ。」
僅かばかりだが花を捧げニューオプティンに戻ると、ライラは駅へと歩き出した。
「疑われているのは不愉快だし、わたしはわたしでダンテさんの志を受け継ごうと思うの。」
「答えになってない。」
「ロゼをお願いするわ。」
「ライラ!」
引きとめようとライラに伸ばした手の先。偶然視界に入った空に、エドは光を見たと思った。
次の瞬間。
閃光と続く爆音。
爆風に煽られながら咄嗟に身を丸くし、エドは受身の体勢を取る。そのまま吹き飛ばされ、何かに強かに打ちつけられ地に落ちる。
強烈な光と音に目も耳もその機能を奪われながらも、エドは打ち鳴らした両手で防壁を作った。
『攻撃‥ホムンクルス?しかし空から落ちてきた光は‥』
エドは全身の状態を確認すると、打ちつけた背を庇いつつ立ちあがる。
「ウィンリィか‥」
体より重い痛みに、エドは呻くように呟いた。
耳はボーンとして音を捉えられないが、瞬きを繰り返すと目はなんとか置かれている状況を伝えてきた。
爆発で立ち昇る砂煙が層をなし、辺りを被っている。
「ライラっ」
叫んだ拍子に砂を吸い込み、エドは咽せる。
「ライ‥ラっ」
擦れた声でなお呼び続けるエドに答えたのは、ようやく薄れてきた砂煙に浮かぶ街の残骸だった。
「これ‥は、、」
駅だった場所は大きく抉れ穴が開いている。穴と周囲はは焼け焦げ、残骸の一部は溶けて、光の熱量を物語っていた。
誰もいない、ほんのさっきまで列車の発着で賑わっていた駅。
東の砂漠にあるクセルクセス遺跡への観光で賑わっていたニューオプティンの、人々が紡いできた歴史は、一瞬で潰えた。
「これを、お前がやったのか?」
ウィンリィ ウィンリィ ウィンリィ ウィンリィ ウィンリィ ウィンリィ‥
エドの叫びが木霊し廃墟と化した辺りに虚しく響いた。
【エドォ?ミルクシチュー作ってみたの、食べてみて!?】
「なにも、残って無い」
エドは左手を額に当てた。
【わたしね、いい機械鎧技師になるんだ。凄いねェじゃなくて、い〜ねぇって言われるような。】
「誰も、残って無い」
力無く滑り降りた手は、エドの口元を抑えた。
「これが‥お前の望んだ力、なのか、ウィンリィっ!」
エドは機械鎧を地に叩きつけた。
「嘆くだけでは前に進めんぞ。」
「!」
いつもは癇に障る余裕の声が今は道標のようで、エドは声の主を探す。
駅だった穴の縁に、ロイは立っていた。
「なぁ、アルは?」
走り寄るとエドは震える手で軍服を掴んだ。
「そうしていると、歳相応だな。」
「なんだとっ」
反射的に答えたが、すぐに表情は不安に彩られた。
「アルは生きてるよな!?ヒューズ中佐や、ハボック少尉も‥。ロゼや他の人達は?」
ロイは震えるエドの指から顔へと視線を移すと、むっつりと目を細めた。
「大総統令で本日1時(まるひとまるまるじ)をもって、ニューオプティンは軍の厳戒下に置かれた。市民と郊外に保護されていた錬金術師はグラン准将が」
「保護だって!?集められた錬金術師達はその力と命を使って賢者の石にされるとこっ」
「エド!」
疲れの滲む声に、エドは掴んでいたロイの手を離した。
乱れた髪。砂や埃、煤で黒ずんだ顔。皺々の服は所々解れていた。
ロイの様子に、エドの震えが止まる。
エドの瞳にいつもの鋭利な光が宿るのを見定めると、ロイはようやく息をついて付いてくるよう顎をしゃくった。そのまま南へと街を下る。
「アーチャー中佐が、いや今は大佐か。兎も角ヤツがロックベル嬢に内通していた。ラッシュバレーの攻防で負傷した際、機械化を選んだらしい。錬金術を使えない者には、簡単に人を超える力が手に入るのが魅力的なんだろう。」
ウィンリィからの攻撃は1回だけで、爆風の収まった街の頭上には青空が広がり、降り注ぐ陽にロイは額を袖で拭くと、手櫛で髪を梳いた。
「簡単、か‥」
エドは口元を歪めて笑と視線を右手に流した。
「機械化はお前の機械鎧とは違う、そうだ。ラッシュバレーの機械鎧職人、ドミニク・レコルトが言うには、機械鎧は装着する人に合わせて作られてはいるが、装着から調整には使う側の時間と気力体力も必須となる。機械鎧に限らず錬金術もだが、人を超える力を使いこなす為には努力や時間、あるいは知識才能が必要なわけだが、機械化は人を選ばない。誰でもすぐに超人になれる。人が提供するのは努力や時間ではなく、記憶と魂だけでいいというわけだ。」
「!」
エドが目を見開くのを目の端に捉え、ロイは立ち止まった。
「私がここへ付いた時には既に軍の作戦が遂行されていた。私は、間に合わなかった。」
ロイは怒りに震える拳を、エドに気づかれぬようポケットにしまうと、再び歩き出した。
「私がニューオプティンに戻ってきたのは夜明けで、難を逃れたラッセルに話を聞いた。ヒューズが苦労して助けようとしていた錬金術師達は、自分達がホムンクルスに捕えられているとは思ってもいなかったようで、ヒューズ達の言う事を聞かず、軍の指揮下にくだり何処かへ連れて行かれていた。」
「‥場所はわかんねェの?」
「私はこの作戦に名を連ねていないからな。情報は貰えない。」
「アルは?連れていかれたの、か?」
ロイは首を振った。
「ヒューズは錬金術師達を危険に晒した咎で、ハボックはリオールの反逆民を匿った罪で、セントラルへ連行されていった。一段落したら軍法会議にかけられるだろう。アルは、ヒューズ達の無実を証言する証人として、ラッセルにロゼという娘を託して逃がすと、セントラルへの行軍に付いていったそうだ。」
「あのバカっ」
ロイはチラッとエドを見、また前を向く。
「セントラルへ帰る部隊は、一度に謀反者を送り返せるよう専用列車をニューオプティンから走らせた。それを脱線させる為と、錬金術師達の移動を妨げる為に攻撃は成されたと考えられる。」
「あ‥」
「現在、セントラルへ向った部隊の状況は不明。」
「相手がウィンリィなら、アルは大丈夫だ。」
ロイは弾かれたようにエドを見た。それに気づきもせず、エドは優しい面持ちで悲しげに笑った。
「あんた、言ったろ!?機械化に必要なのは記憶と魂だって‥。あいつは、ウィンリィは錬金術師全部を殺してもアルだけは機械化という形で生かして」
「あの人形に記憶を移してか!?」
「!」
エドは凍り付いたようにロイを見上げた。
「それでアルフォンスは生きていると、お前はそういうのか?それが愛だとでも!?冗談じゃない!」
忌々しげに掃き捨てると、ロイは足早に歩き出す。
「人の愛情表現は様々だ。愛のカタチというならそれでも良いだろう。だが、それでアルは幸せなのか?幸せと笑えるのか?ヒューズ達はどうだ?ウィンリィの愛情表現の巻き添えで死ぬのか?他の錬金術師達は?機械化に邪魔だから抹消しても言いというのか!?愛ならば諍いを起こしてもいいと!?」
ロイは足を止め、息をつくと頭を振って怒りを納めた。振りかえり止まったままのエドを、複雑な笑みで待った。
「まぁ、戦争とは言えウィンリィの両親をこの手にかけた私が言える事ではないのかもしれんがな。」
「‥悪ぃ、ちょっと、ウィンリィが変ったわけじゃないって分って、浮かれた」
エドが追いつくとロイはまた歩き出し、街外れに出た。
「見ろ。」
ロイの指差す方向、木に紛らせたジープがあった。乗りこんでいた方も気づいたようで、荷台から飛び出してくる。
「ロゼ?」
「良かったぁ、エド。」
飛び付いてきたロゼを受け止めきれず、エドは尻餅を付いた。
「何やってんだよ、お前〜」
運転席から出てきたのはラッセルで、エドの様子に吹き出した。
「うっせーっ、ちょっと滑っただけ「エドは。」
ロイは丁寧にロゼを抱き起こし、エドは遠慮なく引っ張りあげると、車に3人を押し込めた。
「エドは攻撃の余波を食らって視力と聴力が完全ではない。ロゼ、よろしく手当てを頼む。」
「大佐、知って‥」
「アル絡みにしちゃ抜けが目立ってるからな。嫌でも気づく。」
アルチェックが厳しすぎると取るべきか、アルが絡まないとボケていると取るべきか。どちらにせよ嫌味たらたらのロイの言葉にエドは唇を尖らせた。
「わたりました。誠心誠意、看病いたします。」
ロゼがエドに腕を絡ませると、エドは慌ててロイへ視線を投げた。
「おい、大佐。不調はすぐ治るから、俺も」
「お前は少し休め。これは命令だ。無免許運転だがラッセル、ユースウェルまで行ってくれ。そこでファルマンが待っている。おい、エド。ユースウェルに着くまでに治せよ。」
「だからもう治ったって、大佐!」
「エド、正念場だ。分ってるな!?ユースウェルからは死ぬほど働いてもらうぞ。」
「覚悟なんかとっくに出来てらっ、だから大丈夫」
「ラッセル、出せ!」
「了〜解。」
「てめっ、ラッセル。止めろ!大佐っ!!」
「アルは任せろv」
先ほどまでとは打って変り、きらりんっと歯を光らせてロイは爽やかに笑った。
「それが目的かーっ卑怯も〜んんん」
頭を掻き毟るエドを乗せて走り去るジープを、ロイは右手をあげて見送った。
「鳶に油揚げか、喰えない大佐のようだなぁ。」
「‥そうでも無ぇさ。むっつり助平でサボる事しか考えてなくて、アルに纏わり着く害虫だが、言った事はやるし、できる実力を持ってる。」
「それ、誉め言葉なのか?」
「なぜ俺がヤツを誉めなきゃならん?」
「も、いい。お前と話すと疲れる‥」
「待て、お前にはラッシュバレーでの経緯を聞かないと‥」
「動いてはダメです、エド。じっとしてて。」
荷台から運転席へと身を乗り出したエドをロゼは引っ張り、戻しそのまま自分の膝へと抱き込んだ。
「ロ、ロゼ、、、」
焦ってエドは起きあがろうとするが、ロゼに覗きこまれて動けなくなる。
大人しくなったエドにロゼは微笑むと、優しく頭を撫ではじめた。
「ロゼ、、」
「大丈夫。大丈夫よ、エド。安心して休んで?」
眠ろうとしないエドの瞳に手をかざし、ロゼは子守唄を口ずさみ出した。
「う‥」
呻くしか出来ないエドに、ラッセルは我慢できず笑い出す。
「お似合いだぞ!?エド。」
「笑うな!」
「エド、大人しくしていないと治らないわよ!?」
『母さん‥』
母とは違う声、母とは違う温もり、だけど。
目を閉じれば、注がれる愛しみは心地よくて
「はい。」
素直に返事を返すエドに、
『あとで皆に報告してやろう。』
さっそくメモるラッセルだった。
ニューオプティンへの攻撃。その準備はエドとライラが老婦人の墓に花を添えている頃始った。
「ハクロ少将、リオールの難民は後部車両に纏めて詰めておいて宜しいでしょうか。」
「ああ、あ〜君は‥」
「フランク・アーチャー大佐であります。」
体のほとんどが機械に被われた士官は、ピシッと敬礼をしたまま礼を損ねない程度に軽く頭を下げた。
「ああ、ラッシュバレーでの功績で中佐から昇進したんだったな。ご苦労だった。」
「いいえ。わたくしの業績など閣下に比べれば。この度の作戦も閣下とご一緒できて光栄です。宜しくご指導下さい。」
「うむ。キビキビしていて結構だ。以前わたしと作戦をともにしたたマスタングとは大違いだよ。」
「お言葉ありがとうございます。つきましては、閣下には要事に備え、今は体を休めながら特等客車にて今後のご指示を出していただく方が宜しいかと。雑務は不肖わたくしが処理しご報告申し上げますので。」
「む、そうか?そうだな。そうするとしよう。報告は怠るなよ、アーチャー大佐。」
「肝に命じて。」
足音が消えるまで礼を取っていたアーチャーは、脳内回線を使いウィンリィーの意向を尋ねた。
《ハボックは難民どもと一緒が良いと思う。難民の存在が自由な行動を制限する足枷になるからな。》
《その件は貴方に任せます。せっかく不老不死の、幾らでも替えが利く機械の体を手に入れたのだから、思う存分使って頂戴。ただ、アルの事だけど。》
《アル?》
《貴方の目を通して送られてくる映像に、アル、、アルフォンス・エルリックが映ってたわ。全身鎧の。》
《ああ‥エドワード・エルリックの弟か。》
《そう。彼の居所だけは確定しておいて。》
《承知した。》
《お手並み、楽しみにしています。》
アンドロイド達の行動は迅速かつ的確に行われた。
足止めを目的とした攻撃は線路に集中し、移送列車は直撃を免れてはいたが、機械人間達の威力は凄まじく、直撃を免れてもなお、列車は大破した。
そして同時に、援軍を移送列車に向わせない為とニューオプティンからの退路を断つ為に、ニューオプティン駅は光弾によって破壊されたのだった。
ハボックが最後部車両で難民に揉まれている頃、ヒューズはロイと親交が厚かった事もあり、ハクロ少将の強い意向で先頭車両で士官の監視下に置かれていた。
そして証人としての同行を”アーチャー”によって許可されていたアルは、中央の車両にひとり乗せられていた。
何が起きたか、アーチャーですら見定める事は出来なかった。
大破された列車の鉄塊に押し潰されそうになりながらもなんとか手首を動かし、錬金術で僅かな空間を作り出すと、アルは列車から這い出した。
「こんな‥」
惨状はアルの心を曇らせた。
『とにかく、皆を助けないと。』
ヒューズは前方へ連れていかれた。ハボックは最後尾に拘束されたと聞いた。
先頭へ向ってヒューズを探すか、後方へ行ってハボック達を助けるか
アルが行動に出ようとした前に、黒い影が飛び降りた。
「スカー‥さん?」
いったんニューオプティンを離れたスカーだったが、軍がリオールの難民を拘束しようとしているのを知り、移送列車に潜り込んだのだった。一番人気のない、アルのいる車両の側面に。
「スカーさんが‥やったわけじゃないよね。」
「‥そう言うお前も軍に加担しているわけでは無さそうだな。時間が無い。俺は難民を助ける。」
「あ、ありがとうございます。じゃ、僕は前方車両の人達を‥」
「礼を言われる筋合いも軍人を助けるつもりも無い。」
ハボック少尉を、という言葉を飲みこんで、アルは頭を下げた。
「スカーさんも気をつけて。」
「‥‥‥ 」
そのまま身を翻して走っていく鎧に、スカーは目を細めると、自身も後部車両へ足を速めた。
予め車両後方に集められていた難民は命を落す者はいなかった。しかし重軽傷を負った人々はしゃがみ込み助けを求めるだけで、動こうとはしない。
『次の攻撃が来るかもしれないってのに』
ハボックは舌打ちしながらも難民達を避難させるべく、叱咤激励していた。
「あなたは‥」
「イシュバールの」
「助けて下さい。助けてくれ‥」
急に起こったざわめきにハボックが振りかえると、麻布を服の上に纏ったスカーが立っていた。
「お前はっ」
ハボックが指差すのをスカーは黙殺すると、大声を上げた。
「軍と機械人間捕まる前に、東の砂漠へ逃げるのだ。この国を捨てろ。」
「そんな無茶な!」
「この国がお前達にもたらしてくれる物など、もう何も無い。国に殺されるだけだ。決心して先へ進め。」
ハボックを無視して力強く宣言するスカーに、難民達も顔を見合わせながら頷こうとした。その時。
「逃げてどうするんです?」
せせら笑う声。
「アーチャー大佐?」
現れたアーチャーに身構えるハボックを、スカーは自分の後ろへ引っ張った。
「へ?なんで?」
庇われたハボックがすっとんきょな声を上げ、さらにアーチャーの笑いを誘う。
「馴れ合いですか。まったく人間とはひ弱な生き物だったんですね。それに比べてわたしには最早死の恐怖も無ければ老いへの嘆きも無い。欲しいだけ力を得る事もできる。どうです?素晴らしいでしょう。」
アーチャーはスカーの後の難民達に笑いかけた。
「お前達も望みさえすればこの体が手に入る。国を捨てる事も無く何かに怯えて暮す事も無い、力が手に入るのだ。」
難民達に動揺が走る。
「それもいいだろう。そういう道を自分で選択するのであればな。」
微動だにせずスカーはアーチャーを見据えた。
「だが、お前は人といえるのか?」
アーチャーは飽きれた表情を作って見せた。生きている人と変らない動き。機械とは思えない滑らかに動くアーチャーだが足跡は、生身ではなく機械そのものであるように重く沈んでいた。
「お前は生き物でもない。ただの鉄屑だ。」
アーチャーが無表情になる。
「人として生きたい者はその軍人に従い逃げろ!」
「なんで?」
敵だったスカーに名指しさえたハボックは、半信半疑ながらも辺りを見まわし逃げ道を探る。
「鎧の弟に頼まれただけだ。その期待を裏切るな。」
「なるへそ。オッケ〜任せろ、こっちだ!」
ハボックに導かれ難民達も逃げ始める。
「愚かな。」
攻撃に入ろうとするアーチャーより早く、スカーはアーチャーの懐にいた。
「お前は、鋼の錬金術師よりも焔の錬金術師が率いる隊よりもずっと遅い。」
スカーの機械分解とアーチャーの仕込砲が炸裂する。
爆音を背中で聞きながら、ハボックは逃げるしかない自分に唇を噛んだ。
「ヒューズ中佐ーっ、返事して下さーい!ヒューズ中佐ーぁ」
ガラクタとなった鉄塊の間をアルは懸命に探していた。
「ヒューズ‥」
血が滴れ落ちる潰れた車両を見つけ、アルは拳を握ると意を決して覆い被さっている鉄板を慎重に取り除く。
呻き声。まだ息は合って。アルは治療の錬金術を習得し得ていない自分を悔やみながら、止血・応急手当を施して、下敷きになっていた士官達を外に出した。
「皆さんしっかりして下さい。」
声をかけながらさらに車両の奥へ進むと、ヒューズはそこにいた。
「ヒューズ中佐!」
「‥‥、よぉ、アルか‥」
「しっかりしてっ」
幸いヒューズは腰から下を挟まれているだけで、頭から出血はしていても意識も呼吸もしっかりしていた。
アルはヒューズに覆い被さる鉄塊の下に手を入れる。
「痛かったら言ってください。」
「はは、痛くはねぇな、不味い事に‥」
「え?」
「いや‥それより他のヤツらは?ハボック少尉や難民達は?」
鉄塊をひとつ取り除いても、まだ足首の辺りが別の鉄板に挟まれていて、アルはいったんヒューズに出来る限りの手当てをすると、次の破片に手を差し込みながら言葉を紡いだ。
「ハボック‥リオールの人達はスカーさんが助けに行ってます。」
「スカー‥ぁ?アイツか‥そりゃまた‥助かるって言うか、ロイ違錬金術師がいなくて幸いというか‥」
「ホント、そうですね。‥ヒューズ中佐?」
隙間が出来てもヒューズは動かなかった。動けなかった。
「悪ぃ。どうやら下半身、イカレちまったようだ。引っ張り出してくれるか。」
「はい‥」
両手を上げるヒューズの脇に手を入れ引っ張り出したアルの背後から声がかかる。
「脊椎を損傷したのね。」
「ウィンリィ!」
振り向いたアルの声は憤りとそれより大きい悲しみに彩られていた。
「君が、君がこんな事したの!?」
「今の医療では。たとえ錬金術を用いたとしても、治す事は出来ない。機械鎧を付けて日常を取り戻したとしても、天候や気温で装着部は疼くでしょう。」
自分の背を支える鎧がかすかに軋むのを、ヒューズは感じた。
ウィンリィの言葉。それはエドが負った運命であり、アルが感じる痛み。
「だけど機械の体なら、そんな心配は無い。」
「そうかもな。だが、俺の娘はどう思うだろうな。」
「ヒューズ中佐‥」
「機械の冷たい腕に抱き上げられ、エリシアは喜ぶだろうか、悲しむだろうか。」
ヒューズがウィンリィへ向き直ろうとするのを悟り、アルはヒューズを抱き上げ、負担をかけないよう体の向きを変える。それをウィンリィは静かにに見ていた。
「ヒューズさん。」
「なんだい、ウィンリィちゃん。」
痛みを堪えながらなお笑うヒューズを、ウィンリィは無表情に眺めた。
「今、アルに抱き上げられて、どう思いましたか?」
「ウィンリィ?」
「あんたのアンドロイドと、アルは同じって言うのかい?」
ヒューズが眉を顰めて非難するのにも、ウィンリィは表情を変えなかった。
「ヒューズさんにとっても、エリシアちゃんにとってもそれは変らない、同じ事だと言いたいだけです。」
「どこが同じだ!」
声を荒げたヒューズに、ウィンリィは片眉を上げた。
「生身が全てでは無いって事よ。生きてさえいてくれれば、それ以上望むものは無いって絶望を、何事もなく生きている人も知るべきだわ。機械でもなんでもいい、お父さんとお母さんにイシュバールから帰ってきて欲しかった。もう一度、名前を呼んで欲しかった。それと同じ。ううん、それ以上よ。だってアルは生きてるもの。」
ウィンリィはピタリとヒューズを見据えた。
「だけど生身の人はそれを認めない。だったら!生身である事にどれほどの意味があるの?アルを認めないこの世界にどれほどの正義があるの?この世界がアルを受け入れられないなら、この世界ごと変えればいいのよ。」
これこそが彼女の理由。
「違うよ、ウィンリィ」
ポツリと呟かれたアルの言葉。
「だってウィンリィが幸せじゃないよ。」
「どうして?幸せよ!?アルがいて、機械に囲まれて‥充分じゃない。」
「ウィンリィ、最近鏡を見た?」
アルの言いたい事が分らなくて、ウィンリィは小首を傾げた。
「悲しそうな顔、してるよ!?全然、幸せなんかじゃないよ!」
今日はじめて、ウィンリィの表情が崩れる。
「そんな顔、してないわ。」
「してるよ。今にも泣きそうだよ。」
アルの声も泣きそうだった。
「ラッシュバレーで会った時も、今も。もうずっとウィンリィの笑顔を見ていない。苦しいんだよ!?辛いんだよ。僕の為に、君自身が傷付いてるんだ!なにより君の心を傷付けてるんだよ。そんなの嫌だ。もう止めて。もう誰も、君自身も傷付けないでよッ!」
互いが互いの事を思いながら、近寄る事のできない幼馴染。
ウィンリィの瞳から涙がこぼれるのに、ヒューズは溜息をついた。
「わかった。連れてってくれ。」
「ヒューズ中佐?」
驚くアルにヒューズは笑った。
「俺も、エリシアを抱締めたい。生きて、帰れる道を探してみるさ。アル、心配すんな。」
「ヒューズ中佐!」
「ウィンリィは俺がつれて帰ってやるから。」
「ダメです!中佐。」
ウィンリィが手をあげると、アンドロイドが現れて二人を取り囲んだ。
「殺すわけでも死ぬわけでもない。貴方と同じよ、アル。」
「ダメだ!ウィンリィ、止めて!中佐っ!」
圧倒的な力に抑えつけられ、身動き取れないアルを置いて、ヒューズはアンドロイドに連れていかれた。
「ウィンリィーッ」
血を吐くような叫び。
「大好きよ、アル。」
対してウィンリィは優しく囁いた。
「ウィン、リ‥」
「だから。一緒に来て!?」
アンドロイド達の力が増し、アルの鎧が変形し始める。
「チェストはそのままの状態で!裏側についている血印の形を崩さないように。」
ウィンリィがアルの側に寄ろうと踏み出した時、烈火が彼女のアンドロイド達を瞬焼した。
「アルぅ」
綺麗な涙に飾られたウィンリィの必死の姿。
先までの人形のようなウィンリィではなく、懐かしく美しい少女のままの。
『ウィンリィを泣かせたなんて兄さんが知ったら、殺されそう』
涙なんて無いのに。視界がぼやけるのをアルは感じた。
『戻ってきてよ、ウィンリィ。僕が、償うから‥』
ぼやけた視界。それは高熱による空気の層の歪みによるものだけど。魂の限り腕を伸ばしたアルは、誰かがウィンリィを庇っているのに気付いた。
ウィンリィが必死にこちらへ手を伸ばすのを、一体のアンドロイドが止めている。
『あれは‥?』
確かめる前に、燃上がった炎の壁がアルを包んだ。
機械すら溶解するほどの高熱の炎は、アルに触れる事無くアンドロイド達が退くまで、アルの周りを取り囲んで燃え続けた。
「生きているか?アル」
「大佐‥?」
「また手酷くやられたものだな。」
ウィンリィ嬢に、という言葉は飲みこまれた。
「大佐‥‥」
「?どうした‥泣いて、、いるのか?」
「大佐ッ」
「安心しろ。取敢えず私の炎で対抗できる事も証明されたし」
現実はもっと厳しかったが、ロイは冗談にそれを流した。
今は。
目の前の少年にただ、笑って欲しかった。
「ヒューズ中佐が‥」
「アル?」
「済みませ‥」
ロイは手足を押し潰され、ボディだけになった鎧を、ポンポンと叩き、遠く空を見上げた。
「しばらくお会いしない間に、ずいぶんと積極的になったものですねぇ。子供なのは身長だけで、手は歳以上に早いとは。さすが大佐に国家錬金術師への推薦を受けただけのある」
荷台から下りてきたエドと寄り添うように立つロゼの頭から足先まで眺めた後、ファルマンはうんうんと頷いた。
「下衆な勘ぐりすんな。ロゼは」
エドが答える間も無く、ラッセルが両手を広げて見せる。
「いやも〜道中当てられっぱなしでした。」
「お前も出任せ言うなよ、ラッセル。ロゼもなんか言ってくれよ。」
「わたし‥」
エドと目が合うと、ロゼは頬を赤くして目を反らす。その様子につられてエドの頬も赤くなる。
「何も言わなくても、もうその表情だけで充分ですよ、エドワード君。暗い事件が続いてますから、一段落着いたらお祝いしましょう。」
頭をぽりぽり掻いていたエドは、いつの間にか話が飛躍している事に気付きファルマンに縋りつく。
「違っ、これは‥」
「照れなくても良いですよ。いやぁ若いって良いですねぇ。ウチの隊じゃフラれた話ばかりだから。ははは」
「お前、本気だったのか。へぇ〜。」
「だからお前までノルな、ラッセル。」
ロゼに説明してもらいたいところだが、ロゼは顔を赤らめるだけでこっちまで照れてしまい更なる誤解を招きかねない。
「まぁいいじゃないですか。それより、もう体はいいですか?」
「お、おう!ロゼが看病してくれたおかげで、すっかり元通りだぜ。」
ガッツポーズをとるエドの右腕を、ロゼが掴んだ。
「だめよ、エド。今無理をしたら耳が聞こえなくなっちゃうかもしれないわ。目だって‥」
「大ジョブだって。」
伸びてくるロゼの手を振り解きながら、エドは後退さった。
「そうですねぇ。まだ大佐からの指令がありませんので、臨戦いつでもOK態勢でお休み下さい。お部屋を取っておきますので。」
首を捻った後、ファルマンはにっこり笑った。
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