ファルマン&7月竜
「って、この部屋割りなんだよ!?」
エドがムンクな叫びをするのを、対のベッドに足を投げ出しロゼが笑いながら眺めている。
「部屋が2つしか取れなかったんだから、仕方ないじゃない。」
{勿論、手配に抜かりはありません!}
隣の部屋で壁にコップをつけたまま、ファルマンとラッセルは親指立てて頷きあった。
「組み合わせが問題なんだ!」
「エドはわたしとじゃ嫌なの?」
「いや、そーじゃなくて‥」
「わたしは」
ロゼは伸ばしていた足を床に下ろし、ベッドに腰掛けると、ちょっと寂しそうに笑った。
「エドと一緒で嬉しいんだけど?」
「うっ‥‥ 」
{そこです!もうひと押し。}
{ええ〜い、不甲斐無いヤツめ。女性に告白させるなよ。}
声が洩れるとヤバイので口パクしながら、ラッセルとファルマンは拳を握る。
赤くなりながらも、エドの困った顔に目を伏せると、ロゼは立ち上がって後ろ手に組んだ。
「そうね。わたしも気を遣ってツインを譲って下さるのは嬉しいけど、申し訳無いわ。シングルでも構わないのに‥」
「あ、、いやロゼは、、うん。いいんじゃないか?ツインで。」
「どうして?エドこそこれから頑張らなきゃいけないんだから、良く休める方がいいでしょう!?」
『いや、この組み合わせを仕組んだ時点で、ヤツらに俺を休ませる気なんて無い。』
半眼になったエドに背を向け、ロゼはドアノブに手をかけた。
「ロゼ?」
「部屋替え‥お願いしてきますね。」
「あ、いやその、そんなんじゃなくて‥」
ドアを少し開いたままエドの言葉を待つロゼは心細そうで、エドは前髪をかきあげた。
「いや、いい‥」
「エド?」
「必要無い。」
エドは近付くとロゼの手に右手を重ねてドアを閉めた。
「エド‥?」
「も、寝ようぜ!?それが目的なんだし。」
ボリボリと頭を掻いてベッドに寄ると、エドは上着を脱いでベッドに横たわった。
「エド‥」
嬉しさを滲ませて呟くと、電気を消してロゼはエドのベッドに肘を突いて床に座った。
昼間なのでカーテンを通した淡い光が、ロゼとエドの顔を映し出す。
「エド、わたし‥」
互いの瞳に映る自分を、二人は見つめていた。
{しかし、見えない分想像が膨らみますね。}
洩れ聞こえる会話にナレーションをつけるファルマンに感嘆し、ラッセルが顔を紅潮させる。
{楽観はいけません。現場を抑えなければ。}
すでに目的の変っているファルマンは答えた。
そこへ
RRRR‥rrrr‥RRR
「ちっ、いいところで。ラッセル、君は引き続き会話を書き留めておいて下さい。」
{任せて下さい!}
ノリノリの口パクで答えると、ラッセルは鉛筆を走らせた。
「エドの目に映るわたしは、どんなかな‥」
エドを見つめながら組んだ腕に顔を乗せてロゼは呟いた。
「ロゼは可愛いと思う。そんな顔されたら、守りたいと思うし。腕を組まれたり、その、手が触れたりすれば、ドキドキする‥」
「エド‥‥」
「なんですって!?」
ファルマンの声にラッセルは壁に当てていたコップを取り落とした。隣室でもさっと離れる気配がし、ラッセルは恨めしそうにファルマンを振りかえった。
「大きい声だしちゃ駄目ですよ、ファルマンさん。いいとこだったのに、離れちゃったじゃないですか、エドと彼女!あのままなら行きつくとこまで‥ファルマンさん?」
ファルマンは口元を引き締めながら忙しくメモると受話器を置いた。そのまま足早に隣室のドアを開ける。
「エドワード君!」
エドは上着を羽織ながら
「なんだよ。」
不機嫌そうに答えた。そのすぐ横で、ロゼが髪を耳にかけ直している。照明が落とされカーテンの引かれた部屋では二人の表情は掴めなかった。
『ほんとにホント?マジ〜!?』
ファルマンの付けたナレーションどおりの展開が隣で行われていたのか
ファルマンの後から首だけ覗かせてラッセルが目をパチパチさせエドとロゼを交互に見やる。
「お膳立てのおかげでイイトコだったのによ。」
そんなラッセルにニヤっと笑いながら立ち上がったエドは、ファルマンの表情に眉を顰めた。
「どうし‥」
「移送列車は攻撃され大破、ヒューズ中佐は拉致されたと連絡が。」
「「!」」
ラッセルが確かめようと口を開くより早く、エドはファルマンの胸倉を掴んだ。
「ア‥」
「アルフォンス君は、胴体部を残し、壊されました。」
「嘘だ‥」
「エドワード君、すぐに「嘘だ!ウィンリィがアルを傷付けるわけない!!」
「エドワード君、落ちついて。」
「アルが‥?」
ファルマンに外された手を見つめながら、エドは背を丸めた。
心臓が。飛び出そうだ‥
「おい、エド。顔色が‥。イイトコだったんならお前はもう少し休んで」
言い終る前にラッセルは吹っ飛んだ。
最後の理性で左手で殴ったエドはそれでも荒い息を抑えきれない。
「エド、ラッセルは貴方を心配してっ」
ラッセルの切れた唇にハンカチを当てながら、ロゼがエドを見上げた。しかし、もうエドはロゼの声を聞いていなかった。
『ラッセルの言う通りだ。俺がっこんなトコでのほほんとしている間にっ』
小刻みに震えるエドをロゼが抱いても、エドは気付かなかった。
『アレを、見たかもしれない。傷付いて無い?お前、、泣いてないか?アル。』
「申し訳ありませんが、働いてもらわなきゃいけません。」
ファルマンにメモを渡されると
「望むところだ!」
エドの顔に精気が戻った。
炎は、多くの敵に一度にダメージを与えられ、反撃される確率を減らせるが、金属を溶かすほどの威力を保つ事はよほど下準備しない限りロイにも難しかった。今回は、より人に近付ける為に施された人工皮膚が燃えやすく、またアンドロイドに内蔵されていた武器が熱で暴発し、ロイの炎を助長した事で凌ぐ事がで来たのだ。
鉄塊と化した列車に腰を下ろしたロイは、膝の上に手を組み顎を乗せた。
『先手必勝。敵が防御を厚くする前に打って出るしかないな。』
怪我人を運び出す衛生兵にも気付かず、ただ一点を見つめるロイの背後で咳払いが洩れた。
「宜しいですか?」
肩に置かれた手の重みにロイは瞬きすると、手の主を見上げた。
「アームストロング少佐。」
「攻撃の経緯が分りました。どうやらアーチャー大佐がアンドロイドと内通していたようです。」
「そうか。」
「ご存知でしたか。」
「いや。だが、そう考える方が納得しやすい。もっとも、全てが終わってから気付いても意味無いがな。」
「アーチャーは列車の後尾で破壊されておりました。」
「きっとスカーさんです。」
声に驚いてアームストロングがロイの脇を覗けば、ロイの上着に包まれた鎧の胴体部がちょこんとあった。
「む、アルフォンス・エルリックか?」
ロイはアームストロングを目で制すと、アルを伺った。
「スカーさんが、リオールの人達を助けに行ったんです。」
「するとヤツは今、リオール難民と行動をともにしている事になりますな。」
「おそらくは、ハボックも、な。」
「ハボック少尉も?しかしそれはちと危険では?」
「それより、中央の動きは?」
アームストロングは首を振ると、帽子を被って表情を隠した。
「錬金術師達は大総統秘書が大総統に成り代わり指揮を取る特殊部隊の配下にあります。たとえ将軍と言えども、編制に加わっていないものは情報を得られません。」
「なるほど‥だが、諜報部ならどうだ?」
「ヒューズ中佐級の腕があればあるいは‥、しかし残念ながら中佐は行方不明。他の士官ではとても‥」
「そうか‥‥、残念だが仕方あるまい。では錬金術師達の安全は秘書の‥?」
「ジュリエット・ダグラス、であります。」
「ジュリエット・ダグラス。ミス・ダグラス?」
「さあ、それは‥。それが何か?」
「いや‥」
ロイは立ち上がると、足元のアルを見た。
「今は、まだ‥」
冑の無いアルと視線を合せたようにロイは口元を綻ばせると、ロイも帽子を被った。
「なにも、な‥」
「大佐‥?」
「ところでアルの身柄はどうするか聞いているか?」
「はい‥無事でしたら、特殊部隊の保護に加えるようにと‥。無事とは、言いかねますな。エドワード・エルリックに連絡を?」
「連絡はしてある。問題無い。無事かどうか判断を下すのは、その特殊部隊の輩にだろう。」
ロイが顎をしゃくる先へアームストロングが目をやると、規律正しく前進してくる一団がいた。
「アルフォンス・エルリックの身柄を預かりにきました。」
ビシッと音のするような敬礼に有無言わせぬ言葉を滲ませた特殊部隊派遣隊隊長は、ロイの上着を丁寧に返すと、アルを検分し、搬送シーツにしまうと運び出した。
「お主達、死体じゃ、まして物ではないぞ。」
アームストロングの声にも応じず、部隊はアルを文字通り持ち運ぶ。
「待て!」
ロイの命令に、後尾を努めていた隊長が振り向く。
「アルフォンスが鎧だと知っているのは何故だ?」
この質問は機密には触れなかったようだ。隊長は驚いた後、少し誇らしげに答えた。
「ダグラス士官から聞いております。アルフォンス・エルリックは錬金術のリバウンドの為、体を失い鎧に魂を定着させていると。」
「何の錬金術を失敗したかは聞いているか?」
「いいえ?その‥」
「ああ、いい。大総統のご意志を知りたかっただけなのでな。ご苦労だった。大総統とアルフォンス・エルリックや錬金術師達をよろしく頼む。」
「承知しました。」
「大佐!よろしいのですか!?」
特殊部隊が立ち去ると、アームストロングは真意を確かめるようにロイの顔を覗きこんだ。
「まさか、アルフォンス・エルリックを囮に‥?」
「‥‥‥ 」
無言の肯定に、アームストロングは唸った。
「しかし、エドワード・エルリックが何と言うか、いやそれより、仮にも子供を囮に使うなどっ」
「それだけ大人が不甲斐無いと言う事さ。」
アルの言葉を思い出し、ロイは薄く笑った。
【ウィンリィは僕の為と言った。つまりこの内戦は僕のせいなんだ。】
【つまらん事を言うな!】
ガンッ ロイにしては珍しくアルに手をあげた。
【ウィンリィのせいでは無い、とは言えん。犠牲になった人達の為にもな。だが、ウィンリィを責めるだけでもない。それが国家と言うものだ。そして誰もが自分と社会とを考え、出きる事、妥協する事、思いやる事、守る事。他人と自分を考える事ができる、それが社会の目指すところ‥】
【だからです。】
【!】
【自分に出来る事を僕もしたいんです。】
【子供に働かせる大人は‥】
【ありがとうございます。でも大事の前に大人も子供も無いでしょう。僕にも守りたいものがある。その中にはウィンリィも含まれています。これ以上犠牲を出さない為の選択を、大佐、お願いします!】
アルがなにを望んだか、ロイは口にしなかった。だが、選択せざる負えなかったロイの断腸の勇断は、アームストロングに伝わった。
「むうぅ‥‥‥」
アームストロングが唸るのに、ロイは笑みを和らげた。
「守りたいものの為に戦うそうだ。その守りたいものの中には、君も含まれているぞ、アームストロング少佐。」
「それは光栄、ですが‥‥‥」
「私に出来る事は、作戦を成功させる事。ウィンリィを止め、これ以上の犠牲者を出さず、アルを泣かさない事だ。」
アームストロングは大きく息をついた。
「邪魔させるな、と言いたいところだが、判断と行動はエド本人に任せるさ。」
「よろしいのですかな?」
「エドの邪魔程度で失敗するような作戦は立てんよ。」
「失礼しました。」
ロイとアームストロングは大人の笑みを交すと、其々の役割を果たす為別れた。
エドが交戦場所に着いた時、ロイ達はおろか既に処理班によって死傷者もすべて搬送された後だった。
「くそッ、マジかよ‥アルはどこだ‥大佐は‥?」
だが、人手不足の軍から請け負った民間人による処理班は、上級士官であるロイすら知らないありさま。
過ぎた時間と回復しきれない体調からくる焦燥に、エドは、唯一現場に残され意気消沈気味の下級軍人処理班班長を捕まえ、喧嘩腰に尋ねた。
「だから!鎧の」
バシッ
音とともに顔を抑えてしゃがみ込む金髪少年の真後ろに、ハリセンを持った豪腕の錬金術師を見つけ、処理班班長は慌てて敬礼をした。上流階級を匂わせる物言いと場所を問わず見せる肉体美で目立っていたアームストロングは下士官でも知っていたらしい。
「この大惨事だ。子供が変になっても可笑しくは無い。痛ましい事だ。」
アームストロングの言葉に、班長も深く頷いた。
立ち上がってエドが文句を言おうとするのを、アームストロングは大きい手で塞ぐ。
「この子供はこちらで保護しよう。復旧作業は任せたぞ。」
少佐階級からの期待に顔を紅潮させ俄然やる気を出した班長の前で、アームストロングはエドを脇に抱えると、口を抑えたまま無理やり拉致したのだった。
人気の無い山岳地帯を強行に通り抜け、着いた先がここ、サウスセントラルの下水路。
「これを着ろ。」
差し出されたのは、タオルにゴム製の長ズボン。
「ぬ、大きすぎたか。大佐殿の言われるように子供用にすべき」
「うっせーよ。それより説明してもらおうか、この格好も含めて。」
ズボンの胸当てが肩まで届き、エドは顔を顰めて余った部分を2重に結んだ。
「ここの下水路は臭いからだが?」
「、、、ああ、そうかい。」
口元を引きつらせ、エドは長靴に足を突っ込んみ、口と鼻を覆うようにタオルを顔に巻きつけた。
「それと、なるべく目立たん方がよい。中央指令部を敵に回すとなると、な。」
アームストロングに誘導されながら下水路を進む。
「じゃ、やっぱ軍上層部にホムンクルスの?」
「それははっきりせんが、アルフォンス・エルリックが中央指令部に”保護”されておる。」
「‥え‥‥‥?」
立ち止まったアームストロングの正面にエドが回りこむ。
「どう言う事だよッ。」
「敵が表で動き出したと言う事だ。」
返答はアームストロングからではなく、エドの後から返った。
素晴らしい反応で、エドはロイの胸倉に手を伸ばした。
「どうしてっ、、なんで俺が来るまでアルを!」
「守って欲しかったか?」
不愉快をそうにエドの手を外すと、ロイはエドを見下ろした。これまた防水服にマスクという怪しい出で立ちで。
サウスセントラルはセントラルシティほど下水事業が発達しておらず、停滞気味の汚水が悪臭を放っている。
エドとロイは怒鳴り合いという会話する度、汚臭を吸い込み咽た。
「っの野郎〜っ」
「上司に向ってその口の聞き方はなんだ!」
リゼンブールでの反乱からこちら、疲れもたまっていて、普段なら受け流せる事もつい、受けてしまいまた咽る。それを繰り返す二人の頭に、アームストロングは手を置いた。
「凝りませんな、二人とも。人気の無い場所を選んでもこれでは話が進みません。落ち着いて下さい。」
「‥少佐、その手袋はキレイかね?」
「さて!?ですがこれ以上続けるなら今度はこの服で二人とも抱締めますが?」
「うっ‥‥」
顔を引きつらせ、ロイとエドは黙り込んだ。
アームストロングは頷いて腕を組むとちらりとロイを見、一生懸命髪形を直しているのに咳払いをして代りに作戦を説明する。
「エドワード・エルリック、お主にはヒューズ中佐に代わって諜報活動を行ってもらいたい。大総統府、大総統秘書を探るのだ。アルフォンス・エルリックもそこに囚われておる。」
反発しようとしたエドは、ユースウェルで列車爆破を聞いた時の強拍と後悔を思いだし、言葉を飲み込んだ。
「面の割れている我々だが、負けるわけにはいかん。勝ちに行くぞ、分ってるな!」
ロイの言葉に、ガテン系に身を包んだ面々は頷いた。
「ああ、止めてみせるさ。ウィンリィの為にも。」
エドのセリフにロイは目を細めた。
『兄弟揃って同じ事を言う‥』
それが癪に障るのか、つまらないだけなのか
『護りたいのはお互いで、助けたいのは幼馴染というわけか』
全員が立ち去った後、ロイは地下水路にいたという痕跡を焼きながら娘の為に機械となり果てても生きる道を選んだ友を思った。
『どうせ私には分らんさ‥』
ロイはセントラルへ戻るべくシャワーを探しに街中へと這い出た。
「飛びぬけたアイデアがある、とはどう言う事ですか?キンブリー元少佐!?」
「いやなにね、聞いた話だと機械が人を侵略してるっていうじゃないですか。そいつ等を吹き飛ばす良い方法があるんですがねぇ。」
「爆弾は貴方の専門ですが、一体一体を爆破してもキリがありませんね。それに最初は成功してもすぐに爆弾に練成しに近付く事すら困難になるでしょう。」
ジュリエット・ダグラス秘書官はキンブリーの履歴書を束ねると、机の上でポンポンと叩いて揃えた。
話しは終わりというジュリエットの態度にも、キンブリーは薄く笑っただけで退出しようとしなかった。
「プレゼントをね、するんですよ。とびっきりの、一度で充分な威力を持ちかつ機械達が喜んで巣穴の中心へ持ちこむようなカタチの爆弾を、ね。」
「それは‥ずいぶん魅力的なプレゼントでなければならないでしょうね。」
ジュリエットは受話器を取ると電話をかけた。警備兵に再び軟禁される前にと、キンブリーは一歩前に出る。
「プレゼントの外装は、どんなものが魅力的か分りませんけどね。爆発させる時間でしたらセットできるんですよ。渡した後からの設定変更は無理ですが、渡す前なら何日の何時何分何秒まで、指定可能です。私ならね。」
ジュリエットは受話器に耳をつけながら、目線だけキンブリーに向けた。それにキンブリーはにやっと笑う。
ジュリエットは受話器をそのままに警備兵を呼ぶのではなく、キンブリーの話を復唱すると尋ねた。
「減刑を望んでいるのですか?」
キンブリーは首を振った。
「私はね、ただでっかい花火を上げたいだけなんです。」
ジュリエットとキンブリーの視線がかち合う。
「いかがいたしましょう?」
一呼吸の後ジュリエットの口から洩れた問いはキンブリーに対してではなく、電話の相手に対してだった。警備兵に電話をしたわけではないと知って、キンブリーの眉が上がった。
ジュリエットは静かに受話器を置くと、キンブリーに向かって表情を緩めた。
「大総統からご許可が下りました。プレゼントはこちらで用意しますから、思う存分やって下さい。今から貴方をこの作戦の責任者に任命します。ゾルフ・J・キンブリー中佐。」
昇進を告げられるとキンブリーは笑った。
「花火のご許可を頂きありがとうございます。期待に添えるよう、盛大に花火を打ち上げましょう。」
「用意ができしだいこちらから連絡します。それまで待機していなさい。」
キンブリーが退出するとジュリエットは人払いをし、体を液体に変えるとホムンクルス・スロウスとして水道管から地下へと潜る。セントラルシティの地下に埋もれる幻の街へと。
「面白いヤツもいたものね。」
笑って向えたのはライラだった。気だるげに長椅子に横たわったライラは、白いというより血の気のない顔色をしている。
「ばあさんになったあの体はもう限界だった。だからこの娘の体を手にいれたっていうのに、忌々しい機械どもがっ」
ライラの体を着たダンテの怒りに地下に沈んだ街の大気が震えた。
ダンテはニューオプティンの地下洞窟で、賢者の石を使い自分を探しに来たライラの体を乗っ取った。若いライラの体は活力に富み、次の賢者の石を造るまで十分の時間があるはずだった。
だが、ウィンリィによるニューオプティンへの攻撃の巻き添えをくい、ライラの体は酷く傷ついてしまったのだ。早急に、新たな体を手にいれなければならないほどに。
【賢者の石をひとつ使ってしまったというのに、何て事なの。】
手元に残っている賢者の石はどれも小さく、ダンテの望む永遠の生を・若さを・新しい肉体を得る力を与えてくれるには心許無かった。
取敢えず石の力でライラの肉体を維持してはいるものの、着飾る事はおろか歩く事すらままならない。
【早く新しい肉体と、強い力を持つ賢者の石を手に入れなければ!】
体の目算はついていた。
リオールの街を第二のイシュバールとする為エンヴィーに反乱を命じた。そこで見つけた娘。
【ライラもエルリック兄弟と面識はあったけど、ロゼはライラより彼らにずっと良い印象を与えているようね。】
兄弟がロゼの生存を気にしたり、手を差し伸べたりしたくなる程度には。
プライドから入る軍部でのエドワードの行動や態度から、ダンテはロゼを手に入れるよう、リオールの街に軍を進めた。
だが、ロゼは自分を慕って弟子入りしてきたライラと違い、エルリック兄弟の影響を受け自分を強く持っていた。宥めても脅しても賺しても、ロゼは軍にもホムンクルスにも屈しなかった。
【仕方ない。】
ライラ、無実の罪で投獄されている娘がいるの。これはわたしが作った賢者の石の欠片。これを使って助けてあげて頂戴。
ライラはダンテを疑わなかった。ホムンクルスに援護されているとも知らず、ライラはダンテから教わった錬金術と石の欠片でロゼを逃がしたと信じた。
途中、スカーという余計な者も混ざったけど、ラストの報告からこのイシュバール人も賢者の石を練成できる可能性があると知ったので、ダンテはそのままにしておいた。
石の欠片はロゼに渡すの。ライラにはもっと力のある結晶を造ってあげるわ。
ライラから渡された石をロゼはお守りと身に付けた。それが、自分の潜在意識に暗示をかけるものと知らずに。
暗示はロゼの中で静かに眠っていた。そしてエドワードと再会した時、ロゼの中で暗示が目を覚ました。反対にロゼの意志が眠る。自我を無くしたロゼ操られるままはエドに惹かれて、そしてエドワードを手に入れる為積極的に行動を取った。
『可愛い子。可愛い私の器。褐色の肌と大きい瞳を持つ、若い人形。』
傷付いて、この地下都市に逃れたダンテはもたらされる報告にほくそ笑んだ。
『色白のライラのようには赤い口紅は似合わないだろうが、豊かな胸とヒップのラインはドレスを美しく飾れるだろう。あの娘なら、ホーエンハイムの息子を‥誘惑できるかもしれない‥』
ホーエンハイム・エルリック
かつて、賢者の石を追い求めるあの男に、ダンテは自分をかけた。
錬金術以外には無頓着なホーエンハイムに取り入る為に、ダンテは彼との間に子供まで儲けたのだ。
『最初の賢者の石は、リバウンドで死んだあの男の為に使ってやったというのに。』
ダンテは目を細めてスロウスを、トリシャの姿をしたホムンクルスを見た。
『なのに、ホーエンハイムはわたしとではなく、この女と結婚したのだ。研究を手伝い、一緒に肉体を乗り換えて400年近くもともに過したわたしを捨て、錬金術一つ使えない、賢者の石の価値すら知らないこの女を選んだ‥』
ダンテは暗く笑うと、足を下ろし長椅子に座り直した。
「スロウス、アルフォンス・エルリックの体があるでしょう。機械どもを操っているのはエルリック兄弟の幼馴染。あの子を爆弾にして送りこめば、大打撃を与えられるわ。」
「アル‥フォンスを?」
「あら?気にかかるのかしら?あなたを造りだし、生き地獄を味合わせているあの子達が。」
毒を含んだダンテの物言いに、スロウスは首を振った。髪が乱れて、スロウスの表情を隠す。
「アイツの血を引くガキは、俺がいたぶって殺す!」
横合いからエンヴィーが口を挟むのに、ダンテは冷静に対応する。
「手足をもぎ取られたホーエンハイムの息子が、爆弾となって砕け散るのよ。そうなればエドワードだって悲しむでしょうし、どこかに隠れているホーエンハイムが出てくるかもしれない。」
ホーエンハイムに直接対峙する。それこそがエンヴィーの望だが、だからといってすっきりもしない。
「‥それで、いいのかい!?」
あんたの気は晴れるの?
不貞腐れたエンヴィーの言葉に、ダンテは微笑んだ。
「弟が死ねば、いやもう死んでるようなものね。弟が爆発すれば鋼の錬金術師も死ぬ気で賢者の石を造るでしょう。その石でロゼとなったわたしと、肉親を失ったエドワードは恋をする。」
ピクリとスロウスが動くのも、ダンテは気にすら止めなかった。
「そして今度はわたしの為に、エドワードに賢者の石を造らせる。」
ダンテは血の滴るライラの体で艶然と歩いた。
「ボロボロになるまで、ね。どう?楽しいでしょう!?」
ダンテはスロウスの肩に手を置いた。
「すぐに取りかかりなさい。それからラース。お前はラスト達に連絡して、捕獲してある錬金術師で不要な者を選ばせて。その命も爆弾に使いましょう。あの馬鹿な機械娘に、思い知らせるのよ。わたし達の力を、錬金術の素晴らしさを、ね。」
ダンテは一息つくと長椅子を足元に造り直すと、また横たわった。
「リオールの難民はどうしたのかしら?」
「ラスト達が追ってる。スカーの野郎が匿ってるらしい。」
「大事な材料よ。貴方も探して頂戴、エンヴィー。機械人形の滅亡、大量の命、ロゼ、そして大いなる絶望こそが賢者の石とわたし達の未来を造るのよ。行きなさい!時間が無い。」
「「「‥‥‥」」」
結束されない思いのまま、黒い影は辺りに散った。ダンテはそれらを見送ると、天井へと視線を移した。
「プライド?」
「ここに控えております。」
「爆弾とともに軍を進行させなさい。たくさんの血が必要よ。」
「御意。ちょうど抜きん出た錬金術の才能を持ちながら我等の邪魔をしている、焔の錬金術師率いる部隊と融通の利かない諜報部がセントラルに居ります。幸い、焔も豪腕もここには居りません。ヤツらも爆弾の御供につけましょう。」
「抜かりの無いようにね。失敗は許されないわ。」
「肝に命じて。」
ホムンクルスの気配が全て消えると、ダンテは力強く立ち上がった。
先ほどとは打って変った足取りで、緋色のカーテンに隠された小部屋をサッと開いた。
「どう思う?イズミ。」
「貴女は、貴女という人は‥」
祭壇上になった小部屋にイズミが貼りつけられていた。
イズミが括り付けられている板には細い溝が掘られていて、イズミの血が細くそれを伝って足元にあるツボへと流れている。
「人は肉体と精神と魂から成る。肉体のエネルギーが足りないのなら、別の肉体からエネルギーを補うのが一番簡単。賢者の石の欠片で充分。ただ、補うだけで元には戻せないのが難点だけどね。」
咳き込んだイズミの口元からも血が滴る。
「お前も、わたしに付いてくれれば良かったのに。」
「わたしはっ、貴女のようにはならない。あの子達も。」
「あの子達?ああ、エルリック兄弟。そうね、ホーエンハイムの息子がお前に弟子入りしたのは驚いたけど、結局あの子達もわたしの錬金術を受け継いだのよ。」
「違う!」
イズミの否定に、ダンテは不快そうに眉を顰めた。
「あの子達は自分の足で答えを見つける。自分達の答えを。自分達の未来を。」
支えきれず首を垂れながらも、視線だけは上げて自分を見つめるかつての弟子をダンテは睨め付けた。
「なんとでも言うが良い。お前はわたしとここで結果を見届けるしかないのだから。ロゼの体を手に入れ、エドワードと恋を語りながら、賢者の石の次の材料はダブリスを使ってやるよ、イズミ。お前の夫も、お前の見せも町も。欠片の残さず使ってあげる。待っておいで。」
ダンテが去り暗闇に取り残されながら、イズミは身を捩り体を伝う血で貼りつけられている板に練成陣を描く。背中側、見えない場所に描く陣は上手く書けてるか分らない。
『錬金術が発動できれば上手く書けた証拠。これくらい、修行時代思えば。』
だから。
イズミは愛しい愛弟子達に笑いかける。
『お前達も、負けるんじゃないよ。』
そして胸に去来するシグへも、イズミは不敵に笑った。
『あんた、わたしは帰るから、あんたに約束したから。諦めないから!見ていて。』
「おい、、ちょっとぉ、、、だからさぁ‥」
無言のスカーの後を追いながら、ハボックは深く溜息をついた。ニューオプティンから東の砂漠へリオールの難民を隠すと、スカーは一路セントラルへ引き返した。別に身を隠しているわけでもないのだが、不思議と誰もスカーを見咎めず、ハボックも妙な安心感を感じていた。
『ま、俺の尾行を振り切らないだけ協力的と言うべきかな。』
ああ、でも とハボックは煙草に火をつけた。
「早く来て下さ〜い、大佐ぁ〜〜っ」
「国家錬金術師が来たら、誰であろうと消すぞ。」
スカーは振り向くと、ハボックのくわえ煙草を摘み取り、地面に捨てると踏み消した。
「はい、、、、」
ハボックが神妙・微妙に目を瞑るのも見ず、スカーはすたすたと歩いていく。
『ひぃ〜』
ハボックは慌てて後を追った。
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