「自ら付いていく、と言うのですか、キンブリー中佐?」
「勿論です!」
事務的な表情を変えないジュリエットに構わず、キンブリーはくすくすと笑った。
「人は産まれて、野菜や家畜や他の生き物の命を消費して、死んでいくだけだ。何も残せない、破壊するだけの人間なんて虚しいですよ。だから花火にするんです。せめて美しく、ね。」
「結構。では、宜しくお願いします。」
ジュリエットはアルをキンブリーの前に差し出した。
「この子は、機械化を目論むウィンリィ・ロックベルの幼馴染です。ラッシュバレーでの報告からすると最重要人物です。幸い鎧なので、直接爆弾か出来るでしょう。あとはこの子をロックベルの元へ送るだけ‥なんです?キンブリー中佐!?」
ヘェ〜と口笛を吹いて見せたキンブリーにジュリエットは顔を上げた。
「いえね。ダブラス秘書官が壊れた鎧をつかまえて、この子、なんていうもんでね。」
ジュリエットはすぅっと目を細める。それにキンブリーはニタリと笑った。
「い〜手触りだ。」
キンブリーはアルに手を這わせると、頬を摺り寄せ、持ち上げた。
「とびっきりの爆弾を作れそうだ。」
キンブリーはジュリエットの言葉を待たず退出する。
「よろしいのですか?」
不安げに伺う士官に、ジュリエットは困った笑いを浮かべながら他の部隊も後に続くよう指示を出す。
鎧のボディを抱締めながら中央指令部特設部署を去っていくキンブリーの後姿を2階の窓から見送りながら、ジュリエットは小さくホムンクルスとなる前の、記憶の断片に残る愛しい息子の名前を呟いた。
『どうしよう‥どうすれば‥』
キンブリーに抱えられアルは悩んでいた。
アンドロイドに押し潰され引き千切れた手足。その隙間に盗聴器を隠してアルはセントラルの、ジュリエット・ダグラスの元へ届けられた。アルを運んだ特殊部隊は、最初こそアルに不安と興味から話しかけたが、アルが一言も返さなかったので、安堵とともに苦笑いしながらただの鎧と荷物扱でセントラルへ向った。おかげでアルは誰に気兼ねする事無く、鎧の篭った声で、道筋を克明にフュリーに伝える事ができた。
『予定通り、ううん、予想以上かな、錬金術師達と同じ場所において貰えたのは』
今頃はヒュリーの手筈でロス達が錬金術師達を救出しているだろう。
『だけど』
このまま爆弾にされるのは困る。いや、爆弾が困るんじゃない。ウィンリィをどう助ければ良いか目途が立たないのが困るのだ。
『僕の罪は重い。兄さんの右手を代価にした罪。ウィンリィを悲しませ、こんな事態を招いた罪。僕の命で償えるとは思わないけど、でも兄さんの右手の価値を無駄には使えない。せめて好転の切っ掛けにしなければ!』
意を決すると、アルはキンブリーに声をかけた。
「あの、キンブリーさん?」
アルの呼びかけにキンブリーの足が止まる。
渡された鎧が敵の幼馴染とどう繋がるのか、キンブリーは半信半疑だった。ジュリエットが無表情に鎧を指して<この子>と当たり前のように言うので、面白くて使う事にしたのだが
「へぇ〜、本当に人間と鎧が幼馴染なのかい?」
キンブリーはセントラル郊外の砂地で足を止めると、鎧を下し自分もしゃがんだ。
「名前は?」
「アルフォンス・エルリックです。」
「エルリック、エルリック‥ああ、天才と噂のエドワード‥?」
「エドワードは僕の兄です。」
「はっはっは、そいつぁいい。鋼の錬金術師の弟が鎧なんてねぇ。もしかして、キメラなのかなぁ!?」
ボディのエッジに指を滑らせながら、キンブリーは繁々とアルを眺めた。
「いいえ!」
アルははっきりと否定した。あやふやにしてはエドに濡れ衣がかかるかもしれない。天才と名を轟かすエドなら、人と鎧から禁忌の物質を練成したと噂されかねないからだ。
「練成に失敗した結果です。」
「お前も錬金術しなの?」
「兄ほどではありませんが、学んではいます。」
「それはそれは。才能とは残酷なものだ。同じ兄弟でも国家錬金術師と人外ではね。」
「それよりキンブリーさん。僕を、爆弾にするんですよね!?」
「ええ、そうです。哀れな境遇を吹き飛ばす他に無いような素晴らしい爆弾にしてあげますよ。あ〜しかし勿体無いなぁ、機械だけにあげるのは。どうせなら鋼の錬金術師にも見せてあげたいもんですねぇ。」
「キンブリーさん!」
アルの声が跳ね上がる。
「じゃあ、兄さんに見えるように、爆発の時間を遅くしてもらえませんか?」
キンブリーは笑いを引っ込めた。
「ち・違います!助かろうとか、そんなんじゃなくて。時間が欲しいんです!」
慌てるアルにキンブリーはフッと笑った。それは今までの浮かれた笑いじゃなく、自信から来る冷えた笑いだった。
「どんなに時間があろうと、誰も私の練成した爆弾を元には戻せませんよ。だから君は助からない。」
キンブリーは膝を立てて座ると、その上に肘を立て頬を両手で支える。
「ただねぇ、時間があれば機械どもが逃げてしまうかもしれないでしょう。それでは美しく仕上らない。かと言って、ギャラリーがいないのも寂しいですしねぇ。」
「キンブリーさんなら。」
ピンチをチャンスに変える為に、アルは言葉を選ぶ。
「機械を壊す爆弾を、また造れるでしょう。鋼の弟、という爆弾は1つしかない。違いますか?」
キンブリーは物憂げにアルを見たが、やがて立ち上がるとアルに足をかけた。材質を確かめるように蹴ってみる。
「まったく。君は面白い。君の言う通り、鋼の錬金術師が驚き、悲しみ、恐れる爆弾にしてあげましょう。爆弾に変える前に祈るぐらいの時間は差し上げますよ!?」
楽しそうなキンブリーに、アルは答えなかった。
『僕には祈るものはない。僕の信じるのは兄さんだ。兄さんや、師匠や大佐や、みんなみんな。そしてウィンリィ。』
練成が終り、そのまま大の字に寝転んだキンブリーの横で、アルは不思議そうに自分を見た。
「あの‥」
「せっかくですから砂鉄で手足を付けてみました。もちろん動かせませんよ。可動式なんて造れませんから。この方がより、哀愁を誘うでしょ!?」
それは例えば服のようなもので、アルの一部ではない。足の形の椅子、手の形の支え、冑の形の帽子をつけられたようなものだった。
「‥キンブリーさん、職人ですね。これでクロスまであったら」
「ああ、なるほど。」
キンブリーは服の上からポケットやらズボンを叩き、思い付いて自分のランニングを脱ぐと、クロスのようにアルの腰部に括りつけた。
『マメな人だ。』
ずいぶん短いクロスを眺め、ため息ついてアルは空を見上げた。
「空‥広いなぁ。ずっとずっと、どこまでも続いてる‥。それは明日も、これからもずっと。ずっとだよね、兄さん‥」
アルは人影に囲まれるまで、空を眺めつづけた。
「空、か‥」
ポツリと洩れた言葉に、ロイは眉を顰めた。
手足の無いアルは中継を途中で止めることは出来ない。従ってキンブリーとの駆け引きもフュリーを通しロイと、アームストロング経由でエドにも届いていた。
エドはアームストロングに錬金術師救出を頼み、受信機を借りうけるとアルの元へと走った。
走って、走って。
エドは足を止めた。
そこを、アル達を追跡していたフュリーに拾われ、更にロイを拾い、車は走る。
「下水路でヘンな菌にでも当ったのか?」
アルがヤバイと言うのに静かなエドに、ロイは不信を拭えない。
「そう言えば、昔は良く母さんの目を盗んでアルと親父の本を持ち出し実験したなぁ。沈んでいく夕日を見ながらその日の実験についてとか、錬金術とか、大きくなったらとか‥アルといろんな話をした。」
「おい?」
噛み合わない会話に、ロイがエドに顔を向ける。
「四六時中考えて考えて、思って想ってた時、俺は自分が怖かったよ。アルを壊しちゃうんじゃないかってさ。アルが欲しくて欲しくて、傍に居なければ縛り付けたくなるし、余所見をすればアルの感心を奪ったものを壊し、アルの目を潰したくなる。俺意外見えないように‥」
運転するフュリーが息を飲む。ロイも気付き、フュリーに車を止めるよう、肩を叩いた。
「ガキの頃は良かった。俺のモンだって誰に対しても言えた。でも、今は言えない。俺のモンだって言ったら、俺はアルを殺してしまう‥」
エドは自動車が止まった事にも気付いてないようで、まだ車窓から空を見上げている。
「可愛さ余って憎さ百倍ってさぁ、ホントなんだよね。今も‥たぶんこれからだってずっと時折、奪い取ってしまいたい愛憎に駆られるけど、一歩引いて見ていられるのが一番良いんだ。壊してしまったらアルじゃない、俺のモンならアルじゃないんだ。アルだから、俺は欲しいんだ‥。」
それは自分に言っているのではないと、ロイは気付いた。
「お前はアルの為に人に、この世界に戻してやりたかった。錬金術に未来を持って。」
ロイの言葉にエドはやっと顔を戻し、膝に組んでる自分の手を見た。
「ウィンリィはアルにこの世界を合わせたかった。鎧のアルを人と認めない、珍しい錬金術の成果としか扱えない錬金術を見限って。」
「男と女は違うのかな?ガキの頃からずっとずっと、それこそ四六時中アルを想ってる。昔の俺みたいに。怖くないのかな?壊しちゃったらどうしようってさ‥」
「さあな。私は女性ではないからな。だが壊すというのは‥‥‥‥‥。おい、昔のお前という昔っていつだ?まさか昨日じゃないだろうな!?」
ロイに睨まれ、エドも考え込んだ。
「昨日じゃない。えっと‥‥」
「考えるほど、つい最近って事か!?」
「そりゃ、‥‥アル、俺ンだし‥」
バコ
平手ではたかれ、エドは頭頂を摩る
「大人に成ったと思ったが、ウィンリィと変らんぞ、お前‥」
ロイはふぃ〜と息をついた。
「ヒューズはカミさんを愛している。だからって、それしか考えないわけじゃない。仕事の事、付合いや自分の趣味だって色々ある。ただ、人と限定すればカミさんを考えてるという事になる。それだけでは生きていけないからな。愛しているだけでは相手を幸せには出来ない。女性にとってはそばに居てくれる事だけで十分だと言う人も居るが、現実それでは生きていけない。極端に言えば傍に居れば収入が無く、食べるに困り死ぬ事になるんだからな。愛する人の死は辛い。だから相手に生きて欲しくて、男は家庭を守るべく働くのさ。」
「嘘くせぇけど、それ、分る。」
頼りないのか安心してるのか、微妙なエドの口調に振りかえったフュリーにロイは車を出すよう指示した。エンジンがかかり、振動が座席に伝わってくる。
「アルは俺の傍にいてくれれば、それだけで良い。俺は、アルの為に全てをするから。」
「そう。それが男の我が侭。」
「男の、じゃないぜ!?ウィンリィだってそうだろ!?」
「恋は盲目か‥。ふん、この病の特徴なんだろう。」
「なんだ、大佐は未だ罹ってないのか、ガキだな、あんた。」
ゴンッ
今度は拳固でさすがにエドは頭をおさえた。そのままの姿勢で、真剣な声が響く。
「俺はアルを助けたい。それだけだ。それだけだけど、手伝って、くれるか?」
顔を上げられないエドに、ロイも密やかに笑った。
『病には罹っているさ。臆病なだけだ、私は‥』
エドに答えるように、車はスピードを上げた。
「この先何があろうとも、俺は諦めない。ただひとつの想いを貫くだけだ!」
顔を上げないエドの頭を、ロイは弟に、親友に、仲間にするようにガシガシと撫でた。
「なぁ、アル、、、前からちょっと思ってたんだけど。それ、短くないか?」
爆心に膝を抱えて座るハボックの指差すものに、アルは笑った。
「これでも元に戻ったんだけど。キンブリーさんがしてくれたのはもっとずっと短くて、かえってピッタリフィットしてたくらい。」
「いやいっそ捲れないならその方がいいんだけど‥」
チラッと見ては目をそらすハボックに、アルも自分のクロスを見た。
「へん‥ですか?特に意識した事無いけど」
「へんっていうか、その誰かさん達の行動に支障が出るんでね‥」
「誰かさん?」
「見たの見ないの‥、あ〜いーや、うん。被害さえ及ばなけりゃ‥」
首を捻るアルに、珍しくスカーが答えた。
「他人に被害を与える人物は限られてる。」
「え?‥兄さん?兄さん、僕のクロスの丈、気にしてるの?だったらそう言ってくれれば‥」
「他人には見せたくないけど自分は見たいというか‥、って、アル?誰に言ってるの?」
アルの最後の問いは、自分達に向けて言ったのではないとハボックはようよう気付いた。
「あ、僕、盗聴器付けてるので。たぶん兄さんも聞いてるかと‥」
「!」
エドが聞いてる・エドが聞いてる・エドが聞いてる‥
青くなりながらハボックは更なる嫌な予感を確認する。
「盗聴器って、誰が?」
「大佐に付けてもらったんです。‥あれ?ハボック少尉?ハボック少尉、しっかり!」
白く脱色したハボックを気にかけず、スカーはアルを立たせた。
「歩けるか?」
「はい。スカーさんのおかげです。」
キングブラッドレイによってチョイスされた機械討伐隊軍隊を全く無視し、アルを練成した後のんびりまったり寝そべるキンブリーとアルの元へ、やって来たのはウィンリィではなくスカーだった。
キンブリー達がウィンリィを待ち伏せしていた場所は、リオールからの抜け道にあたり、更にセントラルへも近い為、以前からスカーが軍を滅ぼす練成陣を描いていたのだ。
降って涌いたようなお尋ね者の登場に手持ち無沙汰で困っていた士官達は色めき立ち、手柄を立てようと傷の男のまわりを取り囲んだ。
機は熟していなかったが軍相手に背中を見せるスカーではなく、アルの状況にも天命とスカーは事を構えた。
スカーと離れ岩陰に隠れて様子を伺っていたハボックは
『どーして薮蛇しちゃうのかね、人間てのは‥』
と思いつつ、編制軍に混じるブレダとホークアイを認めると、密かに合図しこちらへ合流させる。
「安全な場所まで逃げるぞ!」
「でも、アルフォンス君が!」
「アルなら大丈夫さ。スカーは、きっとアルを傷付けない‥」
「そんな不確かな事で!」
「言ってる場合じゃねーっしょ。」
ブレダとハボックはホークアイを抱えると、ひたすら走った。
背後から迸る光が3人に迫る。
「「「!」」」
だが、幸いな事に。ぎりぎり光は届かず、収縮していった。静かになった場所に戻ってみると、そこには取って付けたような手足ではなく、しっかりと鎧の姿をしたアルとスカーが珍しく緊張した空気の中にいた。他に人影は無い。
「おい、いったいどうし‥」
問いかけにアルは鎧を震わせた。
「僕は‥こんなっ」
「アル?」
「紅蓮の錬金術師が練成した爆弾を、戻す方法は無い。だから賢者の石にした。」
「え?」
見ればスカーの右腕には刺青が無かった。
「兄から貰った俺の力も、軍人達の命も使い果たした。」
「僕はっ‥」
アルは顔を背けた。
「僕は爆弾で良かった。こんな、誰かを犠牲にするなら‥」
「ちげーな。」
そう呟いたのはブレダだった。
「ブレダ?」
ハボックとホークアイはブレダを見た。
「アルを助ける為に犠牲になったんじゃない。犠牲を生かす為にアルは賢者の石になったんだろ!?」
「そう、そうね。」
ホークアイも頷いた。
「あなたは、犠牲を活かさなければいけないわ。活かすって言うのはね、アルフォンス君。何かをする事だけじゃない。君が後悔しない生き方をする事よ。」
3人に囲まれてアルは言葉に詰った。
「僕は‥」
「頑張んな。」
パンパンと鎧を叩くと、ハボックは去り行こうとするスカーに問いかけた。
「旦那はどうするんだい?もう、国家錬金術師を狩ることはできないんだろ!?」
スカーはチラッとハボックを振り向くと
「リオールの難民を放っておくわけにもいかん。」
「待てよ。あんたももう役立たずなんだろ!?共同戦線張ろうぜ。」
ブレダは叫ぶと
「後を頼む。」
ハボックの肩を叩いてスカーの後を追う。
「しゃーねーな。中尉も行ってください。一般人を守るのが俺達の役目ッスから。」
「しかし、アルフォンス君は‥」
「そうですね。ホークアイ中尉も先程おっしゃいました。賢者の石なら、それを活かさなくちゃ。僕はもう一般人じゃない。そうでしょ、中尉。」
「‥わかったわ。でも約束して。無茶はしないって。」
「俺がさせませんって。」
「よし、任せた!ハボック少尉。じゃあな。」
手を振るブレダにハボックはやっと自分が貧乏籤を引いた事に気付いた。
「あ〜〜〜、会話筒抜けの事かーーーっ」
ピッタリフィット
車内の温度が上がり、フュリーがバックミラーで後部席のふたりをチラッと見る。
「キンブリーって誰だ!するってなんだよ、するってぇーっ」
エドが髪を掻き毟る横で、ロイは口元を抑えた。
「ピッタリフィット‥」
「想像するな!エロ大佐っ」
「馬鹿モン。しないわけにはいかないだろうがッ」
「どうでもいいですが、大人しくしていて下さい。運転できません〜」
「「どうでも良いわけ無いだろう!!」」
後部座席から迫りくる二人の気配にフュリーはハンドルにしがみ付いた。
『ひ〜〜〜』
半泣き状態のフュリーは前方にやっと人影を捉え、大きく息をついた。更にアクセル全開。猛スピードで近寄ると、人影のすぐ脇に車を止める。
「ハボック少尉〜」
「お、フュリーと‥‥‥‥‥、じゃ、俺はこれで」
後部席から降りて来た二人を認めると、ハボックは笑いを張りつけてシュタッと片手を上げた。そうは行かないとばかりにフュリーがハボックにしがみつく。
「離せフュリー、一生のお願い!」
「僕だって困ります〜、引き取って下さ〜い」
「君達は私をなんだと思っているのかね?」
冷ややかな声に二人の動きが止まる。
「アルっ」
エドは三人に目もくれず、アルに近寄った。
「無事か?」
ポイントのクロスに触れようとした瞬間、赤光が瞬く。
「これ‥は‥‥‥」
「聞いてたとおりだろう。爆弾から戻すのに、賢者の石にしたとスカーが‥」
「違う‥こんな‥‥」
「エド‥?」
いぶかしんで近寄ったロイは、エドの震える意味を悟った。
賢者の石。術師の力を増幅すると言う言い伝えに恥じず、アルに近寄るだけで、錬成力がアップするような感覚を、ロイは感じた。
「兄さん?大佐!?」
アルは不安そうに二人を交互に見る。
ロイは、というと。脱色して凍っている。
『アルに触れない・アルに触れない・アルに触れない・アルに‥』
「生殺しッスね。」
固まるロイの肩に、ハボックは哀れみを込めてポンと手を置いた。
そしてエドは‥。自分の手を見つめていた。
このままでは、もうアルに触れない‥
「兄さん?」
『触らずにアルを戻せるだろうか』
「兄さん、僕‥?」
エドはゆっくりと自分の顔を手で被った。
「兄さん‥‥」
「寄るな!」
アル動く気配に、鋭い静止がエドから飛ぶ。ぎょっとしたようにハボックが動きを止め、ロイは眉を顰めた。
「このままでは、俺はもう‥お前に触れない。俺達は寄添う事も出来ない。」
「‥‥僕‥」
「ホムンクルスは門の向うから来る、と言った。門の向うに、世界はあるんだろうか‥?」
「兄さ‥」
いっそ 二人で別の世界へ行こうか 門を開けて
「やって来るって事は、ろくでも無い世界なんじゃないッスかね。」
頭を掻くハボックは、気づいたようにロイの肩から手を下ろした。
「仮に門の向うに世界があるとして、それがひとつとは限るまい。開いた門が、必ず同じ世界に通じる可能性は、現状を覆し、勝利するよりも難しいと思うが!?」
エドは顔から頭へと手を滑らせ、己が髪を梳くと。薄く、笑った。
『自信に満ちた、そしてそれを裏付ける実力を持った兄さんに、僕はこんな顔をさせてる』
アルはギリリと拳を握った。
「兄さん!」
強い、強い口調で呼びかけられ、エドはのろのろとアルに顔を向けた。
「僕達は!まだ、やる事があるよ。」
握った拳を開き、アルは自分の胸をおさえる。
「僕がホントに賢者の石で、錬金術を活性化してしまうのなら、僕はホムンクルスとは戦えない。ラースがいるし、ホムンクルスを操ってる人もきっと錬金術師だろうから‥僕が行っては彼らの力も増して足手纏いになってしまう。」
アルの言葉を、アルの姿を、エドは黙って見つめる。
「兄さんは、母さ、、、ホムンクルスを止めて下さい。」
「‥‥‥、アル」
「僕はウィンリィを、止めます。ウィンリィを助ける、から‥」
多くの意味とひとつの決意が込められた言葉。
拒絶する事も抱きしめる事も出来ず、兄弟はただ見詰め合う。
「‥‥わかった。頼む。」
背を向けたエドに、アルは手を伸ばそうとして
「!」
気配を察して振り返ったエド。
アルは手を引っ込め首を振った。
「ううん、なんでもない。ごめんね、兄さん‥」
こんな状況を引き起こしてごめん
ウィンリィを助けに行くのが僕でゴメン
それから、戻れなかったら‥
「ごめん」
エドは泣きそうな顔で頷いて、笑った。
「ホムンクルスは絶対なんとかする!錬金術師の責任として。」
「うん。兄さんを、僕は誇りに思う。」
「‥‥ごめんな、アル」
こんな兄貴で
お前を鎧にしちまって
お前を守れなくて
『諦めないつもりだった。だけど‥』
どうして世界は俺達に夢見させておいてくれないんだろう
ウィンリィは夢を見てるのか それとも諦めたのか
『俺は疲れたんだろうか 負けたんだろうか‥?』
エドは寂しい色の瞳を伏せ、息を詰めると毅然と顔を上げた。
「アル、愛してるよ。」
「僕もだよ、兄さん。だからそんな顔しないでよ。でないと、兄さんを笑わせるのに今ここで賢者の石を使ったうよ!?僕。」
「アル‥」
笑おうとして、エドは失敗した。
「アルっ」
「‥ホントはね、今すぐ兄さんを抱締めたいよ。大丈夫だってさ、お互いに背中とか叩いて‥」
今度はアルがエドに背を向ける。賢者の石と化した鎧は、耳障りな音を立てずにスムーズに動いた。
「この先ずっと、兄さんに触れないのなら。僕は機械になったって構わない。それで兄さんを守れるのなら、機械で良いよ。そして母さんみたいに兄さんを抱締めてあげる。」
「‥‥バーカ。抱締めるのは俺の方だ!お前は大人しく抱かれていろ。」
エドも背を向け、二人は其々の場所へと歩き出す。
エドを待っていたロイは、フュリーへ頷いた。フュリーも頷いて、車のエンジンをかける。
「ヒューズの気持ちを理解できたか?」
車に乗りこもうとしていたエドは、ロイを振り返った。
「機械の体を選択しても、お前の傍に居たいんだろ!?」
ロイの言葉を理解するにつれ、エドの暗く沈んでいた瞳に光が戻り始める。
「‥‥‥あ」
みるみる頬を上気させるエドの背を押し、ロイは車にエドを押し込んだ。
「とっとと乗れ!言っておくが、アルを機械になんぞさせんし、我々はホムンクルスにも機械にも負けない。更に大事なポイントは、お前を恋の勝者にもさせんという点だ。」
聞いているのかいないのか
優しい表情に戻ったエドを乗せて、車はセントラルへと突っ走った。
一方、アルは故郷であり原点であるリゼンブールへと足を向けながら呟いた。
「愛してるって‥言った?」
エド
返事が欲しい相手ではないのを重々承知で、ハボックはアルの肩を叩いた。
「好きって、、よく言われたけど‥、そうか、愛してるって言ってくれたんだ‥‥」
そこでやっと、アルは気付いたようにハボックを見た。
「少尉、これから先は危ないですよ!?」
ウィンリィを止められるか
助けたい気持ちだけではどうにもならないと、アルは知っている。
「あ〜?気にしない、気にしない。俺、野郎と心中はしねぇタチだから。」
ハボックは両手を伸ばして、う〜んと伸びをすると、気付いたように足を止めた。
「え〜、、リゼンブールまで歩いていくのかな?アルは‥疲れないか、、、、」
ハボックのボヤキにアルは苦笑する。悪意の無い言葉でも時には痛いが、その人柄がそれを救える事も、鎧となってアルは学んだ。
『だけど、良いチャンスかもしれない‥』
ハボックを担いでリゼンブールに向う事は全然問題無いが、ハボックの為にはここで別れた方が良い
「やっぱり少尉は戻られた方が」
「ありゃ?」
アルの言葉をハボックの奇声が遮る。
「こんなトコに子供がいるわ〜。人、住んでんだ。あの子の家に行けば車は駄目でも台車とか足代わりを借りれるかもしれないな。」
ハボックの視線の先に、アルも顔を向けた。
「!」
息を飲むアルに気付かず、ハボックは子供の手を振る。
「お〜い、ボ〜ズ、この辺の子かぁ?」
子供は口を開かなかった。鬱金の瞳で二人を見つめるだけ。
「う〜ん、子供受けは悪くないと思ってたんだが、、、ま、これが女の子なら一発で」
軽口を叩きながら子供に近付いていたハボックは、ドサッという音に後ろを振り向いた。
「アル?」
アルは地面に膝をついていた。
「どうし‥?」
ハボックはアルの元まで引き返すと、項垂れるアルの肩に手を置いた。
「ウィンリィは‥僕をアルフォンスだと認めていないんだ‥!」
「違う!」
鋭い応えに、ハボックは再び子供の方を振り返る。
手配写真で見慣れてしまった少女が、子供の手を引いて立っていた。
「この体なら、誰も貴方を中傷しないわ。錬金術が無くなれば、貴方を珍しい錬製品として扱ったりも出来ない。人も機械も、皆同じ平等の世界になれば!」
「でもウィンリィ、この体でも僕を愛してくれる人はいるんだ!」
「!」
「それに、僕はもう‥元にもその人形にもなれない‥」
「人形‥?」
ハボックはアルを見、子供を見た。
「まさか、、、その子供は」
エドよりやや濃い、goldenrodの髪。瞳は鬱金に翳り、エドより優しい面立ちだが、兄弟と言われれば納得できる容貌。
「そうよ。10歳の頃のアルと寸分の違いもない、アルを模ったアンドロイド。」
自信に満ちたウィンリィの声に、アルは震えた。肩に置いた手から、その震えを感じ取ったハボックは、痛ましげに子供を眺めた。
「あー、、でも。」
コホンと咳払いし、ハボックは場の空気を計った。
「似てるって事は、本物じゃないって事なんじゃないの?」
「そうよ!?器だもの。」
ウィンリィは器用に眉を上げた。
「だったら、鎧でもいーんじゃないの?」
ウィンリィに、暗い蔭が落ちる。
「いつ壊れるか分らない、鎧?」
嘲る言葉とともに浮かべた笑みは作り物のようで、嘲笑というより悲壮感を与えた。
「その機械人形だって、同じじゃねーの?」
ハボックは胸焼けしそうな会話で口に広がる苦味を、煙草で誤魔化す。
「違うわ。」
ウィンリィにやっと人間らしい表情が戻る。
「アンドロイドなら、わたし以外でも直せる。わたしが死んだってアルは生き続けられるのよ。」
ハボックは煙草を取り落とした。
「だけど今のアルの鎧は、エドしか直せない!そんな不安定な器なのよ。」
明日の先の先。
ウィンリィの求めるものは、アルの未来にこそあった。
「お嬢さんは本当に、アルを大事に思ってるんだな。」
ハボックのセリフに、アルは顔を上げた。
「だけどさ。世の中にゃ間違った愛情ってヤツもあるんだよ。愛する人を不幸にしちまうような、な。」
ウィンリィの目が細まる。
「君の言う通りその人形になれば、アルの未来は安泰かもしれないけど、それが幸せとどうして言える?いずれ君もエドも死ぬ。アルは独り取り残される事になるんだぞ。」
「分ってないわね。わたし達も老いて朽ちていく生体を捨てアンドロイドと化せば死は無いの。終末と言う恐怖から解放されるのよ。第一、エドはすでに機械人間じゃない。」
「兄さんは機械じゃない!兄さんの一部を機械が補ってるだけだ。それを一番分ってるのはウィンリィじゃないか。」
アルは這いずるようにウィンリィに叫んだ。
「同じよ!弱い部分を機械で補う、それのどこがいけないの?」
子供の手を離し、ウィンリィもアルに向って叫ぶ。
「どうかな、全てを機械に明け渡してしまったそれを、ヒトと言えるのか?」
「機械だって心があればヒトよ!」
「その心はどうするの?見えない心がどうしてあるって言えるの?」
「あるわ!アルの魂が血印とともにあるように、魂だって機械に必ず吹き込める。だってわたしにこの技術を教えてくれたのはアンドロイドですもの。」
ファルマン&7月竜
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