風邪の処方箋

7月竜

「エド、アル?いつまで寝てるの?遅刻するわよ!?」
階下から聞こえてくる母の声に、エドはもぞもぞと布団をかぶりなおした。
「エド、アル」
足音が階段を上ってくる。そこでエドは、何時もとなにか違う事に気が付いた。
『アル?』
いつもなら1度目の呼び声でアルはベッドから起きあがる。なのに今日は母の足音が聞こえてきてもまだ身動き1つしない。
エドは飛び起きると隣のベッドを覗き込んだ。
「アル?おい、アル」
布団に潜ったまま返事をしない弟を、エドは布団の上から揺すった。その拍子にはみだした右手にエドが触れると同時に子供部屋に扉が開いた。
「母さん、アルがっ」
弟の右手を握ったままエドが泣きそうな声で母を呼んだ。只ならぬ様子を見て取ると、彼女は素早くベッドに近づき布団を捲った。
赤い顔で彼女の大切な息子の一人、アルフォンスが浅い息を繰り返している。額に手を当て眉を顰めると、彼女は急いで階下へ降りていく。もう一人の大切な息子、エドワードを呼ぶのを忘れずに。
「母さん、アルっ…」
「少し熱が高いようね。大丈夫よ、先生に来てもらうから。エドは学校へ行ってきなさい。」
「でもっ」
こんな苦しそうなの見た事が無いと訴えるエドに、彼女は優しく微笑んだ。
「学校へ行って、アルの分もノート取ってきて。後で教えてあげてね、お兄ちゃん!?」
エドは俯くと、朝食の用意がしてあるテーブルについた。それに目を細めて彼女はエドの頭にkissをする。
いい子ね
そういうと体温計と水を持って2階へ上がっていった。
「あら、エド!?」
電話をかけに降りてきた彼女はエドが朝食に手を付けていない事に気付いた。
「アルなら大丈夫よ!?安心して、ね。早く食べないと遅刻…」
口をへの字に曲げ、泣くまいと自分を見上げるエドの目に彼女は言葉を切った。仕方無さそうに笑ってエドの言葉を待つ。
「アルは弟で、僕は兄ちゃんだから。」
優しく頭を撫でられて、エドの瞳から涙が零れ落ちる。
「だから、アルは僕ので」
村で1つの学校へ入学すると同時に、エドは自分を”俺”と呼ぶようになった。アルが僕と言うので兄を強調したかったらしい。それが僕に戻っている。しゃくりあげながら話す内容は支離滅裂だったが、エドにとってアルは自分を後押しする大切な存在のようだった。
止まらなくなった涙にイスから飛び降りるとエドは母のスカートにしがみついた。
「アル、死なないよね?いなくなったりしないよね!?」
「エド……」

父親の不在を母親は子供達の前で嘆いたりはしなかった。でもこっそり、生きているかどうか問い合わせては、その返答に安堵しているのをエドは知っていた。
父が死ぬと言う事。いなくなってしまうと言う事が母にどれほどの恐怖か。
エドは思考の回転が速かったので、すぐに自分にも置き換えてみた。
『僕は…例えば母さんがいなくなったら?』
そんなのは嫌だ!だって想像するだけで凄く、すごくすごく寂しい!悲しい!
『でも…怖いのとはちょっと違うかも…!?』
父さんは母さんのだ。母さんは、僕の…ううん、僕とアルのだ。だからかな?だから悲しいけ ど怖いわけじゃないのかな。
じゃあ僕のは…?
『アルは弟で、僕のだ。アルがいなくなったら、僕はお兄ちゃんじゃなくなる。』
エドの脳裏を、自分の後を必死に追いかけてくるアルがよぎる。待っていてやると嬉しそうにしがみついてくる弟。
『アルがいなくなったら?』
恐怖にエドはその場でしゃがみ込んだ。
わからない、わからない、わからない。アルがいなくなったら、僕はどうなるんだろう
母さんやアルは僕を優しいと言うけど、アルがいるから僕は好きにできるんだ。僕に優しさや 勇気があるなら、それはアルがいるから発揮できるんだ。

エドが自分を見て考えた事を彼女は知り得なかったが、震えてしがみついてくる優しい子をこれ以上説得する事は無理と悟った。
「仕方ないわね。牛乳を飲んだらアルの看病しても良いわ」
エドは鼻と涙でぐしょぐしょの顔をパッと上げた。袖口で顔を拭うとテーブルの上のコップをとり、一瞬顔を顰めた後、一気に飲み干した。
『この手は使えるかも』
苦笑を浮かべたまま彼女はエドに洗面器とタオルを2階へ運ぶように頼み、村でひとりの医者に電話をかけた。

『なんだよ、チクショウ。アル全然楽にならないじゃん』
注射をお尻に打たれた時もほとんど身動きしなかったアルは、今も昏々と眠っている。
『アルぅ、早く目を覚ませよ』
ベッドの横を行ったり着たりしては跪いてアルを覗きこむ。そっとアルに触れては手を引っ込め、額のタオルを水に浸して絞り直しまたのせてやる。その繰り返し。病人には迷惑な行為だが、エドはそれすら思いつけない。
『治ったらまた一緒に本読もうぜ。学校へ行って、ウィンリーとケンカして、錬金して、俺とアルと母さんで、楽しくさぁ。だから早く治れよ』
アルの髪をそっと梳きながら、エドはアルのベッドに頭をのせた。

暖かいものが頬に触れて、エドはうっすら目を開けた。どうやら知らないうちに寝てしまったらしい。
「兄ちゃん」
小さな声にエドはガバッと起き上がった。
「さむい」
途端に聞こえた声に
「ごめん」
慌てて布団を被り直す。どうやら母が気を効かせてアルのベッドに寝かせてくれたらしい。染っても仕方無しとして。
「兄ちゃん、ずっと居てくれたの?」
「あ、うん」
「ありがとう」
「当たり前だろ!?兄ちゃんなんだから」
頬を染めながら鼻をこするエドにアルは今日一番の笑顔をみせた。
「兄ちゃん、大好き」
「うん……、うん。」
ゆっくりと噛み締めるように頷くとエドはまだ熱いアルを引き寄せて目を閉じた。

翌日、医者の残した予防薬のおかげで軽くて済んだものの風邪の染ったエドはアルと仲良くベッドに沈んだ。

朱鷺ハク様から頂いたお題(ありがとうございます)「風邪と看病」その2.子供編。生身の方が書き易いかと思って作ったものの、鎧が捨てきれずその3まで作って仕舞いました(笑)