罪と裁

7月竜

「何見てるの?アル。エドは大丈夫よ!?」
きっかけはウィンリィの言葉だった。
「え?あ、その‥ただ、ぼ〜っと」
慌てて手を振ったがウィンリィに肩を預けてうつ伏せに寝ていたエドが振り向いた。
かち合う、視線。
エドの金色が見透かすように細められた、気がした。


物心つく頃には父さんはもういなかった。だから僕は父さんの顔を覚えていない。
父さんの不在を不思議に思った事はあるけど、寂しいと思った事は無かった。母さんは父さんの代り以上に愛情を注いでくれたし、なにより僕には兄さんがいたからだ。
兄さんは何でも出来た。母さんを笑わせる事も。
僕ときたら兄さんに言われるまで、母さんが父さんの不在を悲しんでいるなんて知りもしなかった。
僕は、兄さんのように才能があるわけじゃない。機転が早くないから、よく見て早く異変を捕え、考える時間を創った。笑わせられないなら、悲しませないように心掛けた。
そうするようにして、やがて僕は気付いた。
兄さんは天才であるけど、努力家でもある事に。
兄さんはたくさんのものを守っている。足手纏いにならないようその背を追いかけているうちに、兄さんが守って為に傷付いてる事も知った。
兄さんはたくさんのものを守って、そして守りたいと思っている。だったら、僕はせめて傷付く兄さんを守ってあげたい。
凡庸な僕が、非凡な兄さんを守りたいなんて、身のほど知らずと思うけど。それでも!
守りたい!と思って。守れるよう願って。願って‥

それがっ。こんな気持ちになる、なんて……。


国家錬金術師となった兄さんには軍属のノルマがある。それ以外にも、その才能や元来情に厚い事もあって、色々依頼がやって来る。
その行動の全てが僕と、秤に掛けられて‥いる。
賢者の石や、人体錬成の情報は兎も角、それ以外の用件は少しでも怪しいと近寄りさえしない。
子供の頃はこんなんじゃ無かった。兄さんはもっと自由だった。
この鎧姿は兄さんを責め、存在は重石となって幸せを蝕んでいる。そんな存在でしかないのに!
これは兄さんに対する裏切りだ!
兄さんを見ていたい気持ちと罪悪感が責めぎ合う日々。兄さんを責める鎧が、僕の表情を、持ってはならない愛情を兄さんから隠してもくれる。
鎧で良かった、なんて‥。一瞬でも思った自分本意で、卑怯な甘えがこの事態を招いた。
【何、見てるの?アル?】
ウィンリィの言葉。無意識にエドを見つめていると言う指摘。
ウィンリィは、そして兄さんも‥気付いただろう。僕の、背徳に。
それ以上は何も言わず兄さんの整備を終えると、一息ついてからウィンリィは帰っていった。兄さんに送られて。
2度、3度。冑を壁にぶつける。でも他に誰もいない家に空しい音が響くだけで、僕は痛みも感じない。
人じゃない、僕。弟というだけの、僕。足を引っ張るだけでしかない、僕‥。
「どうした、アル?」
音を聞きつけて兄さんががかけつけてくる。丁度帰って来たところらしく、少し息を切らしていた。
純粋に僕なんか心配しないで!
心配そうに覗き込む瞳に、僕は自分の醜さを思い知った。


『このままじゃ僕は兄さんをもっと縛り付けてしまうかもしれない。愛情を強制し、答えられない兄さんを悲嘆の淵に落としてしまうかも‥』
答えられるわけが無い。僕達は兄弟なんだから
『ただでさえ兄さんの自由を奪ってるんだ。こんなのッ許されない!許しちゃいけない!

方法は1つ。独立する事だ。正当な理由を探して‥。ゆっくりじゃいけない!早く。未だ引き返せるうちに!

その時鳴った呼び鈴に意識が引き戻され、僕は顔を上げた。時計を見ると夕刻近く。随分考え込んでいたようだった。
『お客さんかな?あいにく兄さんは司令部に出かけてるけど』
ドアの向こう。呼び鈴を鳴らしたのはウィンリィだった。昨日の今日で、僕はウィンリィの顔から視線を落した。
「アル、エド居ないよね。」
「うん。司令部に」
「じゃ、旅に出よ!?」
僕の腕を引っ張り、ウィンリィはきらきら瞳を輝かせながら僕を見上げた。

「どこ、行くの?誰にも言ってないし、書置きもしないで‥皆心配するよ!?」
「あら、書置きはしたわよ。アルと旅行に行きますって。」
「行き先が書いて無かったよ。兄さんやばっちゃん、すっごく」
「おばあちゃんなら心配しないわ。あの手紙で充分よ。エドは」
過剰に心配するわね。そう言ってウィンリィは窓の外に顔を向けた。
僕達は今、列車に乗ってる。飛び乗ったので行き先はまだ確認できてない。
「どこ、行くの?」
「決めてないわ。」
「ウィンリィ‥、君に何かあったら、僕顔向けできないよ。」
「あら、アルが守ってくれれば大丈夫よ。」
大丈夫って、ウィンリィの行動範囲は兄さんとタメ張ってるよ。
僕は大きな溜息を、でも聞こえないようにこっそり吐いた。
「初めてね。」
「え?」
「アルと二人きりで旅するの」
「あ、うん。そうだね。………、ウィンリィ?」
「ん?」
小さい頃から、ウィンリィと兄さんは二人納まるんじゃないかって思ってた。今でも二人は対等で自然で。
「何か、話があるんじゃないの?」
だから僕から水を向ける。ウィンリィに嫌な思いをさせちゃいけない。
「アルは、エドが好きなの?」
ウィンリィは僕に顔を向けると、消え入りそうな笑みを浮かべた。
ストレートなウィンリィ。兄さんとよく似てる。
「ウィンリィ‥‥、僕」
どうしてこんな声しか出ないんだろう。
全てを悟ったようにウィンリィは俯いた。膝の上で組まれている小さい白い手が幽かに震えていて、僕は兄さんを支えてるその美しい手をとった。
「兄弟だもの、好きに決まってるじゃないか。それだけだよ。」
今度ははっきりと、言った。その僕の手に雫が落ちる。美しい、宝水。
「ウィンリィ、僕さ、少し、旅に出ようと思うんだ。丁度いいからこのまま行くよ。君は次の駅で引き返して。兄さんが司令部から帰ってきたら、この事、伝えて、ね!?」
イスを蹴ってウィンリィが僕に抱き付いた。
「アル…」
震えるウィンリィの髪を僕は撫でた。きっと、こんな事はもう二度と出来ないだろうから。


ウィンリィは引き返した。列車の行き先は、もうどうでも良かった。
当て等無い。
希望も‥、ううん。目標はある。
気持ちに整理をつけること。
列車を乗り換え僕は走り続ける。兄さんに貰った命を!精一杯。
夜更け、国境近くの終点で僕は列車を降りた。田舎で空いっぱいに星が瞬いている。
ちょうどいい丘を見つけ、僕は登った。眠れない僕には昇る朝日は珍しくない。だけど
一日の始りは祈るのに合っていると思う。







「よう」

白んできた空の下。丘に佇んで朝陽を待つアルに掛けられた言葉は

「俺から、逃げたかった?」
「逃げたかったのは、僕の罪から」
アルはゆっくりと朝陽に背を向け、エドを振りかえった。
「裁いてやってもいいぞ、お前の罪。」
朝日を浴びながら、エドは笑っていた。
「だからお前は、俺の罪を裁くといい。」
いつもの自信に満ちた足取りで、エドはアルの側に寄った。
「兄さんの‥罪?」
「お前が俺以外を好きになったら」
エドはアルの目の前に両の手のひらを広げた。

「お前を殺して1つになる方がいいのかな。相手を殺してお前を閉じ込める方がいいのかな」

返事を求めていない問いかけ
「それが兄さんの罪なら」
アルはエドの両手を握り込むとゆっくり降ろした。

「だったら、一生罪は起こらないよ。」








「にしても、どうしてここへ?」
『あー、どうしてウチの弟はこう、現実的なんだ!』
抱き合ってからまだ、10分と経ってないとエドは内心頭を抱えた。
「愛に決まってんだろ。」
我ながらうそ臭いと思ったが、真実を語るわけにはいかない事情がエドにはあった。ウィンリィの作った発信機を、こっそりアルから外す。
「兄さん?」
「えっと、それはっ、ウィンリィが‥」
「ウィンリィが!?…‥…、そう‥」
ウィンリィ‥君は…
アルの中でウィンリィの株が上がっているとも知らず、エドは追及が逸れたのに一息ついた。
『ふぃ〜、せっかく両想いになったってのに、ウィンリィに頼んでお膳立てしてもらったなんてバレたら元の木阿弥だぜ。』


エドがアルを意識したのは、国家錬金術師になると決め、リハビリを始めた頃だった。
それまでのアルは、母が死ぬまでは可愛い弟で、母が死んでからはたった一人の家族だった。それが‥

【だって僕のせいだ!僕が止めていたら兄さんは足を失う事は無かった。】
右腕を自分のせいだとアルが嘆くのは、アルを失いたくない俺の我が侭だったから間違ってるわけだど、まぁ言い分は通ってる。
だけど左足が何故アルのせいになる?
人体錬成を言い出したのは俺の方で、アルは止めようとする素振りだってあったのに。
止める!?
今なら人体錬成の意味は分るけど、あの時は知らないどころか出来ると思い込んでいた。アルも、可能性を信じたから無理には止めなかったはずだ。
信じたのに何故、止めようとした?
【もう、離れたくないから】
あの言葉は、分解されている間や、俺が死線をさ迷って、病室の外に独り待っていた事だけじゃなく‥
母さんの死をも意味していたのか
全てがパズルのように組み立っていく。
母の葬式の日、寒いから、お腹が空いたから帰ろうと言った弟。勿論アル自身もだけど、それは集中し出したら自分の事さえ省みないエドを思考の海から連れ戻す為だったと。
大事な人を失わないように。自分の我が侭だと主張する事で、それを相手に負担に思わせないように。
『バカなヤツ』
不器用でバカ正直で、俺をずっと支えてくれてた弟。
いや、弟なんかじゃない!アルだから俺を支えてくれたんだ。俺が弟だったら、喩え兄弟でも自分を隠してこんなふうに支え続ける事は出来ない。
直向に自分を慕い、支えてくれる相手を好きになってなにが可笑しい?
以来ずっと、エドは片想いと戦ってきた。
待って、待って。待ち望んでやっと訪れた転機。
アルが俺を視線で追ってる。自分を見ては深刻に悩んでいるようだった。
片想い期間の長さは伊達じゃない。
『時間をかけて、アルが俺を好きになるよう努力してきたが、そろそろ潮時だ。これ以上時間をかけると気の迷いとか、身を引くとかバカな考えに向かうかもしれない。アルが俺を慕っていることは絶対だ。だったら!少し背中を押してやればいい。引き返せないよう、俺の方へ。』

【幾ら払ってくれるの?】
【幾らって‥】
【あんたの考えなんて見え見えよ。本当なら可愛いアルをあんたの毒牙になんかかけたくないのよ!】
【どう言う意味だよ。】
【そのままの意味よ。で?幾ら?国家錬金術師って支給金破格なんでしょ!?】

『あのガメツイめかキチめ〜。アルと小旅行までしやがってッ』
ガチャンと金属音が響いて、エドは意識を戻した。
『ま、いいか。晴れてアルと両想いになれたわけだしV』
自分の手の中には、欲してやまなかった者がいる。
しかしエドは知る由も無い。
ウィンリィがちゃっかり自分の高感度アップも仕組んでいたと。帰れば軍部の横槍も待っていることを。

絆は繰り返す事で強くなる
       幾多の障害を打ち砕き

                   
掴め!  

                      未来を!!

なほ様リクエスト及び掲載許可をありがとうございました謹んで、なほ様に捧げますなのに、こんなブツで済みません。(滝汗)
なほ様、からの9876番リクエスト。エドから離れようとするアル=B少しは近付けたでしょうか。離れるという事よりも、恋の自覚、恋の始りな話ですが、せっかく頂いたお題なので、なるべく書いた事の無い場面にしたかったのですが‥
いや〜、それがいらぬ考えですね(爆)。
エドに「よお」って言わせたかったのと、恋敵を殺すか、恋人を殺すか。どっち選ぶのかなぁって思ったんです(^-^;)。どっち、選びますか?2004/04/19