苦しい

くるしいくるしいくるしい




どうして俺は

人間じゃないんだろう











      vampire
                             吸 血 鬼  A













太陽が昇り、沈み、また長い夜が来た。




丘の上にある、小さな空き家の屋根の上。

俺はいつものように、少し錆びたランプを隣に置き、寝ころんでいた。





今夜も、彼女はいつもどおりここへとやってくるだろう。

でもきっと、彼女と会うのもこれが最後。






そして。

俺と過ごした記憶も、全て消え去ってゆく。

彼女の中から俺の存在は消されてしまう。



出来れば俺との記憶を、彼女に忘れないで欲しい。

でも、それは無理なことであって。








同じ時を過ごせない、吸血鬼と人間。

彼女にとっての10年は、俺にとっての1年ほどにしかすぎない。



そして一番の違い。

人間の記憶は、吸血鬼と接触した部分だけきれいさっぱりと自然に抜け落ちる。

これだった。




俺には、全ての記憶が残っていたとしても。

それは、俺だけの記憶。


一生の孤独。














「これでよかったんだよな。」

夜空を見上げながら、独りぽつりと呟いた。



星達は昨日と変わらず輝くだけで。

俺の気持ちには答えてくれなかった。

















トコトコン。トトン。

梯子を登る足音が聞こえた。



トトトン。トン。

でも、いつもと何かが違う。



気のせいだろうか。

荒々しい足音のような。







屋根から顔を出した彼女は、やっぱりいつもと違っていた。




不安そうな表情。

震える唇。

瞳いっぱいに溜めた涙。






おかしい。

いつもと様子が違う。








彼女は、俺が屋根に居るのを確認すると、小走りで走り出す。



途端、彼女の身体は宙を浮いた。

きっと屋根の小さな段差に躓いたんだろう。


急いで俺は、両腕で彼女の身体を抱きかかえる形で受け止めた。





あぁ。

走るのは危ないと言ったのに。






「危ないじゃないか。」

「ご、ごめんなさい。」



抱きとめた彼女の身体は、小刻みに震えていた。





一体何があったんだ。

そう聞こうとするよりも早く。


彼女の震えた唇から出た言葉は、俺を殺した。
















「私、明日結婚するの。」














いつか来ると思ってた。


だって彼女は、仮にもお姫サマサマ。

結婚が突然だなんて、珍しいことでもない。






「昨日、お父様から急に伝えられて。もう、私どうしたらいいのか。」

知らない人とすぐに結婚だなんて、と彼女は俺の胸の中で涙を流す。









胸の中の彼女を抱きしめてやろうにも、固まった俺の身体は動かない。

まるで蝋人形のように。









嫌だ。

彼女が知らない奴なんかと結婚してしまうのは。


出来れば俺の傍にずっと居て欲しい。

居て欲しい・・・・・けれど。






俺にはどうすることも出来ない。







「・・・そう。おめでとう。」

今の俺には、それしか言えなかった。




俺の言葉を聞いて、胸の中から顔を上げた彼女。

「類は・・・そう思っているの?」

彼女の瞳から、さらに大粒の涙が溢れる。





俺は、そんな顔をさせたい訳じゃなかった。

ただ、彼女の幸せを願っただけで。





たとえ、彼女と一緒に時を過ごしたとしても。

俺と彼女の生きる時間は、違う。

一緒になんていられない。



たとえ、それで幸せだと感じたとしても。

その幸せなど、一瞬の幻にしかすぎないのだから。










「私は・・・私は、類が好...」




抱きしめた。



彼女の言葉が聞こえないようにしたのか。

それとも、彼女を抱きしめてやりたかったのか。



自分でも分からなかった。







胸の中に収まった、暖かい彼女の身体。

ただただ、愛しさだけが増していってしまうのが真実。




けれど、余韻に浸っている場合ではない。

早く、あのことを彼女に伝えなければ。


ぐっと、拳を握りしめた。

大きく息を吸うと、俺は喉に詰まらせていた言葉を吐き出した。





「俺は、明日この街を出る。」




胸の中で彼女が固まったのが分かった。

それでも俺は、話し続ける。






「どうか、幸せに、なって。」

途切れ途切れにしか言えなかったけれど。

俺の本当の気持ち。


それだけ最後に、伝えたかった。







強引に自分の胸から彼女を引き剥がすと、俺は屋根から飛び降りる。



「待って!!行かないで、類!!」

呼び止める彼女の声が聞こえる。


でも、もう振り返ってはいけない。

今ここで振り返ってしまったら。

取り返しの付かない事になってしまう。





屋根を降りる途中。

ひらひらとマントが踊る。

帽子も飛ばないように注意を払いながら、片手で押さえて。





足が無事地面に着いているのを確認すると、闇の中へと消え去ろうとした。



「明日この時間に、街の教会で待ってるから。
 きっと、貴方が迎えに来てくれるのを待ってるから。」




最後の最後に、そう彼女が言ったのが耳に届いた。




一瞬振り返ってしまいそうになったけど。

俺は、振り払うように思いっきり走った。














・・・・人間の女を愛することなど、決して許されないこと。




ぐっと込み上がる気持ちを抑え、闇へと溶け込んだ。









←@   
       B→




05/11/1


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第二話目。これまた微妙なトコで次回に続く〜。

焦らせたい訳じゃないんですヨォ^^;