ヘイヘイ。ちょっと待ちなよ、お嬢さん
vampireBは、危険度が高いです。
血がお嫌いな方、悲哀がお嫌いな方
は、どうかどうかバックプリーズ。
それでも、パンドラの箱の如く、勇気がある方はお進みください。
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生まれ変わった次の世にも
また彼女と出逢えるだろうか
いつになるか分からないけれど
その時は人間として
君の傍に居たい
vampire
吸 血 鬼 B
つくし姫と隣町の王子との結婚式当日の夜。
街の中は、いつも以上にざわついていた。
カラフルに光り照らされた街並み。
人々の溢れる笑顔。
美味しそうに盛られた豪華な料理。
お姫様の結婚式ということで、たくさんの人が多忙に動き回っていた。
***
なんて、白いドレス。
大きな鏡の前に立った私は、ただ自分自身を見つめるしかなかった。
小さい頃、あれほど憧れていたウエディングドレス。
やっと念願叶って着ることが出来たのに。
・・・なのに、ちっとも嬉しくないのは何故。
華やかなドレスとは対象に、私の心は沈んでゆく。
白すぎる私は、本当に無力。
私には、どうすることも出来ない。
大きな鏡の前を離れ、ベランダに近づき、風に当たる。
そよそよと吹く風は、ドレスを踊らせて。
ますます私の心を冷えさせてゆく。
ぼーっと何も考えずに景色を眺めていると、あることに気が付いた。
遠くの丘の上にある、小さな家。
このベランダから、握り拳ほどに彼との思い出の家が見えた。
今、彼はどうしているのだろう。
もう、この街を出て行ってしまったのかしら。
せめて最後にもう一度だけ、逢いたかった。
少し目頭が熱くなるのを感じた。
きっと、冷たい風が目に滲みたんだわ。
「つくし様、新郎様がお待ちですわ。」
扉が開かれたと共に、私は急いで涙を拭った。
いけない。
今日は、お目出度い結婚式だもの。
涙を見せてはいけない。
私の変化に気が付いたのだろうか。
「どうかなされましたか?」
「いいえ。何でもありません。」
メイドは、不安そうに私に尋ねてきたが、偽りの笑顔で誤魔化した。
重りを繋がれたように重い足。
残酷にも美しい純白のドレス。
全てを抱えながら、私はメイドに連れられ部屋を出た。
***
結婚式は、私の思いとは裏腹に淡々と進んでいく。
そして、とうとうこの時が来てしまった。
「誓いの言葉。」
周りがシン、と静かになったのが分かった。
でも今の私には、まるでそれは。
・・・・死刑宣告。
隣の私の結婚相手になる人がゆっくりと読みあげる。
ちらりと隣の彼を盗み見する。
優しそうな人。
背も高くって、表情も凛々しくって、申し分ない。
きっと結婚したら、幸せな生活が待っているのだろう。
経済的な安定も約束される。
何不自由ない人生。
・・・・・・デモソレデ、ワタシハシアワセ?
「新婦、誓いの言葉。」
ついに私の番。
もう逃げられない。
それでも、震える唇をこじ開けた。
喉がカラカラとしていて、痛かった。
「私つくしは妻となり、生涯変わることなく愛し続けることを・・・」
さようなら。
私の愛する人。
そう心の中で呟いた時だった。
耳を劈くような甲高い悲鳴が、遠くで聞こえた。
その突然の悲鳴に、周りの人々がざわつき始める。
ある人は、一体何だろう、と顔を見合わせたり。
またある人は、窓から外の様子を窺ってみたり。
とりあえず、結婚式どころではなくなってしまった。
なに。
なにが起こったの。
周囲と同じく、私も今の状況を把握出来ていなかった。
ふと、心の奥底に小さな想いが浮き上がった。
もしかして。
もしかすると。
・・・・いいえ。ありえないわ。
だって彼は、もうここに居ないんだもの。
なんだかそう思うと、周囲とはまるで逆に冷静になっていた。
外で何が起きたか知らないけれど、きっと私には関係ないのだから。
そう自分に言い聞かせた時。
「つくし!!」
私を呼ぶ声と共に、教会の大きな扉が勢いよく開いた。
今度は教会中に悲鳴がわき起こった。
でも、もう私にはそんなものなんて聞こえない。
ああ。私は夢でも見ているのかしら。
大きく開かれた扉の前に立っていたのは・・・・・。
いつもの黒いマントと帽子を被った、あの人。
片手には、大きな花束を持って。
つかつかとバージンロードを歩き、真っ白に染まった私の前まで来る彼。
「迎えに来た。」
そう一言微笑みながら言うと、彼は固まる周囲を気にもとめず、私に花束を手渡した。
きっと急いで来てくれたのだろう。
花束は花びらが所々散っていたし、茎が折れていたりした。
そして何よりも。
彼の額には、今まで一度も見たことない汗が滲んでいたことが、事実を物語っていた。
「俺と、一緒に行こう。」
私に手を差し伸ばして言った彼は、誰よりも輝いていて。
嬉しくて、本当に嬉しくて、涙が出た。
私、何処まででもついていくわ。
そこが喩え、暗闇の中だって、地獄だって。
彼の傍に居られるだけで、私は幸せなの。
「うん。」
迷わず彼の手を握ろうとした、その時だった。
パァァン。
パァン。パン。
鈍い銃声。
それも、一つじゃない。
たくさんの銃声。
先程とは全く違う、たくさんの恐怖の悲鳴。
急な銃声に、周囲の人々は頭を抱えながら地面に伏せた。
銃声の後。
一瞬、蹌踉け膝を落とした彼の身体。
気が付いたら、私のドレスに赤い模様が付いていた。
この、赤い、模様は、何?
「・・る・・い??」
彼の胸や腕、そして脇腹から、赤い液体が流れ出していた。
「姫様、お手を触れてはなりません!」
息をきらせながら彼を追い走ってきた、つくしの護衛達が叫んだ。
手にはたくさんの銃を持って。
そして。
たくさんの銃口が見つめる先は、彼。
どうして、彼を撃つの。
どうして、彼が撃たれなきゃならないの。
「姫様の安全を確保しろ。」
隊長らしき男が命令すると、血を見て放心している私を彼から遠ざけようとした。
「やめて!離して!」
力いっぱい抵抗はするものの、自分よりも大きい数人の男達にかなう訳もなく。
みるみるうちに彼との距離は遠ざかっていった。
「姫様。奴は化け物です。私達の敵なのです。」
意味の分からない言葉を並べる彼らが、許せなかった。
どうして彼が化け物扱いされなければならないの。
「そんなはずないわ。でたらめ言わないで。」
「・・・・つくし。」
撃たれて膝を落としていた彼が、ゆっくりと立ち上がった。
「類・・・・?」
撃たれたはずの彼。
血は流れているものの、倒れる様子がない。
どうして。
「類、動いてはいけないわ。」
私を取り抑えている護衛達に抵抗しながら、彼に呼びかける。
それ以上血を流してしまったら、危険。
死んでしまう。
「大丈夫。俺は、これくらいじゃ死なないから。」
「え・・・?」
それって。
もしかして、あなたは。
「俺は、奴らが言ったとおり化け物なんだ。人間の血で生き存えている吸血鬼。」
信じられなかった。
彼が吸血鬼だなんて。
「そうなのです、姫様。お忘れですか?この街の法律を。」
隊長が私を見つめる。
私の自由を奪っている両脇の護衛達が私に耳元で言った。
「“化け物は捕らえ、直ちに処刑せよ”と決まっています。」
「ましてや、姫様を誑かした奴など生かしてはおけませぬ。」
そんなの知っているわ。
でも、だからなんなの。
吸血鬼だからって理由で、彼が嫌いになるはずない。
「そんなの関係ないわ。」
「そうはいきません。法によって定められているのですから。」
隊長はそう言って、彼を睨み付けた。
「それに、どのみちこのまま放っておくのも危険です。」
「彼をそんな風に悪く言わないで。」
許さないんだから。
彼が吸血鬼だからっていう理由で悪く言うなんて。
「私達は、姫様の安全を、この街の安全を守っているのです。」
どうかご理解下さい、と隊長は小さく言った。
くるりと彼の方を向くと、隊長は右手を挙げる。
同時にたくさんの護衛達が銃を構えた。
やめて。
やめてやめて。
撃たないで。
彼を殺さないで。
「撃てーー!!」
大きな掛け声。
護衛達から発砲される、数え切れないほどの銃弾。
たくさんの小さな鉛が、彼の身体の中に沈み、突き抜けていった。
まるで、スローモーションのようにゆっくりと私の脳裏に焼き付いていく。
私は、このまま黙って見ているしかしかないの?
そんなの、いやよ。
護衛達の一瞬の隙をついて、私を捕らえるたくさんの手を振り払い、私は駆け出した。
「姫様っ!」
私を呼び止める声が聞こえるのも構わずに。
でも。
そんなのどうでもいい。
私は、無我夢中で走った。
「発砲をやめるんだ!」
私に気づいた隊長が叫んだ。
早く。
早く彼の元へ。
隊長が発砲を止めたけれど、もう遅かった。
彼の身体に向かって飛んでいくはずの鉛が、私の身体にも深く沈んでいくのがわかった。
胸に。
腕に。
足に。
もしかしたら、心臓にも当たっているかも知れない。
真っ白な私のドレスは、赤く染まっていく。
じわりじわりと。
激しい痛みと共に、鮮やかで温かい血が流れ出るのを感じた。
それでも、早く。
貴方の元へ。
行きたかった。
「る・・・類。」
私は、倒れ込む彼の身体を抱きしめた。
彼の身体は血でぐっしょりと濡れていた。
そして、身体の至る所には銃弾が潜り込んでいった、たくさんの穴。
ああ。
なんて酷い。
私は、取り返しの付かないことをしてしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
謝って済むことじゃない。
それでも、謝ることしか術を知らない私。
「私があの時、迎えに来てだなんて言ったから・・・。」
なんて愚かなことを。
あんな自分勝手なことを言わなければ。
今頃彼は、こんな目には遭わなかったはずなのに。
彼の胸の中で泣き続けている私に気付いたのだろう。
彼は、私の手をゆっくりと握ると、いつもとは全く違う弱々しい声で、呟いた。
「どうして・・・・・謝るの。」
「だって・・・私のせいで類は・・・。」
「違う。これは俺の意志で来たんだ。つくしは何も悪くない。」
彼の手が、私の頬に触れる。
彼の手は、いつものスベスベとした滑らかな手ではなく、血がこびりついてカサカサとしていた。
現実は、酷く辛いものだった。
近づく彼の顔。
この前とは逆で、今度は彼から。
ゆっくりと口づけをした。
でも、以前とは全く違う、鉄の苦い味。
ほろ苦いなんて優しいものじゃない。
ざらざらとした、お互いの血の味がした。
でも。
なんだか切なくて、恋しくて。
彼の唇を離したくなかった。
出来ればずっとこうしていたかった。
「愛してる、つくし。」
唇を離すと彼は、微笑んで言った。
「そう伝えたかったんだ、ずっと。」
伝えることが出来て良かった、と小さく彼が呟いた。
「私もよ。類を愛してる。」
「ありがとう・・・・・・つくし。」
そう掠れた声で呟いた彼。
それから。
動かなくなった。
瞳は私を見つめ、薄く開いたまま。
頬には、一筋の涙を残して。
表情は、とても穏やかそうで、今にも笑いかけてくれそうなのに。
それでも。
もう、私の名前を呼ぶことは無かった。
いくら彼に触れても、二度とあの温もりは還ってこない。
急に目眩がした。
私も、彼と一緒に横に並ぶように倒れた。
ああ。
きっと血を流しすぎたんだわ。
気が付かないうちに、床に滴るほどの血を流していた。
一緒に横たわっている彼を見る。
待ってて。
今、私も類の元へ行くから。
目を閉じた。
もう、さっきのように顔を歪めるような激痛を感じる事は無かった。
また生まれ変わっても
彼に逢えるかしら
星空の輝く下。
吸血鬼と人間の恋が静かに幕を閉じた。
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05/11/27