平成4年(ワ)第2936号公共下水道設備工事同意等請求事件


平成九年二月一四日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官 山 田 高 久
平成四年(ワ)第二九三六号 公共下水道設備工事同意等請求事件

判     決

        名古屋市守山区大字小幡字北山二七七三番地の◯◯◯
           原       告     翠松園道路対策組合
           右代表者理事長       井   上   敦   夫
           右訴訟代理人弁護士     高   津   建   蔵
           同       右     川   端       浩
        名古屋市中区◯◯◯丁目◯番◯◯号
           被       告     有 限 会 社 ◯ ◯ ◯ ◯
           右代表者取締役       ◯   ◯   ◯   ◯
           右訴訟代理人弁護士     伊   神   喜   弘

主     文

一 被告は、別紙物件目録記載の土地につき、
1 原告が、名古屋市に対し、同市の「私道における公共下水道設置要綱」(昭和六一年四月一日施行)による公共下水道設置申請をし、かつ、これに基づき、別紙図面2記載の下水排水設備工事(側溝及び雨水桝、雨水管、取付管の各設置工事を含む。)をし、その保持、管理をすること、
2 原告が、東邦ガス株式会社に対し、都市ガスの供給設備工事の申込みをし、かつ、これに基づき、別紙図面2記載のガス供給設備工事をし、その保持、管理をすること、
 をそれぞれ承諾せよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。

事     実

第一 当事者の求めた裁判
 一 請求の趣旨
1 被告は、別紙物件目録記載の土地につき、
(一) 原告が名古屋市に対し、名古屋市私道整備要綱(昭和四九年三月一三日制定)による整備工事施工申請及び同市の「私道における公共下水道設置要綱」(昭和六一年四月一日施行)による公共下水道設置申請をし、かつ、これに基づき、別紙図面2記載の道路整備工事及び下水排水設備工事をし、その保持、管理をすること、
(二) 原告が、東邦ガス株式会社に対し、都市ガスの供給設備工事の申込みをし、かつ、これに基づき、別紙図面2記載のガス供給設備工事をし、その保持、管理をすること、
   をそれぞれ承諾せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
 二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 本案の答弁
(一) 原告の請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二 当事者の主張
 一 請求原因
1 原告の当事者能力及び当事者適格について
(一) 原告の当事者能力について
 原告は、昭和三五年一二月、名古屋市守山区(当時は守山市)大字小幡字北山二七七三番地、二七五八番地、二七五七番地、二七六一番地(通称翠松園)内に居住する者(約四四〇世帯)を正組合員、同地内に財産を有するのみで居住しない者を準組合員として発足した団体であり、翠松園地内道路の使用利権の保持及び右に付随する一切の業務を行う団体である。
 原告は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定していることから、権利能力なき社団に該当する。
(二) 原告の当事者適格について
(1) 本訴は、道路に関する使用利権の保持をその設立目的とする原告に対し、地役権者又は囲繞地通行権者である原告組合員が、地役権又は囲繞地通行権に基づく妨害予防請求訴訟ないし妨害排除請求訴訟の提起を委託したものである。
 原告自体は、地役権者又は囲繞地通行権者ではなく、右委託に基づく原告の本訴請求は、いわゆる任意的訴訟担当に該当するけれども、原告の正当な業務目的に適うものであって、任意的訴訟担当として許されるものである。
(2) 本訴において、任意的訴訟担当における権利者本人となるべき者は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)周辺の原告組合員たる住民であるが、具体的には、
1 本件土地を道路として使用する必要のある原告組合員たる住民は、本件土地を承役地とし、その所有する各土地を要役地とする地役権者として、権利者本人に該当する。
2 名古屋市守山区大字小幡字北山二七五八番七五四の土地(以下特に記載しない限り同所の地番のみを表示する。)を所有する早川正俊、二七五八番五一五の土地を所有する坂井正之、及び二七五八番二七一を所有する近藤兼重の三名(以下「本件囲繞地通行権者」という。)が、現に囲繞地通行権を有し、権利者本人に該当する。
2 被告の本件土地所有と旧所有者による地役権の設定
(一) 被告は本件土地を所有している。
(二) 朝倉らによる本件旧土地の分割・分譲と道路敷地を分譲の対象から除外していた事情
(1) 朝倉千代吉(以下「朝倉」という。)及び谷口藤次郎(以下「谷口」という。また、朝倉と谷口を一括して「朝倉ら」という。)は、もと旧守山町大字小幡字北山二七五八番、同所二七七三番の合計約一五万坪の土地二筆(以下「本件旧土地」という。)を共有していたところ、朝倉らは、大正末ころ、本件旧土地を翠松園と称する郊外住宅地として分譲する計画を立て、昭和元年ころ、本件旧土地内に幅員四メートルないし六・五メートルの道路を開設して、分譲地をいずれも右道路に接するように数百筆の土地に分割した。
(2) 本件土地は、右道路敷地として分筆された道路の一部であり、その位置関係及び形態は、およそ別紙図面1のとおりである。
(3) そして朝倉らは、右道路敷地を他人に譲渡することなく共有に残し、完全な道路の形態に整備したまま、昭和二年ころから右分譲地を順次譲渡するに至ったが、その分譲にあたって発行されたパンフレットにも、本件土地を含む道路敷地部分を道路として明示し、分譲土地の購入者がこれを自由に通行できることを明らかにしていた。
(三) 以上の点から、朝倉らは、前記分譲地を売り出すにあたり、購入者のため、本件土地を含む右道路敷地に無期限の通行権を含む無償地役権を明示又は黙示に設定したものというべきである。
(四) 原告組合員の地役権の取得及びその地役権の内容
(1) 右のとおりの分割、分譲の経過により、翠松園に分譲土地を取得して居住する者及びその承継人は、いずれも各自の所有土地を要役地、本件土地を含む前記道路敷地を承役地として、公衆用道路としての使用を目的とする無償、無期限の通行地役権を含む地役権を取得した。
(2) 朝倉らによる前記地役権の設定は、要役地たる分譲地を、近代都市における住宅土地として利用する目的のものであるから、その内容は、単なる通行地役権のみにとどまらず、公道における道路の使用目的と同様に、近代都市の住宅土地に必要不可欠な下水排水設備又は公共下水道に連結するための設備、市道に埋設される上水道、都市ガスの基幹管からの導入管設備(以下「諸設備」という。)の工事をなし得る権利も当然に含まれるというべきである(以下、右の内容の地役権を「本件地役権」という。)。
3 本件各工事の内容と必要性及び被告の承諾を求める必要性
(一) 原告は、組合員たる地役権者の委託に基づき、右の権利内容を実現するため、本件土地についても、名古屋市私道整備要綱(昭和四九年三月一三日制定)による道路整備工事及び私道における公共下水道設置要綱(昭和六一年四月一日施行)による公共下水道設置の各工事と、東邦ガス株式会社の都市ガスの供給工事(以下、右各工事を総称して「本件各工事」という。)をする必要があるとともに、将来にわたりこれを保持、管理する必要がある。
(二) 右各工事内容は、別紙図面2のとおり、翠松園の公道において現に施工中の道路工事の規模と同一の内容であるが、本件各工事の実施及び工事完成後の保持、管理にあたり、名古屋市及び東邦ガス株式会社は、本件土地の所有権を有する被告の承諾を必要としている。
(三) 現在、翠松園内の他の道路につき、舗装、側溝、下水道設備工事及び都市ガス供給設備工事が施工中であり、本件土地の所有者である被告からも、緊急に右承諾を得る必要があるから、予め承諾を求める必要がある。
4 被告による本件地役権行使の妨害ないし妨害のおそれ
(一) 被告の妨害のおそれについて
 被告は、原告の要求する本件各工事及びその保持、管理について反対する意向を表明しているので、本件各工事を実際に施工する際には、本件各工事を妨害するおそれがあるものといわなければならない。
(二) 被告の妨害について
 被告は、現に本訴において、原告からの請求の趣旨記載の承諾要請を拒否していることが明らかであるところ、右行為は、原告の地役権行使若しくは囲繞地通行権の行使としての下水道、ガス等の導管権の行使をも妨害するものと評価できる。
5 囲繞地の通行権に基づく請求
(一) 朝倉らは本件分割後、本件土地を含む道路敷地を除き、その余の土地をそれぞれ譲渡した結果、右分譲地は全て公路に通ぜざる袋地となった。そこで、分譲地の取得者及びその承継人は、囲繞地通行権者として本件土地を含む翠松園内の道路敷地部分を通行しうる権利を取得するに至った。
 その後、右道路敷地のほとんどが公道化されたものの、本件土地については、前記のとおり二七五八番七五四(早川正俊所有)、二七五八番五一五(坂井正之所有)、二七五八番二七一(近藤兼重所有)の各土地が依然として袋地状態にあることから、右の各土地所有者につき囲繞地通行権が発生している。
(二) 右囲繞地通行権についても、単に住民の通行権に止まらず、下水、排水、ガス管の諸設備もまた、現代生活に不可欠であるから、右囲繞地通行権に包含されるというべきである。したがって、囲繞地通行権を含む民法の相隣関係に関する規定及び下水道法一一条の類推適用により、本件各囲繞地通行権者は、被告に対し、諸設備の工事をなすについての同意を求めることができる。
(三) 被告による妨害ないし妨害のおそれ
 請求原因4と同じ。
6 よって、原告は、被告に対し、地役権又は囲繞地通行権に基づき、あるいは民法の相隣関係に関する規定及び下水道法一一条の類推適用により、妨害予防請求権又は妨害排除請求権の行使として、請求の趣旨のとおりの承諾を求める。
 二 請求原因に対する認否・反論
1 請求原因1の事実のうち、(一)は知らない。(二)は争う。
 原告の主張する通行地役権等の権利主体は、個々の要役地所有者若しくは袋地の所有者であって、原告は右権利主体にはなりえない。すなわち、任意的訴訟担当は、例えば組合の業務執行組合員が自己の名で組合財産に関する訴訟を遂行する場合などを指すのであって、本件のように個々の組合員が個別に保有する個々の権利を原告が包括して訴訟担当する場合まで認められるべきではない。
2 請求原因2(一)の事実は認める。
 同2(二)の事実は不知。同2(三)の事実は争い、同2(四)の事実は否認する。
 右2(四)については、原告の主張する地役権の設定が昭和二年頃というのであれば、右当時においては未だ近代的な諸設備は存在しなかったのであるから、右設定内容に原告の主張するような諸設備を含むものとは解しえない。
 また、本質的にも民法上の通行地役権には、原告の求める諸設備を設置する権利は含まれていない。
 更に、個々の地役権者の通行のために、原告組合構成員全員の用に供する諸設備を設置する内容が含まれることはありえない。
3 請求原因3の事実については否認する。
 本件土地を道路として使用しなければならない必要性は、その位置関係からしても全く認められない。
 また、下水を翠松園の域外に排水するについては、原告組合員所有の土地に下水道管を埋設することが技術的に十分可能なはずであるから、原告組合員所有の土地を利用すればよい。
 更に、妨害予防請求権には、原告組合員の地役権等の行使を妨害すべき一定の行為の排除を求めることは含まれるとしても、本訴において原告の主張する承諾の意思表示を求める権利まで含むものではない。
4 請求原因5の事実のうち、(一)については、本件土地について、原告主張の袋地がある事実は否認する。
 同5の(二)の事実については否認する。
 囲繞地通行権は、袋地から公道に通ずるための権利であり、原告の主張する諸設備を設置する権利まで含まれるものではない。
 更に、個々の囲繞地通行権者の通行のために、原告組合構成員全員の用に供する設備を設置する内容が含まれることはありえない。
三 抗弁(対抗要件の主張)
 仮に請求原因2の本件地役権が認められるとしても、原告組合員らが本件地役権につき対抗要件を具備するまでは、本件地役権取得を認めない。
 四 再抗弁(背信的悪意者ないし権利濫用)
1 本件土地取得時に◯◯◯◯が本件地役権の存在を知っていたこと
(一) 本件土地取得時における本件土地の状況
 本件土地は、後に被告が吸収合併した有限会社◯◯◯◯(以下「◯◯◯◯」という。)が、平成元年一〇月一六日、競売による売却を原因として所有権を取得したが、右時点では、分譲当時から相当の長期間を経過しており、右取得当時において、本件土地の形状は、既に翠松園内の道路の一部として、完全な道路の形態に整備され、かつ一般公衆用道路としての機能を充分に果たしており、自動車を含む不特定多数人の通行の用に供されていた。
(二) ◯◯◯◯の本件土地取得時の認識
 ◯◯◯◯の当時の代表者長谷川益洙(以下「長谷川」という。)は、本件土地を取得した当時、その現状が道路であることを知りながらこれを取得したものである。
 したがって、仮に◯◯◯◯が本件土地に通行地役権という明確な権利が付着することを知らなかったとしても、これを侵害してはならない何らかの通行権が存在することを十分認識しながら、本件土地を取得したものである。
2 被告の本件工事の承諾拒否が権利濫用であること
(一) 被告は、◯◯◯◯が、本件土地の現況が道路であって、転売や入担保以外になんらの使用方法も考えられないにもかかわらず、前記のとおり一般公衆用道路であることを十分に知悉して本件土地を取得した事情にあり、また、本件各工事を承諾してもその価値の減少はとるに足りないものであるのに、本件通行地役権に当然包含される本件各工事の施工についての承諾要請を拒否しているものである。
 右承諾拒否のため、本件各工事の施工を申請できないことによる付近の住民の被る損害、迷惑、不便は極めて大であって、環境衛生上の不都合もまた甚大である。
(二) 右のとおり、本件各工事の施工を受けられない原告組合員の損害と、右工事の結果被告が受ける損害を比較するとき、被告が本件各工事施工の承諾を拒むことは、信義則違反ないし権利の濫用として許されないものである。
3 別訴の確定判決及び和解の結果からしても被告の承諾拒否が権利濫用であることについて
(一) 翠松園内道路の所有者らと同園内の住民との間において、次の確定判決及び和解が存在する。
(1) 名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第五六三号上水道工事同意請求事件
 (判決言渡期日昭和五三年一二月一九日 以下「イ事件」という。)
(2) 名古屋高等裁判所昭和六一年(ネ)第五九五号道路舗装工事同意請求控訴事件
 (以下「ロ事件」という。)
(二) 右確定事件判決と被告及び原告組合員との関係について
(1) イ事件について
 イ事件は、原告組合員中村清藤らが、本件土地のかつての所有者であった、破産者三洋工業株式会社(以下「三洋工業」という。)破産管財人らに対し、本件土地を含む土地について、右原告組合員らの通行権を根拠に上水道の布設工事等の同意を請求して、これが認容された事案である。そして、右◯◯◯◯は、右イ事件の口頭弁論終結後である平成元年一〇月一六日、競売による売却により、三洋工業からその所有権を取得したものであり、被告は、前記のとおり◯◯◯◯を吸収合併したものであるから、右判決の既判力は、被告にも及ぶものである。
 したがって、被告が、本件土地につき上水道の導管権を否認することは、右確定判決の既判力に抵触するものであり許されない。
 そして、上水道について導管権が既判力をもって肯認されている本件土地につき、下水道及びガス管についての導管権を否定することは、信義則に反し、権利の濫用に該当するというべきである。
(2) ロ事件について
 ロ事件は、原告組合員たる住民らが、本件土地を含む道路敷地の所有者らに対して、道路舗装工事の同意を請求した事案であるが、三洋工業は、昭和六三年一二月二〇日成立した裁判上の和解に利害関係人として参加し、同じく利害関係人として同和解に参加した原告及び同事件の当事者たる原告組合員らに対し、本件土地を道路として使用せしむるため、名古屋市に寄付(所有権の無償譲渡)することを確約したものであり、その後の平成元年一〇月一六日、三洋工業から、◯◯◯◯が本件土地を競売による売却により取得し、さらにその後、被告が◯◯◯◯を吸収合併したのであるから、被告は、三洋工業の承継人である。
 よって、被告が、本件土地が道路用地であることを否認するのは、信義則に違反し、権利の濫用として許されないものである。
 五 再抗弁に対する認否・反論
1 再抗弁1の事実のうち、(一)の◯◯◯◯が本件土地を平成元年一〇月一六日に取得したことは認め、その余は否認ないし争う。
2 再抗弁2の事実については、否認ないし争う。
3 再抗弁3の事実については、以下のとおり反論する。
(一) イ事件について
 原告は、イ事件の当事者ではないし、その承継人でもない。
 また、イ事件の既判力が及ぶ客観的範囲は、水道布設工事及び給水装置工事に対する同意請求権についてのみである。
 しかも水道の布設工事及び給水装置工事は既に終了しているのであるから、この後に更にイ事件の既判力を観念する余地はない。
(二) ロ事件について
 本件土地は、当庁昭和六二年(ケ)第二九一号競売申立事件により昭和六二年六月一日競売開始決定がなされ、同月二日、その旨の登記もされ、この差押の効力は◯◯◯◯が平成元年一〇月一六日、競売による売却により所有権を取得するまで続いた。
 したがって、ロ事件の和解が成立した昭和六三年一二月二〇日においては、右差押えの効力が続いていたのであるから、当時の所有者である三洋工業は、本件土地の処分権を有しなかったのであり、右和解は、本件土地に関しては無効である。
第三 証 拠
   本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理     由

 一 請求原因について
1 請求原因1(原告の当事者能力及び当事者適格について)
 甲第一号証、第四五号証、証人横田英一の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告は、翠松園地域内道路の使用に関する権利の保持及びこれに付随する一切の業務をなすことを目的とし、翠松園地域内に居住する者(正組合員)及び同地域内に財産を有するのみで居住しない者(準組合員)により組織され、多数決の原則が行われ、構成員の変更にかかわらず団体が存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理等団体としての主要な点が確定している権利能力なき社団であると認められる。
 また、原告は、同地域内の道路の使用を巡って生じた紛争に対処するため右組合員らによって組織されたもので、従前から右組合員本人らの利益を代表して活動しているものと認められ、右紛争のうちの一つである本件土地の利用権問題について本訴の提起を含む包括的な管理権を与えられており、右の業務目的及び構成員からして、弁護士代理の原則や訴訟信託の禁止を潜脱するおそれはなく、その訴訟追行には合理的必要性があると認め得るから、このような原告による本訴提起は任意的訴訟担当として許容されるというべきである。
 したがって、原告には当事者能力及び当事者適格ともに欠けるところはないと認められる。
2 請求原因2(一)のとおり、被告が本件土地を所有している事実は、当事者間に争いがない。
3 請求原因2(二)ないし(四)(旧所有者による地役権の設定とその権利内容)について
 甲第三号証、第四号証、第九号証の一ないし七、第一〇号証、第一九号証ないし第二一号証、第二三号証の一、第二四号証、第二五号証、第二八号証、第三二号証、第三三号証、第四二号証、第四五号証、乙ハ第三号証ないし第五号証、第八号証ないし第一〇号証、証人横田英一の証言及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 朝倉らは、明治四五年七月一二日に本件旧土地を取得してこれを共有し、大正末頃から本件旧土地を郊外型住宅地として分譲する計画を立て、昭和の初め頃から数度にわたり、本件旧土地を百余筆に分割・分譲し、すべての分譲地が幅員四メートルないし六・五メートルの道路に接面するように道路部分(二七七三番四二、二七五八番二八二、二七五八番二八三がその大半を占める。)を予定した。
 そして、右道路予定地部分は、右分譲の対象から外され、二七五八番二八二(以下「旧二八二土地」という。)については、昭和一四年八月二八日に二七五八番三八一ないし二七五八番三八六が分筆されるまで朝倉らないし朝倉の家督相続人である朝倉銚太郎と谷口による共有状態が続いた。そして、右共有状態継続中の昭和五年頃には、旧二八二土地の一部分である本件土地は、第三回分譲地区画図(甲第二一号証)において、分譲地部分とは区別して道路部分として表示されており、分譲地番号、坪数、単価、価格の記載もされておらず、分譲対象から除外され、道路敷地部分として予定されていた。
(二) 右のとおり翠松園内の道路予定地とされた部分は、当初から外形上も分譲宅地用の区画とは区分され、道路の形状に整地され、将来の公道化が見込まれていたのであるが、地目が山林であったことも原因してか、戦後、本件土地を含む相当数の道路予定地が投機の対象とされて、所有権が転々と移転するに至り、これを取得した所有者らと翠松園居住者らとの間に、道路としての使用をめぐって一連の紛争が生じた。(その過程において、翠松園の居住者らによって、道路予定地の利用権確保を目的として原告組合が組織されたことは既述のとおりである。)
 そしてこれらの紛争は、昭和三〇年代後半から相次いで係争となり、1 通行権確認等反訴請求事件(当庁昭和三九年(ワ)第二三九一号)、2 上水道工事同意請求事件(当庁昭和四四年(ワ)第六八五号)、3 上水道工事同意請求事件(当庁昭和五一年(ワ)第五六三号=再抗弁記載のイ事件)、4 道路舗装工事同意請求事件(名古屋高等裁判所昭和六一年(ネ)第五九五号=再抗弁記載のロ事件)、5 道路工事承諾請求事件(当庁平成二年(ワ)第一一〇九号)などの訴訟が原告組合員らを含む翠松園の居住者及び分譲地所有者らによって提起された。
 これらの訴訟においては、右1 ないし3 及び5 の各事件については、いずれも翠松園居住者らの請求が認容され(なお一部は控訴後和解成立)、4 の事件においては、係争の道路予定地所有者らが各係争地を名古屋市に寄付することを約し、これに対して翠松園居住者らが一定の和解金を右所有者らに支払う旨の和解が成立して終局した。なお、3 の事件の係争地には本件土地が含まれており、原告組合員である中村清藤が原告に、当時の本件土地所有者である三洋工業の破産管財人が被告に含まれている。また、5 の事件の和解の対象土地にも本件土地が含まれており、同和解には原告及び当時の本件土地所有者である三洋工業(清算会社)がいずれも利害関係人として参加している。
 そして、前記のとおり翠松園の宅地分譲計画において道路予定地として区画された土地は、右の係争を経た土地の一部を含め、その大半の部分が順次名古屋市に道路用地として寄付され、これらの土地においては、道路整備、雨水排水管、汚水管、水道管、都市ガス本管等の公共生活施設の整備工事が進められ、またこれら整備工事の施工が予定されるに至っており、本件土地をめぐる係争のためにこれらの整備計画がたてられない一部地域が残されるのみの状況となっている。
(三) その間における本件土地の所有権移転の経過及び管理の状況を見ると次のとおりである。
 すなわち、旧二八二土地が前記のとおり分筆された後、昭和三〇年代から各分筆土地部分が第三者に譲渡され始め、本件土地も昭和三五年一二月二六日には第三者たる朝倉丞作の取得するところとなり、更に昭和四三年六月二四日に右朝倉から浅野正道へ、同年八月一六日に右浅野から木下勝巳へ、同月二六日に右木下から岡田勉へ、更に同年一〇月一日に右岡田から山本精一へ、昭和四四年二月一〇日に右山本から三洋工業へと順次売却されたが、その後右三洋工業が破産宣告を受けて、昭和六二年六月一日、本件土地について競売開始決定がなされ、その後平成元年一〇月一六日、◯◯◯◯がこれを代金六二八万円で競落して取得した。
 本件土地は、前述のとおり、宅地分譲が開始されたころから道路用地として区画整備され、両側を分譲宅地である二七五八番七五四と二七五八番五一五の宅地にはさまれた、間口約五・八メートル、奥行約二九・〇メートル、地積一一二平方メートルの細長いほぼ長方形の画地で、南側は幅員約三・八メートルの接面道路とほぼ等高であるが北側が右道路に比べて約二・四メートル低くなっている傾斜地である。そして、本件土地は、都市計画法に定める市街化区域の第一種住居専用地域に位置し、建ぺい率及び容積率はそれぞれ四〇パーセントと六〇パーセントであり、家屋の建築に際しては隣地境界線よりの壁面後退は一メートルを要するとの建築基準法上の規制がなされているので、本件土地の形状では到底独立して宅地としての使用に供することが困難な形状である。
 そして、本件土地は、課税上も、公衆用道路として固定資産税、都市計画税ともに非課税の取扱いがなされてきており、その取扱いは翠松園内の他の道路予定地についても同様である。
 もっとも、本件土地は、北側が行き止まりの地形であって、一般通行者の利用の必要性が少ないこともあってか、隣接宅地に建物が建てられるまでの間に次第に雑木が生える状態になっていたが、昭和六〇年頃、本件土地の隣地である二七五八番七五四に早川正俊が家屋を新築した際、原告組合員らで組織する町内会組織翠松園会の一一番街町内会が、本件土地上にあった雑木を伐採し、土を入れて整地する作業をしたことがあるほか、その後も、同会では、毎年本件土地に砕石を入れて整備するなどの管理を行ってきた。そして、右早川正俊は、◯◯◯◯が本件土地を取得したころには既に本件土地の中央部やや北側に排水用のU字溝を設置しており、また、昭和六一年三月頃には、右翠松園会が、本件土地の北東角に排水桝を設置しており、周辺民家から集まった排水は、この排水桝を経由して北側の県有地に導かれ、更に北側の県道下に埋設した雨水桝と排水管を通って県有地小幡緑地へと流れている。
 以上の諸事実をもとに勘案してみるに、朝倉ら本件旧土地の分譲者は、その分譲事業の実施にあたり、分譲宅地部分と私道部分を外形上も明確に区分して造成を行っており、右私道部分を分譲宅地部分のための道路として確保するため、その所有権を分譲者に留保していたものであって、その趣旨目的とするところは、各分譲宅地を道路に通じさせて袋地としないことにあるのはもちろんのこと、翠松園という一団の分譲地についての公共的生活施設を確保して、その分譲宅地としての適性や価値を確保し、各分譲宅地の生活上の利便に供することを目的とするものであったことが、容易に推認できると言うべきである。したがって、各分譲宅地の取得者には、右私道部分について、これらの利便の享受を求める権利が与えられているというべきであって、その法的権利関係としては、それぞれ関係する私道部分を承役地、宅地部分を要役地とする無償、無期限の地役権の設定が黙示的に行われたものと解するのが相当である。
 そして、右地役権の内容としては、右分譲開始当時の生活水準や大都市近郊にある翠松園の地域環境に照らし、通路としての利用のほか、一般に道路を使用して設置されることが見込まれる公共生活施設、すなわち、上水道設備や雨水排水設備、側溝、公共下水道設備や都市ガス設備及びこれらへの連結設備等の設置及び利用(もちろん、その維持管理に必要な行為を含む。)を求める権利を含み得るものと解して差し支えない。
 もっとも、これら道路予定地部分に関する地役権は、当該部分の状況に応じて、その具体的内容を確定するのが相当と解されるころ、本件土地についてこれを検討してみるに、甲第一一号証、第四四号証、証人横田英一の証言及び弁論の全趣旨によれば、名古屋市は、同市守山土木事務所が作成した下水排水系統図(甲第一一号証)に基づき、本件土地を含むA流域と称する地域の雨水や汚水を自然流下方式によって域外に排水することを計画しており、この自然流下方式の合理性は自ずと明らかであるところ、本件土地が右A流域中の最も低地に位置しているため、雨水管と汚水管を埋設するのに最も相応しく、他に適当な土地は見出せないこと、本件土地に右各導管を埋設できなければ、A流域の分譲宅地のみならず、更にその上流域に位置する二七五八番三八一の公道部分の沿道地域においても右各導管の敷設が不可能となること、更に、本件諸設備の工事は、道路の構造上、雨水管敷設、汚水管敷設、都市ガス本管敷設、舗装等の順に工事を実施する必要があるため、本件土地への雨水管及び汚水管の敷設が完了しなければ、単にA流域及びその上流域の右排水設備の工事が不可能であるのみならず、これらの地域において、都市ガス本管敷設、舗装等の工事の施工が不可能となってしまうのであり、このような事情から、本件土地において右雨水管及び汚水管敷設工事を早急に施工する必要があること、そして、都市ガス管敷設工事の必要性もあることが認められる。
 そして、本件土地の利用経過及び現状は前述したとおりであって、道路としての必要性がなお存続している事情は認めがたいから、原告の本訴請求中、通行権を前提とすることが明らかな別紙図面2の防護柵及び地表の舗装工事(コンクリート舗装、アスファルト舗装)に関する部分(前記の名古屋市私道整備要綱に基づく道路整備工事に該当するものと解される。)は、本件土地についての地役権の内容としては認めることができない。(もちろん、前述の各工事の施工、維持、管理等のため、本件土地に立ち入って通行することは、これらの地役権の内容から必然的に認められることである。なお、二七五八番七五四、同番五一五、同番二七一の各土地が囲繞地であって本件土地について囲繞地通行権が発生する旨の原告の主張については、右各土地が囲繞地であることについての立証が不十分であるから、これを採用しない。)
4 右のとおり、原告各組合員は、右各分譲地の取得者ないしその承継人として本件土地につき右内容の地役権を有するものと認められるところ、右各工事の施工申請のためには、雨水管と汚水管の設置については私道における公共下水道設置要綱(甲第一四号証)によって本件土地の所有者たる被告の承諾が必要とされており、また、都市ガス管設置についても東邦ガス株式会社において本件土地の所有者たる被告の工事承諾を必要としていることが弁論の全趣旨により認められるのであるから、被告が右の承諾をしないことはその主張から明らかである以上、原告は、本件地役権の行使として、その承諾を求めることができるというべきである。
二 抗弁(対抗要件の主張)及び再抗弁(背信的悪意者ないし権利濫用)について
 被告は、本件地役権については対抗要件が具備されておらず、これをもって被告に対抗することはできない旨を主張している。
 しかしながら、被告が右の抗弁をもって原告の請求に対抗することは、原告が再抗弁において主張するとおり、権利の濫用として許されないと言うべきである。
 すなわち、本件土地は、既に判示したとおり、翠松園内の道路予定地の一部として区画された土地であったが、その後、久しく人の通行がない状態のまま経過したため、雑木が生えて通路としての外形が薄れる状態となった時期があるものと認められるものの、分譲用宅地としては明らかに間口が狭く、その形状は両側の宅地に挟まれて奥の宅地に細長く通じている状態であり、また、周辺土地中の最も低い谷状の位置に所在しているうえ、奥に向かって低く傾斜している地形となっているなど、造成当初から分譲用宅地とは異なる道路予定地として設計されかつ区画されたことが客観的に明らかな土地であって、その基本的な形状には変動があった形跡はなく、一見して道路予定地として造成区分された土地であることが看取できる外観を保っていること、本件土地は、前記のとおり、昭和三〇年代半ば以降、当初の分譲者やその相続人から第三者に譲渡され、その後転々と所有権が移転されているが、前記の本件土地の客観的形状に照らせば、いずれも、実質的な利用を見込むことのない単なる資産として取引がなされたものと推測され、被告が後に吸収合併した◯◯◯◯が本件土地を競売によって取得した際の本件土地の状況についても前述のとおりであって、一見して建物を建築するなど分譲用宅地として利用することが見込めない形状であることには変動がなかったうえ、既に隣地から排水用のU字溝が本件土地を横切って設置されていたほか、周辺民家の排水が本件土地の角に設置した排水桝を経由して北側県有地に排出されている状況となっていたこと、◯◯◯◯が本件土地を取得した競売手続の現況調査報告書には、執行官の、現状が道路敷とは認め難く、雑種地と認めるのが相当と解する旨の意見とともに、原告の当時の理事長冨永義彦の、本件土地については原告が道路として管理しており、上水道の布設に関する権利があることその他本件土地を巡る経緯が詳細に記載されているほか、それに関する資料も添付されていること、◯◯◯◯の代表者であった長谷川益洙は、不動産業を営む者であって、競売物件も手がけており、右現況調査報告書の記載などから、本件土地の右のような性状や来歴を承知していたものと推認されること、なお、◯◯◯◯を吸収合併して本件土地の所有者となった被告においても、本件土地についてなお格別の利用計画を持ちあわせていないことは被告代表者本人が自認するところであること、一方、原告組合員らにおいて、本件土地に公共下水道管や雨水等の排水管、都市ガス管等を埋設し、側溝、雨水桝の設置をすることの必要性は前述のとおり極めて重大かつ切実なものであって、他に現実的な代替手段もない状況であり、右施設の埋設や設置によって被告にどの程度の現実的な損害が生じるかは、本件土地の利用可能性が前記のとおり限られたものになるであろうことからすれば甚だ疑問であるし、また右損害の程度を推測すべき確たる資料も見出せず、なお、前記のとおり、前記一3(二)記載の3 上水道工事同意請求事件(当庁昭和五一年(ワ)第五六三号=再抗弁記載のイ事件)において、本件土地に名古屋市が上水道の布設工事及び給水設備工事をすることについて同意を命じる判決が確定しており、その判決の効力は、口頭弁論終結後の承継人である被告に及ぶものと解されるから、被告においてはその工事を甘受せざるを得ない立場にあることにも照らせば、本件の右工事が加わること自体による損害は、これが仮に発生するとした場合でも、さほどのものではないと推測されること、これらの諸事情を彼此勘案してみれば、被告が、原告組合員らの前記地役権について対抗要件の具備が欠けることを主張して、右地役権の行使としての各設備工事の施工、保持、管理について必要とされる承諾の要請を拒否することは権利の濫用と言うべきであり、許されないと言わなければならない。
 したがって、原告の権利濫用の再抗弁は理由がある。
三 結論
 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、前記の公共下水道設置申請及びこれに基づく下水排水設備工事(側溝及び雨水桝、雨水管、取付管の各設置工事を含む。)、都市ガス供給設備工事の申込み及びこれに基づくガス供給設備工事並びにこれらの保持、管理について承諾を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

名 古 屋 地 方 裁 判 所 民 事 第 六 部
        裁 判 長 裁 判 官   中 村 直 文
            裁 判 官   後 藤   隆
            裁 判 官   作 原 れい子

     物  件  目  録
   名古屋市守山区大字小幡字北山二七五八番三八二
      山 林    一一二平方メートル


註1:本判決記載の証拠については、「公共下水道設備工事同意等請求事件公判記録」
No.22 甲号証一覧
No.43 乙号証一覧
をご参照ください。
註2:本判決記載の関連事件については、「判決、和解、認諾、仮処分一覧」
1 通行権確認等反訴請求事件(名古屋地方裁判所昭和三九年(ワ)第二三九一号)
2 上水道工事同意請求事件(名古屋地方裁判所昭和四四年(ワ)第六八五号)
3 上水道工事同意請求事件(名古屋地方裁判所昭和五一年(ワ)第五六三号=再抗弁記載のイ事件)
4 道路舗装工事同意請求事件(名古屋高等裁判所昭和六一年(ネ)第五九五号=再抗弁記載のロ事件)
5 道路工事承諾請求事件(名古屋地方裁判所平成二年(ワ)第一一〇九号)
をご参照ください。
註3:当事者からの申し入れにより、当事者名の一部については匿名としました。

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