ファルマン
描いてた理想が崩れても 弱さも傷もさらけ出して
ここにある全てに嘘をつかれたとしても 強さと覚悟つなぎ止めて
信じ続けるだけが答えじゃない
たった一歩でもそこから進め 突き破った扉の向こうに また新たな道がある
純粋にロイアルを読みたい方はファルマンの書いた奇数ページ(内容文色緑表記)のみお読み下さい
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柔らかい声。安心できる笑顔。
大佐と知り合ってもう随分経つというのに、こんな優しい表情をするなんて、していたなんて思ってもみなかった。
ボクは世界を兄さんを通してからしか見ていなかったのかもしれない。
「大佐、あ、済みません。今は中将ですよね。なにか大佐の頃が身近だったんで」
「別に呼称など構わないさ。君と私の間ではね。私にとって君は軍とも国とも関係の無い、大切な人だから。」
「私が、君には笑顔でいて欲しいのも本当。」
そう言って大佐はボクの手を取った。
「私が、君を泣かせてもいいから一人占めしたいのも本当。」
大佐の端正な口唇がボクの指にそっと触れた。
「ボクは‥」
「しっ、黙って」
大佐はいたずらっ子のように笑うと明かりを消した。
ボクが大佐の別荘に篭った最初の頃、兄さんは大佐の家へ直接来たりして僕の様子を聞いていたけど、だんだん足は遠くなり、兄の足取りの重さを思い、大佐に頼んでボクは旅に出た事にしてもらった。
半信半疑なようすだったらしいけど、兄さんは真偽を確かめはしなかった。
そして
ボクは大佐の好意でずっとこの家で本を読んでいる。
大佐はボクが読み終わる頃になると新しい本を取り寄せてくれた。庭にも季節に合った草花を飾り、ボクは文字以外からも学ぶ事が出来た。
「鋼に、子供が出来たようだ。籍は入れてないらしいが‥」
半年が過ぎる頃、もたらされた朗報。昼休みを掻い潜って、大佐はわざわざボクのところまできてくれた。息を切らして、思いつめて、だけど強い意志に従って。
ボクは‥
おめでとうと伝えたい。結婚を勧めて祝福したい。だけど‥
鎧姿のボクを見て、兄さんはどう思うだろうか
祝福が伝わってくれるだろうか
もし、もしまた責任を感じさせてしまったら?
大佐が立ったままボクを見下ろしているのに気付いて、顔を上げると大佐は痛みを思い遣った光を瞳に、労りを口元に浮かべていて、ボクは思わず抱締めた。
「済みません…」
「そうじゃない。君の痛みは私のものだ。唯、それだけなのだよ。」
そのまま午後を無断欠勤し、夕暮れに大佐は司令部へ戻っていった。
元気だと言う事。旅をしているので住所は伝えられない事。兄さんは元気かとか、ウィンリィと結婚したかとか、嘘と本当が混じって境界の無い手紙をボクはピナコばっちゃんに書いた。その手紙を見れば兄さんの気兼ねが無くなる事を祈って。
ばっちゃんはおおよそを察していたのだと思う。ありがとうと返事をくれた。
それからすぐに、兄さんとウィンリィは結婚した。兄さんは腕と足を元に戻さなかった。ウィンリィが機械鎧技師だからとピナコばっちゃんは言ってくれた。
本当の事は兄さんにしか分らないけど、ボクは良いようにに解釈する。
優しい兄さん、ありがとう。だからもう自由になって下さい。
ボクも、自分で歩いていくから。
1日話さないまま一緒に過ごしたり、議論したりふざけあったり‥
男女の抱擁など無く、子孫を残せるわけでもなく
ボクと大佐を包んで過ぎていく時間は、愛と呼べないのだろうか?
いっかな結婚しない大佐にボクが心配げな視線を向ければ、大佐はどこからか赤ん坊を連れてきた。
「育てられるんですか〜?」
悲壮な僕の声に大佐は不適に笑った。
「成せばなる。」
名も無いその子に付けた名前。それはマースでも無く、エドワードでも無く。リザでもウィンリィでも無かった。
「誰かの身代わりじゃない人生を。」
そう言い合えたボク達の間に在ったものを愛と呼べないなら
愛など知らなくて良い!
「どうしてアルはロイを大佐と呼ぶの?」
愛情以外常識すら無い家で、奇跡にもその子は元気に育った。好奇心旺盛で質問や怪行動は日常茶飯事だったが、その子はアルとロイと自分の家を決して恥じたり隠したりしなかった。
「それは愛してるからさ。」
こういうセリフがさらりと出てくるところは今でも流石だと思う。
確認するように振り向いた子に、ボクは頷いて頭を撫でた。
長い年月が経って子供は今では国家錬金術師になっていた。その間にボク達は見つけた。ベストでは無い人体錬成のひとつの方法を。ベストではないソレは書庫の奥深くにしまった。
引退した大佐も、今では1日の大半を寝て過ごす事が多くなった。
そしてボクは、出来る事、望む事を考えてる。
封印した錬成。代償に人体を必要とするその術は、今までボク達には必要無かった。
大佐がいて、ボクは本を読む。
ボクが髪を梳いて、大佐は眠りにつく。
誰にも理解されなくても、それが幸福だった。
だけどもう、残された時間は無い。
『錬成の代償を錬成されたボクの体で支払えないだろうか』
錬成陣を描き直す描き直す描き直す。
一瞬でも良いから、ボク達の生きた証として
老いた目がまばゆい光を捉えた。
「アル‥フォンス?」
金色の塊が頷いたようだった。ハッキリしない輪郭の中にも鋼に似たところもある。
伸びて触れてくる小さな手。寄せられた柔らかいくちびる。
「大佐」
他に言葉は無く。私の首に回された腕に力が篭る。柔らかく、暖かい温もり。
「大佐」
小さな背に回した手がアルフォンスの鼓動を捉える間も無く、温もりが失われていく。
「大佐」
好きです
最期の言葉は都合の良い幻聴かもしれなかった。
なにやら材料と分厚いレポートの束を持ってアルがロイの部屋へ消えていき、僕は自分の部屋で窓から外を見ていた。
間も無く白線光がロイの部屋、窓のカーテンさえ突き抜けて洩れ出た。
慌ててロイの部屋の前に行くと、扉の向こうからアルの、ロイを呼ぶ声が聞こえた。
どう言ったら良いんだろう。母のような恋人のようなそして、アルフォンスそのもののような音のかいな。
ロイのアルを呼ぶ幽かな音も聞こえる。息に混じる音なのに、どうしてそこに深い愛しみを感じるのだろう。
あぁ、あの二人は幸せだったし、幸せなのだ。なのに、何故涙が出るんだろう。
僕は行儀悪く涙を袖で拭くと、扉を後にした。
二人はようやく温もりを分かち合えたのだ、きっと。
明日までそっとしておこう。あの二人の養い親を。
やっと大佐の温もりを感じる事が出来た。ボクは今、どんな姿をしているのだろう。
「大佐」
どうやら声は変わってないようだ。視線も低いから、きっと10歳の、子供のまま‥
「大佐」
ロイに触れる。頬を寄せる。抱締める!
「大佐」
また会おう、約束だ。と笑う顔に、ボクは一番の想いを返す。
好きです
朝、ロイの部屋には鎧がバラバラになって転がっていた。持ってきたコーヒーをサイドテーブルに置き鎧を繋げているとロイの声が聞こえた。どうやら起こしてしまったらしい。
「そろそろだな‥」
「何が?」
「お前も、幸せになれ。」
「…うん。でも、でもさ‥もう幸せだよ。どういうものか知ってるから。教えて‥貰ったから‥」
目を擦りながらした答えはロイには届かなかったかもしれない。僕は鎧をロイの傍らに置くと部屋を出た。
光が見える。白い光‥
その向こうでヒューズが片手を上げている。相変わらず飄々としたヤツだ。
もう、いいだろう。
私は足を踏み出す。
光の門を抜け、ヒューズの肩を叩き、懐かしい面々に挨拶をかわしながら、その奥でひっそり微笑む彼の元へ。
差し出した手を握り返され、寄り添う。
既に形は無い。意識だけだ。
握った温もりが全てになり光の洪水に飲まれ、私達はひとつになった。