7月竜
描いてた理想が崩れても 弱さも傷もさらけ出して
ここにある全てに嘘をつかれたとしても 強さと覚悟つなぎ止めて
信じ続けるだけが答えじゃない
たった一歩でもそこから進め 突き破った扉の向こうに また新たな道がある
純粋にロイアルを読みたい方はファルマンの書いた奇数ページ(内容文色緑表記)のみお読み下さい
<7>
「大切な‥人?」
ぼんやりとした呟きに、大佐ははっきり頷いてくれた。
「言い難いのであればロイと、呼んでくれないかね!?その方が私も嬉しいが!?」
なんだろう、この気持ち。なんて言えばいいんだろう、可笑しくないのに笑いたいような。陽だまりのような温かさ。
「ありがとうございます、大佐」
「ロイだ、よ!?アルフォンス君!?」
女の人に人気があるのも分る。男のボクですら、身体を持たないボクですら!ドキドキする、雰囲気・笑み・視線…
「ロイと呼ぶ以外は受け付けない。と、言いたいところだが、君が呼べばどんな言葉でも意味を持つから、強制は出来ないなぁ。」
面白そうに話す大佐に答えようとした時、乱暴に扉が開いた。
「アル、こんなトコにいたのか。捜してたんだぞ。」
入ってきた兄さんに責めるように言われて、ボクはまた時間が凍り付くのを感じた。
きっと兄さんは責めているわけじゃない。いつものように言っただけだ。だけど
今のボクには弾劾に聞こえる。聞こえてしまう。
「ごめんなさい、兄さん‥」
「なんだ?どうかしたのか?中将、アルになんか言ったのかよ!?」
「違うよ、兄さん!大佐はボクがぼんやりしてたから気を利かして‥」
確かめるように大佐を見た兄さんに、それまでボクらを傍観しいた大佐は軽く笑ってみせた。
「………、ならいいさ。お前を戻す為なんだから!遊んでないで、文献探せよ!」
その口調に僅かな苛立ちを感じた。そうだ。兄さんは急いでいるんだ。なのに、それでもなおボクを心配もしてくれてる。だったら、ボクは…
「鋼の、しばらくアルフォンス君を私に貸してもらえないかね!?私も調べたい文献があるんだ。その中には君達の役に立つものもあるかもしれない。」
一瞬兄さんは探るような色を瞳にのせたけど、明らかにほっとした表情で前髪を梳いた。
「ああ、いいぜ。アルは眠らないから仕事は捗るぜ。あ、でもアルを返す前に連絡はくれよな。」
瞬間、言葉はボクを貫き、大佐は口を閉じた。
「承知した。〃帰す〃前に連絡は入れよう。」
一呼吸の後に大佐が継げた言葉は事務的に響いた。
肩を揺すられてボクは我に返った。兄さんが出ていったのも気付かずにいたらしい。手を合わせたまま前屈みに座っていたボクの肩に手を置いて、大佐はボクを覗きこんだ。
「行こうか?」
「どこ‥へ?」
「文献の在処へさ。」
ウィンクされてボクは引かれるまま、大佐が所有している本を置く為の別宅へ連れて行かれた。
「ここの方が落ち着くと思ったんだが、家の方が良かったかね?」
「いえ、本に囲まれてて落ち着きます。お気使いありがとうございます。」
「読みたい本が無かったら言ってくれ給え。手配して取り寄せよう。」
そう言って大佐はいったん出ていくと、簡易な食事を持って戻ってきた。
「せっかく客人がいるのに一人で食事をするのは味気ないのでね。一緒してもらうよ!?」
「あ、どうぞ」
机にのせられたトレーにはコーヒーとオープンサンドがちんまり収まっている。
まじまじと見ていたのだろう、大佐はコーヒーを飲む手を止めてボクに尋ねた。
「どうかしたかね?」
「いえ‥夕食、軽食なんですね。」
「自分一人だと、どうも腕を揮えなくてね。」
「御自分で作られるんですか?」
驚きを隠せないボクに大佐は吹き出した。
「酷いね。まるで私は自分では日常生活が出来ないみたいに聞こえるよ。」
「済みません。その、大佐はどなたかに作ってもらわれてるイメージがあって‥」
「そうかなぁ。まぁ外食ばかりで家では食べないがね。招かれたり差し入れされたりした以外は他人に食事を作ってもらった事は無いよ。」
それはつまり、ボクのせいで今日はこんな軽食になってしまったと想像がつく。今更お暇しても仕方なく、せめてものお詫びに何か作ろうかと申し出てみた。
「言うほど大した物は作れないんですけど、兄さんが研究に没頭している時はボクが料理してましたから。あ、でも味の保証は出来ませんよ。味見、できませんから。」
「ならば腹薬を用意しておこう。」
大佐は笑ってボクをキッチンへ案内した。
隠れ家的な家でも流石に中将クラスの持ち家なので設備は整っている。ただ貯蔵品は保存に向いた缶詰やチーズ、クラッカー類に酒ばかりだった。オープンサンドがあるのでバランスを考え野菜はポトフにし、フライドポテトを添えた。
「うん。イイ味だね。」
「大佐、無理しなくてもいいですよ!?」
「無理なんかしてないさ。私は正直者だからね。そうだな。レストランは確かに美味しい物を作ってくれるが、バランスを配慮したものではない。健康的な、しかもあの食材で上手く料理してくれた腕前は気持ちまで篭ってて上手いよ。」
「そう言っていただけるとありがたいです。」
「どういたしまして」
大佐はおどけて笑うと冷めない内にと食事を始めた。
不思議だと思う。
兄さん以外の人の食事を見守る事も。それに救われている自分も。
「…どう説明したらいいか‥」
切り出したボクを大佐はやんわり遮った。
「君を哀しませられる人間なんて一人しかいまい。君の足を止められる出来事も、その関り以外に無いだろう。」
「‥ははは。底、浅いですか、ボク」
大佐は首を振るとボクを正面から見据えた。
「ニーナ・タッカーがキメラに合成されたでも時、君は錬金術に絶望しなかった。スカーと対峙した時ですら生を諦めなかった。その君の希望にひびを入れる事は容易くない。」
大佐はトレーをどけると机の上に両手指を組んだ。
「そしてそれができるのは、残念ながら現状では唯一人だ。」
「………、はい」
大佐はトレーを持って席を立つとワイン片手に戻ってきた。
「本能的には強い酒を呷りたいところなんだけどね。現実逃避は後にして、目の前に今は存在してくれてる君と、香りを大切にするよ。」
ブランデーグラスにワインを注ぐと目の高さに持ち上げた。
「で、解答は出たのかな?」
不思議と心は落ち着いていて、ボクはしっかり頷いた。ううん、不思議なんかじゃなく、それは‥。大佐は大人で、ボクが子供だったという事だ。
「ボクは‥今のままで満足しているとは確かに言えません。だからと言って、兄さんに頼る必要は無い!それを兄さんに伝えたい‥伝えないと…。このままでは兄さんの足枷だから‥、ううん、本当は兄さんの誤解を解きたいだけなのかも。このままだと、いつか‥きっと兄さんはボクを…憎むと、思うから‥」
顔を伏せたボクに、静かな声が降る。
「本当なんて、いっぱいあるさ。」
「え?」
「鋼に幸せになってもらいたいのも本当。鋼に嫌われたくないのも本当。」
「…… 」
「私が、君には笑顔でいて欲しいのも本当。」
そう言って大佐はボクの手を取った。
「私が、君を泣かせてもいいから一人占めしたいのも本当。」
大佐の端正な口唇がボクの