会話レベル下
ゼノタイム。
かつては黄金郷と謳われたこの町は迫り来る砂漠化と、底知れぬ病魔に覆われていた。
暗躍するのはホムンクルスか、それとも人の欲か
「アル。突然で済まないが俺はしばらく君の身を守る事にした。」
「え?どう言う事?」
エドは昨晩マグワール邸に忍びこんだ折、目の前のラッセルとひと悶着した挙句、今はまだ寝床を提供してくれたベルシオの家で寝ていた。
「君はエドとの攻防戦で不本意ながら羽目を外した俺の一撃から、弟フレッチャーを助けてくれた。」
「は、はあ」
「だから今から俺は傍で君を助ける事にする。上手くは言えないがこのままでは借りを作っているようで俺の気が済まない。」
「そんな、借りなんて‥それより本当の事を言ってくれた方が‥」
「とにかく!任せてくれないか?赤い水を持つ俺の錬金術でできない事は無い。君の安全はこの俺が保証しよう。構わないな!?」
「う、うん‥それじゃあ、お言葉に甘えて‥ありがとう、ラッセル。」
「ああ。では行くぞ。」
「行くって何所へ?それに身を守るって何から‥」
「まずは町の現状査察だ。大っぴらに行くぞ!はっはっはっ悔しがれエドワード・エルリック〜」
「え?何?」
「ああいや、つまり町の現状を認識し」
「うんうん」
「‥‥‥良い奴だな、お前。」
自分の言う事を信じ、手伝おうとするアルに、ラッセルの肩から力が抜ける。
「フレッチャーといい、こういうタイプには弱いのかも‥」
「ごめん、聞き取れなかった。もう1度言ってくれる?」
「マグワールの屋敷を‥探るんだ」
「マグワール?」
「あいつは‥俺達に赤い水の研究をさせているが、その理由が金だけとは思えない‥」
「ラッセル、君‥」
「エドはお断りだが、君とならあの屋敷の不審な点も穏便に探れるだろう。」
「そう言う事なら。あ、でも待ってラッセル。」
「なんだ?俺が傍にいて守るのだから心配はいらんぞ。」
「君にも内緒の不審な点っていうからには警備とかもいるんだよね。だったら君は生身だから僕の後ろに居た方が‥」
「‥‥‥」
会話レベル中
マグワール邸の地下には赤い水の川があった。それはラッセルが思っていたよりも遥かに膨大な量だった。
「どうしたものか‥」
「うん。これは僕達だけの手におえる代物じゃない。警備の人達と騒動も起こしてしまったし、いったん戻って作戦を‥」
「それだ。警備と騒動を起こした時、俺は距離を置いて錬成し、君は楯になって切り込んでいく‥これではまるで俺が君に守られているようではないか。」
「それは‥仕方ないよ。僕は鎧で、君は生身なんだし‥それより今は早くこの事実を」
「不本意だ!君を守りたいという気持ちに偽りは無いんだが‥」
「その気持ちだけで充分だよ。君が後で錬成してくれてると思えば僕も恐くない。だから前にも出ていける。だからね、ラッセル」
「アル‥君は優しいな。エドとはまるで正反対だ。」
「そんな事は無いよ。兄さんは荒々しいところばかりが目立つけど、本当はとても繊細で人を思い遣る事の出来る人間なんだ。だからこの事を兄さんにも伝えて」
「そうか。君がそう言うのなら、あるいはそうかもしれん。」
「う〜ん、どう言えば分ってもらえるのかな‥ラッセル。どうか兄さんと仲良くして、協力して下さい。このままでは赤い水は不幸を呼んでしまう。意地っ張りだけど僕と二人でいる時、兄さんはいつだって優しい。そういう人なんだ。二人が協力すれば赤い水の噴出も何とかできるよ。兄さんもきっとそう願っているよ。」
「済まないが、それは容認できない!今の君の声を聞いているとエドが余計に憎らしくなった。」
「え?」
「まったく度し難い男だ。やはりあいつとは一度決着をつけねばならん。」
「ラッセル?ちょっと、ラッセル!?ひとりで何所行く‥」
会話レベル上
赤い水は大地へと消えた。赤い水の病魔からも、黄金郷の夢からもゼノタイムは覚めようとしていた。
エドとアルは今はまだ、寂れたゼノタイム駅のホームにいた。
ふたりは賢者の石への情報を求め次の町へと向かう。列車を待つ間古びたベンチにエドは横になっていた。
「大丈夫だよね、あのふたり。」
トリンガム兄弟。町を救ったとは言え嘘を付き、マグワールの片棒を担いでいた事も事実。
「ああ。お前も見ただろ!?あいつらの瞳。親父の幻覚じゃなく、今度は自分達で選んだ道だ。切り開いて行くさ。」
アルの問いかけに目も開けず、でも力強くエドは答えた。
「うん、そうだね‥って、あれ?ラッセル?」
「見送りに来たのか?」
わずかに上体だけ起こしたエドはラッセルと分ると行儀悪くまた寝そべった。そのエドの腹の上に紙袋を置かれる。
「旅行に役立つとフレッチャーが。」
「ありがとう。フレッチャーは?」
「こんなトコに置くなよ。」
微妙なバランスで腹に乗っている紙袋。エドの両手は頭の後ろに組まれていたので、どうしたものかとノンビリ思案していると、頭上でラッセルの声が響いた。
「アル、突然で済まないが君に大切な話がある。だからフレッチャーは置いてきた。」
「ラッセル?」
きょとんとしたアルと反対にエドの動きが止まる。
「まず、はじめに聞いておきたい。君には誰か心に決めた伴侶はいるのか?」
「え‥?伴侶って‥ううん、そんな人は居ないよ、残念だけど。」
「そうか、ならば言おう。アル、俺は君を愛してしまったらしい。」
「なっ」
「え‥ぇえー?あ、そっか。からかうのは兄さんだけにしておいてよ。やだな、何を言い出すのかと思ったら‥びっくりした。」
絶句するエドとは反対に、アルは冗談ととったようだ。
「からかってなどいない。俺はいつだって真面目だ。自分でも驚いている。まさかこのような感情を抱くなど‥薮蛇というかミイラ取りがミイラになるというか‥エドをからかうつもりが本気で君を‥君を愛してしまったんだ!こればかりはどうしようもない。確かに最初はエドに一泡ふかせてやるつもりも合って君だけを誘って行動したが、君とともに戦っているうちに‥。信じて欲しい。俺は君を愛している。君を、他の男には渡したくない!」
「他の男って、僕‥」
「上等だ!アルに好きな奴がいるか確認してからじゃなきゃ告白できねぇような奴が、愛してるだなんて百年早いぜっ。」
紙袋が落ちるのも気にせず立ち上がったエド。しかし落ちた紙袋から哀れな音が
「兄さん、なんて事するの!せっかくフレッチャーが僕らの為に用意してくれたのに。」
「そんな物はどうでもいい!おい、ラッセルっ」
胸倉を掴もうとしたエドの手を止めた、いやむしろ拘束して引っ張ったのは紙袋を拾うアルフォンスだった。
「そんな物?人の好意や食べ物を粗末にすると僕、怒るよ、兄さん!?」
エドの怒気が一気に下がる。
アルの事は誰にも譲らない気持ちは最強だが、アルの怒りを買う事への恐怖もまた大きい。
冗談でも”嫌い”などと言われたくないのだ。
黙って片付け始めたエドにアルは一息つくと、ラッセルを改めて見た。
「ラッセル、僕は」
「いやアル。返事は後で構わない。俺はまだエドを倒していない。それでは君に求婚する資格も無いだろう。今の君とエドとのやり取りで確証した。」
「やり取りって‥何故兄さんが出てくるの?」
「君を想う事に見境無く、でも君の気持ちを第一に考える。身近にこのような男が居たのなら、君が他の男に興味が無くなるのも無理は無い。エドを上回っているのだと証明してこそ、君に見てもらう資格があるんだ。俺はエドと勝負する。それで敗れれば君の事は潔く諦める。だがこの気持ちに誓って、俺はエドを破ってみせる!アル、その時に君の返事を聞かせて欲しい。話は以上だ。」
誉めてるのか貶してるのか
手早く中身をチェックし紙袋を拾ったエドは、判断に悩むうちに踵を返して遠ざかるラッセルを、つい見送ってしまった。
「なあ、アル。今のって誉めて‥‥、アル?」
「‥もう。なんて勝手なんだ!でも‥」(*)
「でも?でも、なんだ?アル?アルぅ〜!?」
エドと、ラッセルへのアルの返事は。到着した列車の汽笛にかき消された。
再会には恋嵐の警報が発令されるだろう。

「ラッセルって、鎧に求婚してるのか?」
「容姿がわからない分、声や性格で恋してしまうものです。」
「お前‥何モンだよ。」
げんなりしてブレダがコーヒーを啜る。
「で、返事は?」
一息付いた後でハボック以下3人の視線が突き刺さるのに、ファルマンは澄まして答えた。
「”でも”の後に続く言葉はもちろん。」
「勿論?」
「”良い人”ですか?」
「”僕も好きです”だろう。」
「甘い甘い〜!”結婚します”で、どうだ?」
「男同士は結婚できませんよ、ブレダ少尉。」
「バカヤロ。エドワード筆頭に錬金術師に常識が通じるか!」
「‥それには大佐も含まれるんですか?」
ハボック・ブレダ・ファルマンは素早くフュリーの口を押えると、大きく頷いた。
「で、実際のところどうなんだ?」
「”でも”に続く言葉は」
「「「続く言葉は?」」」
「”僕、男なんだけど”です。」
「じゃあ、このセリフの後ろについてる”(*)”は何だ?」
「脚注です。ほらここ。」
ファルマンが指差すところ。文章を損なわないよう欄外に
(*):でもに続く言葉は「僕、鎧なんです」ではありません。「僕、鎧なんです」と答えないところがアルフォンス君のエドワード君に対する愛を表現してあります
「‥‥‥アルぞっこんラブなエドの怒りはこれじゃ収まらんぞ?」
「それは困りました。どうしましょうねぇ」
直す気など更々無い返答にこの先のエド、いや大佐や他の人間も参加するに決まってるアル争奪台風を思い、3人は大きく溜息をついて床に座りこんだ。