犯罪者として処刑されたはずのタッカーは、第5研究所でキメラの研究を重ねていた。
「エドワード君、信じられないかもしれないがこの人達はホムンクルス。完璧な人造人間だ。」
第5研究所の秘密を、賢者の石とDr.マルコーの真意を調べる為、エド達がそこを訪れた時、出迎えたタッカーは少し誇らしげに、今や自分の主とも言えるホムンクルスを紹介したのだった。
『完璧な人!?』
エド達によって第5研究所が崩壊した時、自らの手で人としての生を終わらせてしまった愛娘を甦らせる為の土台として錬成したキメラを抱かかえながら、タッカーはふと自分の言葉を反芻した。
『そうだ。不老不死に近い体、彼らなら完璧だ。』
タッカーは腕に抱くキメラを見た。
『こんな脆い体ではなく、彼らを土台にしてキメラを合成し、ニーナの魂をそこに錬成すれば‥』
会話レベル下の下
「ニーナ?ニーナなのか!?タッカーの奴、本当にニーナを錬成できたのか‥!?」
目の前のニーナ・タッカーに瓜ふたつの少女は、第5研究所でタッカーが合成していたキメラと違い、確かに精気を瞳に宿していた。少女はエドの言葉を聞くと、ふるふると首を振った。
「言葉は‥分るんだな!?」
少女はこくんと頷いた。
「君は‥」
「わたしは、ショウ・タッカーによって生まれ変わりました。名前は、どうでもいいです。」
「どうでも良いって‥良いわけないだろう。タッカーの奴はどうした?」
「お父さんは、わたしの骨を探しに行ってしまいました。」
「お父さん‥そう呼んでるのか」
「わたしを作ってくれたから、お父さんです。」
少女の言葉に、エドは唇を噛み締めた。鉄の味が、不味く広がる。
「エド、ワード?」
「!な・何でもねェ。」
エドは素早く袖で顔を拭くと、少女を改めて見た。
「俺の名前」
「お父さんから聞きました。エドワードを訪ねれば、自分が分るって‥。ご迷惑でしたか?」
言葉の途中でエドが発した鋭い舌打ちに、少女は顔を曇らせた。
「あー、‥違う、その、なんて呼べば良いか考えてたんだ。名前は分らないのか?」
頷く少女に、エドは頭を掻いた。
「じゃ‥ニーナ。お前はニーナだ。」
「はい。」
嬉しそうに笑う少女に、エドもようやく息を吐いた。
「おいで。アルにも教えてやらなくちゃな。ニーナの事では心を痛めていたから」
会話レベル下
「あの、エドワード‥」
「ああ、言いにくいならエドでいいぜ。なんだ?ニーナ。」
「エド‥」
「そうそう。」
「あの、エドじゃなくて‥お兄ちゃんって呼んでも良いですか?」
「は?お兄ちゃん??」
「エドとアルが一緒に居るところを見ました。二人とすごく仲が良さそうでした。」
「それは俺達愛し合ってるか‥ごほん、あー、兄弟だからな。仲が良いのは当然だろう。」
後方で今行動を共にしている小うるさい連中から戦闘中だぞとブーイングがもれ、アルにチクルぞと罵声が飛んだので、エドは仕方なく言い換えた。
「羨ましいです。わたしも‥エドみたいなお兄ちゃんが欲しいです。だからお父さんが帰ってくるまで、わたしが誰かわかるまでの間だけでも‥わたしのお兄ちゃんになって下さい。」
「そう言われても‥弱ったな、いきなりそんな事を言い出すとは思わなかった」
「ダメですか?ダメなら‥いいです。なんでもないです‥」
「あー、いや待て、ニーナ。別にダメだと言ってるわけじゃないんだ。」
「じゃあいいですか?」
「う‥わかった。それで‥いい」
ぱっと笑顔になるニーナを眺めながら、エドは心の中でアルに謝った。
会話レベル中の中
「お兄ちゃ〜ん。」
僅かに頬を紅潮させ、駆け寄ってくる少女が目の前を過ぎるのを、アルは静かに見送る。
エドからお兄ちゃん事件の経緯を聞いた時、
「良い事したね。」
とアルは笑った。
そして今も。ニーナが来ると分らないようにさり気無く、エドから一歩離れる。少女が兄の側に寄り添えるように。
「いいんですか?」
セントラルにやって来て事件に巻込まれた(自ら事件を呼び込んだとも言える)トリンガム兄弟も、この賢者の石を回る戦いに参加している。アルの表情を見て、フレッチャーはそっと耳打ちした。
「‥寂しいのは、嫌だよ。僕も、君も、ニーナも。」
「でも!寂しいんじゃないの?アルは!?」
アルは答えなかった。アルは‥笑うだけだった。
「誰かが寂しいのは、嫌だよ。僕も、君も、ホムンクルスもイシュバール人も。」
会話レベル中
「あ、お兄ちゃん。」
嬉しそうに駆け寄ってきたニーナを見てエドは溜息を吐いた。
「‥なぁ、ニーナ、やはり変じゃないか?」
「‥そうですか?」
「何て言うか、アルをお兄ちゃんと呼ばないわけだから」
「わたし、アルよりずっと年上です。」
「‥‥‥え?」
「わたし、もう200年近く生きてるってお父さんが言ってました。」
「に・にひゃく年〜!?じゃ、俺よりもずっと年上‥」
「はい。あ、じゃあわたしがお姉さんですか?」
「いや、それもおかしい‥、それより200年って」
「では、お母さんですか?おばあさんは‥少し嫌です。」
「だからそれよりもだな‥」
「‥‥‥」
「‥わかった。妹で良い。」
大きな目で自分を見上げてくる少女に、エドは肩を落した。
『叶えがたい、でも捨てられない願いを、俺は知ってる。』
自分も、そして呆然と遠くを見る時の弟にも
アイツは馬鹿だから、我慢して口に出さない‥、俺も馬鹿だから突っ走るしか出来ない想い
『そういえばもう随分、アルに触れていないような‥アイツ‥ニーナが来てからずっと一歩引いて』
エドは切なそうに、自分の右手を見た。
そこには愛しい魂の代価がある。
握ったり開いたりして、その重さを心で確かめると、エドはニーナに視線を戻した。
「それで?俺になにか用があったんじゃないのか?」
「あ、はい。あの、お兄ちゃん、お願いがあります。」
「どうした?」
「わたしはお父さんが研究していた地下室では、夜ずっとお父さんと一緒に寝ていました。」
「そうか。」
「だからお兄ちゃん。夜、一緒に寝てくれませんか?」
「!、あ〜、ニーナ?気持ちは分るが、流石にそれは聞けないな。」
「‥‥」
「〜そんな顔をするな、したいのは俺の方‥!そうだ!、アルに頼もう。ニーナが一緒ならアルも俺と寝て」
「お兄ちゃんとアル、がですか?」
「え?ええっ?なんて事言うんだ、ニーナ。そりゃそうなったら最高〜!って感じだけど」
自分を抱締めスマイル全開だったエドは、自分を見つめるニーナに気付き、咳払いをしてトーンを落した。
「違うよ、ニーナ。疚しい事なんか全然‥あ〜つまり、ニーナが寂しく無いように俺とアルと3人で一緒に寝るんだ。」
ガシッとニーナの肩を掴むと、真顔でエドは少女の顔を覗きこんだ。
「お兄ちゃん、汗かいてます。」
「あ〜そうだな、ちょっと暑いかな。ははは!?それよりニーナ、早速アルに頼みに行こうぜ。」
「お兄ちゃん?ドキドキしてますか?」
「そ・そんな事は‥、うん。ドキドキしてるな。ガキの頃以来だから。アイツ、さ。鎧になってから寝る必要が無くて、ずっと‥俺の眠りの番をしてくれてたから」
「一緒に、寝てくれるでしょうか?」
「う‥ニーナが頼めば、たぶん‥‥‥、一緒に寝てくれるかな〜、アルぅ」
「当って砕けましょう、お兄ちゃん。」
うるうる涙目のエドを、ニーナは力強く引っ張った。
会話レベル上
「わたし、お兄ちゃんと寝たいんです。」
「ちがっ!ニーナ、省略しすぎ!」
雑議を繰広げるウィンリィ達の中にアルを見つけたニーナの第一声に、エドは慌てて少女を抑え込んだ。
「兄さん、ニーナは女の子なんだから。乱暴に扱っちゃダメだよ。」
アルは静かにエドからニーナを解放すると、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「兄さんと寝たいの?」
アルの問いに、ニーナはこくんと頷く。
「いや、それは不味いから、俺とアルとニーナで寝ようって‥」
「不味いって、どうして?こんな小さな子に何かするの?エド」
アルの横に陣取っていたウィンリィは揶揄され、エドは声を荒げる。
「ンなわけねーだろっ。」
「なら、問題無いじゃない。」
「気持ちは分りますが、それはやっぱり不味いですよ。ニーナちゃんの為にも。」
救いはシェスタから差し延べられた。思わず大きく頷くエド。
「お兄ちゃんが、わたしとアルと3人なら問題無いって‥」
「問題大有りよ〜っ」
ウィンリィの叫びにこっそり苦笑すると、アルは改めてニーナに笑いかけた。
「それはできないよ。僕は鎧で、一緒に寝ると体を冷やしてしまうからね。」
「でも、そうするとお兄ちゃんと一緒に寝られません。」
「だからさ、アル。俺を挟んでニーナとアルが寝れば、鎧はニーナに触れないわけだし」
「そのかわり兄さんが冷えちゃうでしょ。ダメだよ。」
「いい計画だと思ったのに‥」
「何か言った?兄さん‥あれ?」
アルはエドに掴まれていたニーナの腕が変色しているのに気付いた。
「!?これは‥。」
「どうした?アル。俺、強く掴みすぎちゃったか?」
心配そうなエドにアルは首を振ると、ニーナ腕を指差した。
「兄さん、これって‥」
ニーナの腕には黒く変色した硬い皮膚があった。
「グリードの‥最強の矛!?」
「ああ〜〜〜っタッカーのやろう〜〜〜、グリードの死た」
エドの口をアルが塞ぐ。
「つまりグリードっていうホムンクルスを土台にキメラを合成したってわけ?」
「それで200歳ってわけか‥」
「どうするの?ホムンクルスでキメラでしょ?しかも最強の矛を持つ‥」
「でも、心はまだ子供だよ!?グリードさんじゃないんだ。」
「‥‥‥、エドに任すわ。」
ウィンリィはにっこり笑うと、エドの肩を叩いた。
「え、ちょっ、待‥」
「そうですね、お兄ちゃんですし。仮にエドワードさんがニーナちゃんを襲おうとしても、最強の矛の前では歯が立ちませんよね。」
シェスタもにっこり笑う。
「だれが襲うか!俺はアル一筋‥」
「ヨロシクね、お兄ちゃん。わたしが見込んだだけの事、してね。そのかわり、鎧君は夜中俺が可愛がってやっから。」
チラホラ見え隠れするグリードを内包しながら、ニーナはエドの服を引っ張って笑った。
「よく分らないんですが、ファルマン准尉。アルフォンス君は、鎧なんですか?生身なんですか?」
「”
生身”なんて、アルにそんな表現使うな!」
殴られたフュリーは頭を摩る。
「で、実際どうなんだ?」
「自分だって気になるんじゃないか」
エドに睨まれて、フュリーは自分の口を覆った。
「時間背景的には、鎧の頃です。」
「でもフレッチャー、アルの表情をよんでるぜ!?」
ブレダとハボックが顔を見合わせるのに、ファルマンは澄まして答える。
「細かい事を気にしてはいけません。面白ければそれでいいのです。」
「あの、でもこれじゃあニーナが可哀相‥」
おろおろするアル。
「しかしアルフォンス君、本来の目的はエドワード君に偶像化される側の気持ちをわかってもらう事ですから。いっそ隣国王女と敵国竜騎士のラブロマンスをエドワード君と大佐でやる方が心理的ダメージは大きいと思いますが、そうしますか?」
「「
それは勘弁しろっ!!」」
エドとロイが同時に叫び、アルは充分溜飲を下げたのだった。
「でもさ、アル。他の奴らだってお前を使ってリクエストしただろ!?なんで俺ばっか怒るんだよ。」
思い出したようにエドがうb−たれるのへ、アルは小首を傾げた。
「僕が怒るのは、兄さんだけだよ!?それは、いけなかった?」
目を見開いた後、エドの頬が染まる。
「でも、今度からは大佐達も怒りますから。」
「
それはダメ〜っ」
軍服達の顔が綻ぶのを無視し、エドはアルに泣き付いた。